報われない恋なのであれば。

いっそ嫌われて、壊れてしまいたい。

あの子に向ける笑顔が私に向けられる事がないのであれば…いっそ───



「みょうじ!!今回のテストもお前がダントツでクラス1位だ!」

「やっぱりー!」

「さすがみょうじさんだよな!」

「学級委員で成績優秀!おまけに美人だし、頼む!みょうじさん!!1回でいいから俺と付き合ってくれ!!」

「おい!何言ってんだよお前!」


なまえが教壇の前に立って教師からテストを受け取ると、クラスのあちこちから様々な声が上がった。
それらはどれも感嘆の意を示すものばかりで、最後にこのクラスのムードメーカー的存在の男子がそう言うと、クラス中がどっと湧いた。


「みょうじさんはお前なんか相手にしねーっての!」

「点数が僅差になったら意識はするかも。ただし、恋人じゃなくてライバルとしてね」

「きゃ── っ!みょうじさんてほんとカッコイイ!!」

「美人でクール!男子相手にも媚び売ったりしないし、嫌味がない返し方とか、ほんと尊敬だよね!!」


私はクラスの皆のそうした声に返しながら、けれどもその誰にも悟られないよう、チラッと窓際の真ん中の席に座るクラスメイトの一人…工藤新一の方へ視線を向けた。

なまえがこうして注目を浴びている時でさえ、彼は特にこれといった反応を示すことも無く、ふぁーと欠伸をして眠そうにしているだけ。


「今日はテストの返却だけだからな!最後のこの数学のテスト返却が終わり次第、皆気を付けて帰れよー」


そう言って担任教師は次々に残りの生徒へとテストを返却し終えた後早々にHRも終え、生徒達に下校を促したのだった。





「…あ。」


下駄箱で靴を履き替え、予備校があるからとクラスメイト達に手を振って別れてから数分。

携帯を取り出す為にと鞄を開けてみたなまえは、教室に筆箱を置き忘れてきたことに気付き、しまったと舌打ちした。

予備校があるのは家とは反対方向な為、新しい筆箱を家から取って向かうより、一旦学校に戻って筆箱を取ってきた方が早い。

なまえがそう思って駆け出そうとすると────


「ちょっと新一!!聞いてる?」


どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきたので顔を上げれば、車道を挟んだ反対側の歩道にクラスメイトの毛利蘭と工藤新一、そして鈴木園子の三人の姿が見えた。


「隣にいんだから十分聞こえてるっつーの」

「だったら返事くらいしてよ!」

「今日放送だっつーテレビの話だろ?」

「それはさっきの話でしょ!今は隣駅に出来たっていう、新しいケーキ屋さんの話よ!」


足を止めて言い合う蘭と新一。

と、そこにやってきた自転車にいち早く気付いた新一が蘭の手を引き、自分の方へ引き寄せた。


「あらあら。喧嘩したかと思えばまぁ、お熱いお二人さんな事で」

「ち、違うわよ園子!!今のは、」


それを見てふぷっと楽しげに笑う園子と、顔中真っ赤にして否定する蘭。


「……っ!」


それを見てズキンッ、と。

心臓に直接針を刺されたかのような痛みに襲われたなまえは思わず、片手で自身の胸の辺りを強く押さえて俯いた。

頭の中では何度も先ほど蘭の手を引いて自分の方へと引き寄せた新一の姿がフラッシュバックし、振り払おうと強く目を瞑り願っても、依然としてそれは消えてくれなくて。


「…あれ? 反対側の歩道にいるのって、もしかしてみょうじさん?」

「え? あ、本当だ!!みょうじさーん!!」

「!」


そうこうしているうちに園子と蘭の二人がなまえに気付いたらしく、手を大きく上げて声をかけてきた。


「っ、!」


二人はそんななまえの様子に気付く様子もなく、良かったらこの後一緒に…等と続けているようだったが、いたたまれなくなったなまえは両手で鞄を抱くようにして強く胸に抱くと、猛ダッシュで学校の方へと戻って行った。


── なんでなんでなんで!!

どうしてっ!!!


泣くな、泣くな、と。

そう言い聞かせることで涙はかろうじて抑える事が出来たが、一度歪んでしまった顔はどうしたって元には戻せそうになかった。

その為なまえは辿り着いた昇降口で靴箱に靴をしまう事も、履き替える事も出来ずに開いていた手近な教室に飛び込むと扉を強く閉め、くずおれるようにして座り込んでしまった。


「ハッ……ハッ…」


落ち着け、落ち着け、と。
持っていた鞄を横に放り、両手で口元を押さえて何度もそう自分に言い聞かせた。

…だってこんなのもう、ずっと前から分かりきっていた事だった。

彼が同じクラスメイトである「毛利 蘭」の事を好きで、二人はそれを否定しているのものの、傍から見ればどうしたって想い合ってるようにしか見えない二人。


「そんなのもうずっと…ずっと知ってた!!」


だから自分の想いが彼に届く事はない。

実る事は…


ガラガラガラ


「 ?!」


なまえは教室のドアが開かれた音に肩を震わせると、扉を閉めただけで鍵はかけていなかった事を思い出して思わず、あぁ…と息をもらした。

なまえが駆け出した事を追って蘭か園子、もしくはこの教室に用のある生徒か教師の誰かが来てしまったのだろうと思いなまえが顔を上げれば───


「みょうじお前…いきなり駆け出してったりして、一体どうしたんだよ?」


そこには予想だにしなかった工藤新一本人がいて、なまえはあまりの驚愕に限界まで大きく目を見開いてしまった。


「なん、で…」


彼がここにいるというのか。

来るとしたら蘭か園子のどちらかで、彼が来るという事は全くもって、1ミリだって予想もしてなかった。

なまえのその視線を受け、新一も気まずそうに頭を掻く。


「いや、確かに女同士の方が良かったのかもしれねェんだけどよ…その、普段見慣れねぇみょうじのただならぬ様子に思わず、二人にはあそこで待つよう言い置いて、オレだけ追って来ちまった」

「!!」


そんなセリフ、こちらに望みがないのにも関わらず口になんてして欲しくなかった。

…だが、彼のこうした優しさに私は惚れ、好きになったんだと。

そう思うともう、笑う事しか出来なくて。


「驚かせちゃってごめんなさいね。ただ、予備校に行くっていうのに筆箱を忘れちゃってそれで…慌てて取りに走っちゃったってだけなの」

「この教室にか?」


── あぁ。どうやら今の私は全くもって頭が回っていないらしい。

明らかにここがいつもの慣れ親しんだ教室ではないというのに、そんな事を口走ってしまうだなんて。


「…猛ダッシュしたら疲れちゃったから、教室に行く前にここでちょっとひと休みしようとしたってだけよ。心配してくれたのは有難いけど、別段特に何もないから帰ってくれる?」


自身の口から溢れ出るそんな冷たい言葉達を受け、今の私には本当に余裕も何もないのだという事に気が付いた。

だっていつもの私だったら冷静に、言葉だってきちんと選んで伝えられる。

それが例え長年想いを寄せていたその相手なのだとしてもいつものようにクールに、さらりと笑って返せる筈なのに…!


「なら、オレも教室まで一緒に取り付き合ってやるよ」

「…は?」


新一は放られていたなまえの鞄を引き寄せると、自分の鞄と二つ併せて肩にかけ、ニッ笑った。


「…いら、ない!」


その彼の顔を見て優しくしないでと。
そんな風に優しく笑いかけないでと心がまたあの痛みを取り戻して軋んだ。


「ほっといて!!私の事はいいから、早くあの二人のとこに戻んなさいよ!」


これ以上踏み込んでこないで、私の心に踏み入ってこないでと必死に警告を発し、後ずさろうとする体。


「ほんとにどうしたんだよみょうじ?」


いつものお前らしくない、と。そう続けてもらえた方が楽なのに、それなのに彼はそうではなく、純粋に心配するように距離を詰めてこようとなんてするもんだから───


ドンッ!!


「!?」


私に突き飛ばされ、初めて彼は驚いた様な顔で言葉に詰まった。


「工藤くんになんて優しくされたくない!!」


── この想いがあなたに届く事がないのであれば。

それなら優しくなんて、近寄ってこようとなんてしないでと叫び出しそうになる悲鳴を飲み込んで、ぎゅっと強く拳を握り込んだ。


「私は工藤くんに心配される程弱くないから」


── 心が痛くて痛くて今、私はあなたの顔をまともに見れそうにないよ…

それでも隙なんて、これ以上あなたが私の中に踏み込んでくる隙を許してしまいたくなんてないから。

だから、


「……え?」


不意に視界を覆う黒と、背中に回される温かな感触。

それが彼によって抱きしめられているのだと知った瞬間、私の中で必死に抑えていたはずの涙が───

その雫が彼の制服にと滲み、とめどなく溢れ出てくるのが分かった。


「な、に…」

「いいから。暫くこうしてろ」


その場しのぎの優しさならやめて、と。

勝手な事しないでと強気に返そうとした唇はしかし、意思に反してもう、嗚咽のそれしか出てこなかった。

この温もりが離れた後は痛いほどまた現実を意識し、傷付いてしまう結果が待っているのだろう事は分かってる。

けれどそう分かってるのに今だけ、これが最初で最後だからと自分自身に言い聞かせた私は……


その涙を止める術を持たないまま.

彼の背に腕を回し返し、束の間の幸せにその身を委ねたのだった。


2017.4.17 企画「古ぼけた地図」 様提出.