教室の隅でひとり。
友達がいない訳じゃない。
でも、こうしてひとりでぼんやりするのが好きだ。
何かを難しく考えてる訳じゃない。
ただ、ぼんやりと、のんびりとしてるだけ。

友達もそんな僕のことをわかってくれるから、必要以上に関わったりはしてこない。
人にはそれぞれの距離感があるし、ボーダーラインを超えられると良い気持ちはしないもの。
微妙なバランスで付き合うのって難しいけど、でもあまり深く考えすぎなければ自然にできるものだと思ってる。
少なくとも僕自身は今まで自然にそれができていると自負している。

そして、僕の前の席の子も、わりとひとりでいるみたい。
女の子って大変そうだもんね。
たまに息抜きしないと息が詰まってしまいそう。

そんな呑気な思いで僕は毎日彼女の背中を見つめていた。
ちなみに彼女は転入生で、まだあまりクラスに馴染めていないようにも見えたけど
そんなのはきっとすぐに時間が解決するものだと、やっぱり僕は呑気に思ってた。

でもしばらく経っても彼女はイマイチ馴染めていないように見えた。
心なしか彼女の背中がひどく小さく見えるようになった。

ある日の数学の時間、彼女は先生に当てられた。
でも、すごく緊張していたみたいで、すぐに答えられなかった。
僕は思わずそっと後から、ノートの答えを彼女に差し出した。

彼女はホッとしたようにそれを見て、先生の質問に答えられた。

答えたあと、彼女は少し僕を振り返って聞こえないくらい小さな声で「ありがとう」と
とても柔らかい笑顔で囁いた。

その、笑顔に僕は一瞬で虜になってしまった。
すごく自然なのにすごく温かい笑顔だった。
いつもあんなふうに彼女が笑っていてくれたらいいのに、そう思った。

休み時間、僕は思い切って彼女に声をかけてみた。

「笹木さん、学校には慣れた?」
「まだ、あんまり。わたし、自分から誰かと仲良くなるの、苦手で」
「……そうなんだ。大丈夫?」
「うん……全然、友達がいない訳じゃないし、お弁当も一緒に食べる人がいるから……いちおう」
「そっか。なら、よかった」
「さっき、ありがとうね。急に当てられて頭が真っ白になっちゃってたから……」
「きっとそうなんだろうな、って思ったから、ついノート差し出してた」
「すごく助かった」

また微笑む彼女。

「それとね、山口くんにはいつも感謝してるの。ほんとうは、休み時間友達とお話したいなって思ってるんだけどなかなか上手くできないから、席に座ってるしかなくて。
でももし、山口くんがいなかったら教室の隅でひとりぼっちでいる可哀相な転入生に見られちゃうでしょ?
山口くんも席に座ってるから、別にひとりじゃないって感じがして、すごく安心してたの……
変でしょ。ひとりなのは変わりないのに」

彼女は少し寂しそうに微笑みながら、でも本当に感謝してるのがわかる口調でゆっくり言った。

「だから…………、これからも、ここにいて、いいかな?
そのうちちゃんと自分の居場所を見つけるまで」
「……勿論。別に居場所なんて、ここでもいいじゃん。楽だよ?」
「そうかもしれない。ありがとう」
「お礼を言われるほどじゃないけどね」
「わたしにとってはお礼を言うほどのことだから……」
「僕で良ければいつでも話し相手になるよ。友達にも、なろう」
「ありがとう」
「……笑えば良いと思うよ。笹木さんの笑顔、すごく素敵だと思う……ってなんか変なこと言ってごめん。忘れて」

言うつもりじゃなかったことを思わず僕は言ってしまった。
彼女は、少し驚いたみたいだけど、嫌そうじゃなかった。

「そんなこと、はじめて言われた。なんか、嬉しい」
「……それなら、いいんだけど」
「これからも、よろしくね、山口くん」
「こちらこそ」

僕が彼女の支えになれるのはきっとこのほんの少しの時間だけ。
彼女に居場所ができたら、もう、いらないのかもしれない。
はやく彼女がクラスに馴染んで友達をつくって、居場所ができたら嬉しいけど、
ここにいてくれなくなったら寂しいな、とも思う。

どちらにせよ、
彼女が笑っていてくれたら僕はそれで充分。
今だけでも彼女の笑顔の力になれるなら。






まえとうしろ


updated:)2015/05/30
reupdated:)2016/03/14
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