『任務終了後はいつも通り、例の場所で待ってろ』
「了解」
用件だけの短い通話。
組織での行動において、そのほとんどを相方であるウォッカと回っている彼との電話は、大抵こんなもんだ。
「うーん。寂しい」
いや、うん。普段は全然ね?優しいんだよ。
ウォッカもベルモットも、キャンティとかコルンも皆ジンは極悪非道の鬼畜と思ってる(実際私もそう思ってた)けど、想い合ってみれば本質は全然優しいし、紳士なんだよね。
…いやいやあたしも付き合ってみてから知ってびっくりしたよ?
こりゃベルモットが惚れてた(あれ?現在進行形で惚れてる?)のも分かるなあと。
ジンは興味のない相手に対してはそりゃもう殺生すぎるくらい殺生だし情けなんてどこに落としてきたのってくらい冷酷すぎて見てるこっちのが手を合わせたくなるくらいの同情っぷりなんだけど、少しでも惚れた相手というか、気持ちが傾いた相手に対しては優しい。
うん、優しいんだよ!!
普段のジンを知っている人達からしたら信じられないどころか、もう組織でそういった薬が開発されたんじゃないかと疑うレベルなくらい。
まぁ体を小さくする薬が成功してるなら有り得なくもない話だけどさ。…え?!自分で言っててその可能性もありそうな気がしてきた……!!
今日ジンに会ったら聞いてみようかな。
ウォッカとか組織の人間がいる前だと「テメェ頭湧いてんのか」ばりの台詞ぶちかましてくること間違いなしなんだけど、二人っきりの空間だったら「そんな筈ないだろ。いきなりどうした?」的な台詞をかけてくれるんだ。嘘だと思うかもしれないけどごめん、これほんと。
うん、普段のジンを知ってらっしゃる皆様ごめんなさい。
惚れた男の……なんちゃらってやつなんですよ、きっと。
「さて」
思考は明後日の方向を向いていてもこれでも組織では幹部クラスにいる私の腕は的確にターゲットの額にベレッタ M1934の鉛玉を撃ち込み(あ、これ前にジンから貰ったお揃いの銃なの)あっけなく今日の取り引きを終えた。
まったく。
どうして知識もない人間が裏社会になんて片足突っ込みにくるのかしらねー
私は額を一発で撃ち抜かれて苦しむこともなく絶命した男の手からリストを奪い、我らがボスである“あのお方”に任務完了との連絡を入れると、先ほどジンと交わした「いつも通り」の場所に向けて歩き出した。
今日はその場所から近いんだよなーとばかりに私が待ち合わせ場所にと着くと、ジンの愛車であるポルシェ 356Aが目に止まった。
おっと!先越された!
「…怪我はないか?」
「ない。私がそんなヘマするかっての」
私が車に走り寄ると、彼は素早く運転席から出て助手席側のドアを開けてくれた。
ほらね?めちゃくちゃ紳士でしょ?
私はそれにクスッと笑うとジンが開いてくれた助手席に乗り込み、尻ポッケに入れていたベレッタを抜いて後部座席へ放った。
だってジンがいるなら私の安全は確約済み。組織の人間とはいえ、レディがいつまでもそんな物騒なもの持ち歩くわけないでしょ。…ナイフなら肌身離さず持ってるけどね。
「…んっ」
その瞬間優しく引き寄せられ、唇を奪われた。
普段周りに向けている瞳とは明らかに違う、穏やかな色を含んだ温かい眼差し。
タバコの臭いは嫌いだったけど、大好きな彼の匂いだと思うと不思議とその思いも消えてなくなった。…ジンは私がタバコを苦手な事を知ると本数を減らすようになってくれたけどね。
「今日はもう、ジンも取り引きは終わり?」
「あぁ。予定はない」
「じゃあ…朝まで一緒にいれるのね?」
私がいたずらっぽく笑ってジンの頬を撫でると、彼はそうなるなと口端を僅かに上げて笑い、再び唇を重ねてきた。
付き合って、二人で過ごす時間を取るようになって。
私は恋人としての彼の優しさを知った。
向けてくれる愛情が…いつもとても大きい事にも。
「ねぇ、ジン」
「…どうした?」
この際だから先ほどつい気になってしまった事を聞いてみようと思い、私は見上げるようにしてジンの深緑色の瞳をのぞき込んだ。
「普段組織で見るあなたの姿と、こうして二人っきりの時に見せるあなたの姿が真逆すぎてもしかしてと疑っちゃったんだけど…まさか組織で開発された薬の中で、「飲むと中身が別人になる」ような薬とかってないよね?」
飲んでないよね?とも続ければジンはやっぱり私の予想通り、
「そんな筈ないだろ。いきなりどうした?」
そう返して優しく私の髪を掬った。
うん!これこそが私の知る私だけのジンで、私の一番愛おしいジンだ。
「ジン。…愛してる」
「ククッ。俺もだ」
窓の外は私たちが纏う服と同じ、真っ暗な闇で。
組織の人間として表社会で生きていく事のない私たちとってはまさにうってつけの色。お似合いの黒。
「ジンとこうして何度だって同じ夜を迎えたいよ。ねぇジン…私とずっと一緒にいてくれる?」
染まる黒は互いのもの。
ならば生きる世界も堕ちる世界も…
今日のような漆黒でしかない。
私たちには、それしか。
「当たり前だ」
そう言って私を引き寄せるジンに私も委ねるように瞳を閉じた。
このまま時が止まればいいと強く。強くそう願った。
夜明けは待たない.
2017.2.16 企画「共鳴.」 様提出.