あの人の手から離れて、教団に入って。

強くなったと思った。

…思い込んでいた。


『アレンくんっ!』


実際は全く強くなんてなれてなくて。

伸ばした僕の手が彼女に届く事はなくて。


『ダメだよっ…!! アレンくんダメッ!!』


僕が僕でなくなるような感覚。

足元から這い上がってきた冷たい感覚がつま先から頭の先まで僕を支配して、まるでそれに呼応するかのように左手のイノセンスが、瞳が。

変形して、醜く歪んで。

視界いっぱいを血のように赤く染め上げた後は彼女の雪のように白い肌を霞ませて、遠ざけて。


『えくそしすと…?どうしてそんなフリをしていたの?』


僕の体が遂げた変化を見て、不思議そうに首を傾げたのはレベル4のアクマだ。


『わかった。きょうだんのなかからころしていくさくせんだったんだ。』

「違うッ!!!アレンくんは私達を殺したりなんかしない!!あなた達なんかとは違う!!!」


苦しむ僕に少しでも近付こうとしてなまえがイノセンスを解放するが、臨界者でもない彼女の力ではレベル4に適うはずもなくて。


「きゃぁっ!!!」


弾かれてガッ!!と強く壁に叩きつけられるなまえ。


── 彼女の名を呼んで助けたいのに…!

目の前にいるレベル4を倒して、彼女も教団の皆も救わないといけないのにッ……!!!!


「ッアアアアアアアアアァッ!!!!!」


頭も体も割れそうなくらいに強く激しい痛み。

まるで体の中から得体の知れない何か≠ェ這い出して、僕が僕でいられなくなるような───

よろけながらも立ち上がろうとする彼女を『殺す』と強く望みそうになる思考が────


「ア、アレンくっ……」


驚異的なスピードで迫る僕に、恐怖するなまえの顔。


── やめろやめてくれ止まれ止まれ止まれッ!!!

壊れそうな頭が望む最後の願い。最後の抵抗。

それなのに僕の左手は…

対アクマ武器としてその身に宿していたはずのイノセンス。それが今やその形跡を微塵も残すことなく歪に形を変え、なまえの…彼女の白く震える喉へと伸びる。


「アレンくんごめ…」


ごめんなさい、と。

何一つとして悪くない彼女の唇が最後まで僕を想った言葉を紡ぎ、そして


「…何アッサリ取り込まれそうになってんだよ。この馬鹿弟子が」

「アッ……ガッ」


僕の頭を掴む、見覚えのある黒い手袋を嵌めた大きな手。


「…クロス元帥!!」

「下がってろなまえ」


僕の赤い視界に映る、赤髪の男の姿。

それが誰なのかという思考はもはや働かないはずなのに…残されていない筈なのに。

それなのにそれにどこか懐かしい思いが溢れて止まらなくて、抵抗しようと暴れる体に反するようにして瞳を閉じたら、呪文のような言葉と共に温かい何かが自分の中に広がるのを感じた。


「……し、しょ…う」


無意識のうちに呟いていたそれが何の意味を持つ言葉なのか分からなくて。

それなのに壊れたように何度もその言葉を吐き出す僕を見て、僕を封じ込めて呪文を唱えていた男が微かに笑ったように思った。


「早くしろクロス!!」


レベル4のいる辺りからガンガン!と音がするから、そっちにも誰かいるのかと上手く働かない頭で考えていると、突然フッと全身の力が抜けてそのまま目の前の男の胸に倒れ込んでしまった。


「アレンくんっ!!!」


それと同時に赤色だった視界が色を取り戻し、なまえの声が…顔が。


「…っ! 良かったっ…!!よかったアレンくんっ!」

「なまえ…? いだっ!!」


その彼女に向けて手を伸ばそうとするより早く、脳天に今まで味わった事もないような激痛が走った。


「次はコレで撃ち抜いてやろうか?」


掲げた銃を本気でぶっぱなし兼ねない勢いで突き付けた後、どけ!と言って僕を突き飛ばす赤髪の男。


「次は殺す。自分が惚れた女を手にかけるような腐ったヤローは、弟子でもなんでもねぇからな」

「!!」


鋭い目で見下ろしてくるクロスの視線を受けて、ようやくつい今し方まで自分がしようとしていた事に気付き、震えが止まらなくなった。

僕は、彼女を…

なまえを───


ぎゅっ


「大丈夫だよ。…アレンくん」


なまえの澄んだ瞳が真っ直ぐに僕の瞳を捉えたかと思うと、優しく包み込むようにして抱き締められた。


「アレンくんはアレンくんだから…大丈夫だから」


それでも言い聞かせる彼女自身の腕も震えている事に気付くと、僕はこんなにも優しい彼女を怖がらせ、傷付けてしまった後悔から強く唇を噛み締めた。


「すみませんなまえ…」

クロスがいなかったら今頃彼女はどうなっていた事か。

彼女を失ったら僕は…


「自分自身を含め、失うのも壊すのも至極簡単で容易い事だ。傷付ける事もな。それが嫌なら強くなるしかねぇだろうが」


その覚悟がないんならてめェはここまでだと冷たく突き放すクロスの声に耳を塞ぎたくて、聞きたくなくて。


「…っ、」


それでも僕の背に腕を回すなまえが、彼女の存在が。


「僕はッ…!!」


護りたいんだと。

僕自身の手で彼女を、僕の中に巣食う得体の知れない何か≠ノ僕が飲み込まれてしまわないように、彼女を飲み込ませてしまわないように。


「強くなりたいッ!!!」


── 立ち止まる事を選んだら護る事も出来ないから。

ここに留まっていたら彼女の涙を拭う事も出来やしないから。


「大切な人を護れるだけの強さが欲しいんです!!」


── だから、それまで。

僕は僕が師と仰ぐこの人の元で強くならないといけないんだ。

護れるだけの強さを手に出来るその時まで。ずっと、ずっと。


この手を離れられるその時までは


(仕方ねェから付き合ってやるよ)

(し、師匠がいつもと違って優し……)

(まっ、最終的にはなまえをオレに心変わりさせて奪ってく算段だがな)

(結局そういう考えなんですかッこのエロ師匠!!!)