「おつかれさまでした!」

バイトが終わってスマホを見ると着信が1件。
彼氏からだった。
すぐに電話をかける。

「もしもし幸大(こうた)?」
「あ、清(さや)、かけ直してきたってことはバイト終わったんだよね?」
「うん、終わったとこ」
「あのさ、今から俺の部屋に来てくれない?」
「302号室だっけ?」
「そう」
「オッケー」

幸大とは1年半程付き合っているが、幸大の部屋に行くのはこれで2回目だ。
幸大がわたしの部屋に来たことは何度もあるが、幸大の部屋に行くのは珍しい。

わたしのバイト先から幸大の部屋までは自転車で十分弱。

302号室。
幸大の部屋ってことは分かっているけれどチャイムを押すのは緊張する。
ゆっくりとチャイムを押した。

「清、おつかれさま」

そう言って幸大が中に迎え入れてくれた。
入った途端いい匂いがした。

「ねぇ、幸大。もしかして......」
「そう、また清のためにごはん作ったんだ。ホワイトデーのお返しのつもり」

幸大は調理専門学校に通っている。
わたしの行っている大学の向かい側に、その調理専門学校があり、お互いの共通の知り合いがいたおかげで幸大とわたしは出会った。
わたしはどちらかというと料理は苦手なタイプでむしろ幸大に教わるくらいだが別にその点に関しては何とも思わない。
時々こうして幸大が作ってくれるものを食べるのが幸せだ。

「ありがとう」

幸大はわたしの好物ばかりを作ってくれたみたいだ。
美味しそうに食べるわたしを見て微笑む幸大がまた好きだった。


「ごちそうさまでした」
「どういたしまして」

そう言うと幸大は立ち上がり、わたしの後ろに立つと、ペンダントをつけてくれた。
ずっと前にわたしが可愛いと言っていたのをきっと覚えていたんだ。
「これ......」
「前に清が可愛いって言ってたやつ。あげたくて」
「ありがとう、すごく嬉しい」
「喜んでもらえて良かった」

ホワイトデーの2日後の穏やかで素敵な夜だった。


***


あれから1年弱が経った。
わたしたちは数ヶ月前に別れを告げた。
理由は幸大の留学だった。本格的に料理を学ぶために、彼はフランスへ行ってしまった。
遠距離でもいいってわたしは言ったけれど幸大がだめだって言った。
きっと、わたしが辛くなるから、
いつ帰ってくるかわからないし、もしかしたら帰らないかもしれないから、と。

幸大は前に言っていた。
一流の、料理人になるのが小さい頃からの夢だって。
それを叶えようと頑張っているんだって。

本当なら付き合って2年半の記念日だったはずの今日。
幸大がいたアパートの前を通り過ぎながら寂しさを噛み締める。
幸大がいた302号室にはいま何も無い。
ただの空き部屋。
わたしがあそこに訪れることももう2度とない。

幸大と過ごした時間と、
幸大の気持ちがこもったあたたかい味を、
忘れないように、でも、ちゃんと思い出にして。
あなたの夢が叶うように願いながらわたしも進むよ。




二度目の302号室

title:)Rachel
updated:)2016/03/09
reupdated:)2016/03/13
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