ペンギンの覚悟



「…そんなに警戒するな。お前の命を救ったのはおれだぞ」


落ち着いた彼女から名前を聞き出すとなまえと答えたから、ペンギンはローに彼女が意識を取り戻したと伝えて連れてきていた。

…なのだが彼女はローを見るなり息を飲み(おそらく刺青とか、人相によるもの)ペンギンが掛けたシーツをぎゅっと握ると、体を縮こませて逃げようとした。


「傷の具合を診るってだけで、特に痛い事はしねェよ」


ローのその言葉になまえはカタカタと震えながら頷くが、ローが近寄って背中を撫でた瞬間、耐えきれなかったようにその瞳からはまた大粒の涙が零れ落ちた。


「ま、待てなまえ!!キャプテンは一見怖そうに見えるが、中身はそう怖くない!だから大丈夫だ!」

「おい。」


ペンギンの言葉にローが眉を寄せるが、ペンギンは身振りでここは仕方ないじゃないですかと伝えると、なまえの隣に立って励ました。


「キャプテンなら傷跡も残らないように綺麗に治してくれる。だから、」


ペンギンが言葉の途中でなまえの背中を指差すと、なまえは小さく頷いて涙を拭い、ローに背中を向けた。

それを受けてローはなまえの前にペンギンを回り込ませると、ペンギンがなまえの気を逸らしているうちに患部の状態を確認し、新しい包帯を巻き直した。


「出血は酷かったが、幸い脊髄損傷等の致命傷には至ってない。だから患部を清潔にして、マメに包帯を取り替えたりして経過を見ながら治療していけばほとんど傷跡もなく治す事は可能だが…」


包帯を巻き終えたローはそこで一息つくと、なまえではなくペンギンへと視線を移して一言。


「この島のログはもう溜まった」


その一言だけで付き合いの長いペンギンはローの言いたいことを理解し、俯いた。

海賊である自分達は遊びでこの島に上陸したわけではなく、ログが貯まればのんびりと長居している暇などない。

つまり酷な話ではあるが、なまえ一人の治療の為にこれ以上ここに長居する事は許されないのだ。


「…っ」


それが分かっているからこそペンギンもギリッと唇を噛み、帽子のつばを握って表情を歪ませた。


「…コイツの治療を続ける方法なら一つだけある」

「 ! 」


ペンギンのその姿を見てか、ローは静かにそう口にした。

ペンギンだってもちろんローが言わんとしている唯一のその方法が何かといった事は分かっていたが、それを…まさか。


「…いいんですか、キャプテン」

「いいも何も、顔に書いてあるぞペンギン」


ローの返答を受け、ペンギンは驚いたように顔を上げた。

今の自分はそんなにわかり易い顔をしていたのだろうか。


「…なまえ」


二人の会話をぼんやりと聞いていただけだったなまえだが、ペンギンからの呼び掛けには反応し、顔を上げた。

…別に同情とか、そんな感情を抱いた訳では決してない。

ただ本能的にペンギンは、背中の傷を抜きにしたとしても彼女をこの島に置いていくのは危険だと思った。…だからと言って海賊である自分たちと共に来させたとしても、それ以上の危険がつきまとうだろう事は間違いないのだが。


「なまえは、この島が好きか?」

「え?」


なまえは突然のペンギンの問いに驚いたようだったが、次の瞬間躊躇いながらも首を横に振った。


「…私はこの島で生まれ育って、この島しか知らないから嫌いとかはないけど…好きかと聞かれたら、ちょっとよく分からない、かな」


そう言うとなまえは瞳を伏せ、握っていたシーツを引き寄せた。そして数秒の沈黙の後、窺うようにペンギンとローを見て小さく口を開く。


「私の母は三年前、この島に上陸してきた海賊によって殺されたの」

「!」


なまえはその時の事を思い出すよう引き寄せたシーツに顔を埋めると、くぐもったような声で続きを口にする。


「輸血が出来てれば助かってたかもしれない。一応島にも医者はいるから。でも、島には私しか母と同じ型の血液を持つ人はいなくて…私が輸血に提供しようとした血を、母は拒んだ」


私の事はいいから、と。

あなたはあなたの命を大切に生きてと言って拒んだのだ、と。


「母は元々海賊の上陸の多いこの島を警戒して、私と二人で島のかなり奥の方に住んでたから当然、島人達との交流も薄かったの。だから、」


そんな事があったとなれば島人達は別に他意があるわけでもないのだろうが、残されたなまえとの接触を避けるようになってしまった。

何故ならまた同じような事が起きたとして、そうなった時には今度こそなまえの命はないからだ。

ならば出来るだけあまり関係を取らず、怪我に繋がるような事になるのを避ける意味で島人達はなまえから距離を置くようになってしまった。


「…この島に私の居場所なんてないよ」


なまえだってその後何度か島人達との接触を試みようとはしたのだ。
だが表面上の関係は築けたとしても、彼らは皆どこかなまえとの間に線を引いていて。

それが分かってからはなまえも接触を諦め、離れる事を選んだ。彼らに気を使わせてしまうくらいなら、それならばまた母と暮らしていた家で一人ひっそり暮らそう、と。

けれど月に数度生活用品だったり、食料を求めて島の先端の方へとやってきた昨日、事件は起きた。


「あ、別にだからペンギンさんを庇って死のうとしたとか、そんなんじゃないですよ!ただとっさに母の…母が切りつけられた時の事が頭を過ぎって、反射的に飛び出してしまったというか…」


ペンギンに負い目を感じさせないよう言葉を選ぼうとするが上手くいかず、なまえはオロオロと視線を宙にとさ迷わせてしまった。


「…キャプテン」


それを見てペンギンは、覚悟を決めた。

ペンギンが決意を込めた瞳でキャプテンであるローを見ると、ローはやれやれといったように肩を竦める。


「お前がおれに繋いで欲しいと頼み込んできた命だ。お前がその先も繋いでやれる覚悟あるんなら、船長であるおれは何も言わねェよ」


あとは二人で決めろとばかりに部屋を後にするローを見て、ペンギンは彼が見えなくなるまで深く頭を下げた。