「破滅ノ爪(エッジ・エンド)!!」

「ギャアアアアアアァァァ!!!!」


耳を塞ぎたくなるほどの断末魔。

目の前のーー死の世界から無理やり「AKUMA」として魂を詰められ、自分をそんな姿にさせ蘇らせたかつての恋人を怒りと悲しみから…そして苦しみながら手にかけたAKUMAは。

アレンの手によりその身を引き裂かれ、耳をつんざくような叫び声を上げながらも


「アリ、ガトウ…」


その声は。表情は。

その瞬間とても穏やかなものに変わり、涙を流しながら消えていった。


「…哀れなアクマに魂の救済を」


だからアレンも願う。

安らかに眠って欲しい、と。

立ち消えていく魂の名残のようなモノを見つめながらアレンは、いつものようにそう願い瞳を閉じた。


「……アレンくん」

「あ、ハイ。すみません今行きます!!」


けれども突如として掛けられた声にアレンはビクッと姿勢を正して反応すると、近くで同じように「AKUMA」を手にかけていた同僚、なまえの方を振り返った。

だが目が合った彼女は柔らかくアレンに微笑みかけると、白く細い手を伸ばしてアレンの頬へと触れる。


「…えっ?」

「アレンくんは優しいね。そうやっていつもいつも、倒したAKUMAを前に涙を流すんだもの」


言われて彼女が触れた頬を自分でも触ってみると、確かに頬を流れる温かい液体があった。


── あぁ、僕は…


「泣いて、るんですか」

「うん」


倒したのは紛れもない“自分”であるのに。

人の心の弱みにつけ込み、その人の『今は無き大切な人物』を蘇らせてみたくはないかと囁きかけ、「AKUMA」としてこの世に生み出す千年伯爵。

「AKUMA」として生み出されたそれはもはやただの悪性兵器でしかなく、殺戮を繰り返すだけの存在でしかなかった。

それを救うには、助けるには…

けれどもアレンは自分で思ったその思考に声を上げ、笑いだしたくなった。


「倒す事で救われるだなんてそんな、そんなのただの自己満足の理由付けで、綺麗事でしかないのに」


エクソシストとなってからはそれを破壊する事こそが自分たちの使命であり、背負っていく十字であると教えられていた。

そこには感情などいらないのだ、とも。

けれど例えそれを理解していたとしても尚、アレンの中でのその想いは消えない。


── あぁ、ですがこんな事。

こんな事を同じエクソシストである彼女に向けて口にするだなんて僕は、僕はなんて…


「うん。私もそんなの綺麗事だと思う」

「…なまえ?」


自分で口にしておいてなんだが、彼女の口から肯定の言葉が出た事にアレンは少なからず驚き、軽く目を見開いた。

彼女は目を見開くアレンの瞳を優しく見つめ、今度は彼女の方が泣きそうになりながら口を開く。


「だって私達エクソシストが千年伯爵によって生み出された「AKUMA」を壊してる。…でもその中には確かに無理矢理殺戮を繰り返すだけの兵器となってしまった魂とはいえ、かつて私達と同じように生きて、笑って、呼吸して。そして恋人だったり、家族だったりの元で幸せに過ごしていた人達の魂なんだ。それを理由はどうであれ、私達エクソシストは壊してる。そうすることでしかどうしようもないのだとしても、“破壊”してるんだよ」

「なまえ、」


そう言ってアレンの頬から手を離した彼女も、また。

…泣いていた。


「それを今まで何の葛藤もなく、一度も迷うことなく“破壊”し続けられてるだなんて人…己が掲げる正義の為の破壊だなんて、初めから言える人なんてきっといない。だったら綺麗事でも何でも、その魂の為に涙を流してあげられるアレンくんのがよっぽどカッコイイじゃない。そうじゃないエクソシストの方がエクソシストとしてはいいのかもしれないけど、私はそっちのがどちらかといえばきらいだよ」


エクソシストとして強くないといけない、一般市民と比べ対抗しうる武器をその身に宿している私達はその武器を振るい続けなければいけないけど、綺麗事という名の優しさだって捨てちゃいけないと思うからと続ける彼女が。

彼女のような考えを持つ人が側にいるから。

彼女がいるから、僕は


「きゃっ!」

「…貴方がいてくれるから僕はこれからも。これから先も。エクソシストとして剣を振るうことが出来るんだと思います」


思わず抱き締めた彼女の体は細く、どうしようもなく愛おしかった。

迷いも、弱さも。エクソシストである自分たちがそれを持つのはただの足枷でしかなくて。

けれどもそれを切り離せばきっと。

…自分は自分でなくなってしまう。

それが分かっているからこそ綺麗事だとしても切り離せないものがあって、

偽善でもなんでも流してしまう涙があって。

けれども、それを。


「貴方が拭ってくれるから僕は───


何度迷ったとしても生きていける。

エクソシストして。そして、


どちらかといえばきらいだよ.

(僕がなれないエクソシストの方を嫌って、僕の方を肯定してくれる貴方がいるから.

僕は背負う十字に押し潰される事なく、この先もきっと。生きていけると思うんです)



2017.2.21 企画「いくじなし」 様提出.