ある雨の日だった。
天気予報通りの雨が降っていた。
よくある日常のワンシーン。
だったはずだが

いったいなにがどうなっているのだろう。
どうして、いま、目の前に彼女がいるんだ。
脳内混乱状態で、僕はその場に立ち尽くす。
ポーカーフェイスが僕の字名なのに、それすらできない。
できるわけがない、この状況で。

僕をこんなに混乱させている張本人は何食わぬ顔のまま俺を見つめている。
そうだ、彼女もポーカーフェイスだった。
バイト帰りになんの気無しに立ち寄った喫茶店。
お気に入りのトッピングでいつものようにフラペチーノを頼もうとして僕はフリーズした。

店員の顔を見て。

半年ほど前に別れた元カノ。
こんなとこでバイトしてるなんて知らなかった。
お互い反対方向に家があるのに、何故、いるんだ?
なんて冷静に考えることもできない。

「注文、しないの?」

呆れたような彼女の声にはっとする。
フリーズしている場合ではない。
さっさと注文して、帰ろう。

そう思うのに、なんでだ、なんでこんなに動揺しているんだ、僕は。
なるべく声は普通に出したつもりだが不自然さは隠せなかった。

彼女はそんな僕を見てふうっと溜息を付くと、声をひそめて少し早口で言った。

「彰人、わたしこれでバイト上がるの。ちょっと時間ある?」
「え、ああ、あるよ」
「じゃあ、店内で待ってて」

何が何なのかもうわからない。
取り敢えず恥を隠して言うと
僕は彼女のことがまだ好きだ。
未練ってやつ。
飾らず、気取らず、素直で面白い、そんな彼女に惚れた。

そして彼女に別れを告げられた時
目の前が真っ暗になった。
泣きそうだった。

でもそれは全部自業自得だった。
自分のことばかり優先して、彼女に迷惑をかけたのに、彼女が辛い時傍にいて力になることができなかった。
彼女の気持ちを考えられていなかった。
たくさん傷付けて、たくさん我慢させていたと後から知ったのだ。

そんな彼女と、こんなところで再会し、
しかも時間があるかと聞かれ、動揺はまったく収まらない。

「お待たせ。ごめんね、いきなり」
「大丈夫。結、ここでバイトしてたんだ」
「うん、まあね。彰人、最近どう?」
「特に変わったことはないかな。結は?」
「わたしも同じ」

沈黙が続く。
お互い目を合わせることも躊躇ったままだったが、彼女が俯き加減に口を開いた。

「ねえ、彰人。あれから、どうしてた?
新しい、女の子見つけた?」
「なんで、そんなこと……」
「……あのとき、本当に、悲しくて、でも、ちょっと冷静になったらすごく、後悔した」

それまで僕も下を向いていたが、チラッと彼女を見ると
さっきまでポーカーフェイスだった彼女が急に辛そうに必死に感情を抑えているような表情になっているのが見えた。

「でも、なんか悔しくて今まで何も出来なかった。今日、一か八かでここのバイト無理にシフト入れてもらった。
彰人に、会いたかった」

彼女は小さく言った。

「本当はずっと……」
「……結」

俯いたまま言葉に詰まる彼女。

「ごめん、本当に」
「……彰人。わたし……」
「もう一回やり直してもらえないかな……」

僕は彼女をしっかり見つめて言った。
彼女も僕を見て、頷いてくれた。
今度はお互い目を合わせていられた。

***

2人で店の外に出るとさっきまで降っていた雨が止んでいた。

「あ、雨……止んでるね」

彼女が傘をたたんだ。

「ほんとだ。天気予報で今日は一日中100%って言ってたのに」
「ねえみて、彰人」

彼女が指を指す先を見ると、うっすらと虹が架かっていた。
彼女は少し照れくさそうに言った。

「偶然だけど、嬉しいね。
ねぇ彰人、今日何の日でしょうか」
「僕が忘れたと思ってるの?記念日でしょ」

僕達が付き合った記念日と、
僕達がまたやり直す日は偶然にも一致していて
更に雨上がりの虹まで見ることが出来た。

隣で笑う彼女がずっとずっと恋しかった。
いま、隣にいる彼女をもう二度と離さないように、なんて言ったらちょっと嘘くさいと思われるかもしれない。




青い嘘

updated:)2014/09/21
reupdated:)2016/03/14
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