寒波の影響で、今日は一段と寒い。
末端冷え症のわたしの指先は氷みたいに冷たい。
懐炉は持ってきたけれどもう殆ど暖かくない。
こんな寒こんな寒い日に外で待ちぼうけしているなんて自分でもばかだと思う。
耐え難い寒さの上に風も吹いている。
風が皮膚を痛めつけるように吹いている。
寒い、を通り越して、痛い。

道行く人たちも皆寒そうにマフラーを揺らして歩いて行く。

でもわたしの待ち人は来ない。


ふと、通りの向こう側に自販機があることに気付いた。
温かい飲み物でも買おうかな。

ミルクココアにしようかな。

"ミルクココアって後味甘ったるいから好きじゃない。俺はコーヒーがいい。"

わたしの待ち人、つまり彼氏が以前遊園地でアトラクション待ちのとき飲み物をどうするか聞いた時のセリフがぱっと浮かんだ。

ミルクココアのボタンを押す寸前で、隣の缶コーヒーのボタンを押した。
コーヒーは飲めないわけじゃないけど、苦いし、ミルクココアのほうが美味しいと思う。
まあ飲むという目的よりも、この氷みたいに冷たい指先を温めるという目的の方が大きいからミルクココアでも缶コーヒーでもどちらでも良かった。
少し彼に近づきたいと思ったのも事実だが。

相変わらず寒いけれど温かい缶コーヒーのおかげで指先が少しマシになった。
でもまだ彼は来ない。

本当は彼はここに来ないんじゃないかって、来る気がないんじゃないかって、思ってる。
数週間前に些細なことで喧嘩をしてしまってから一言も話していない。
メールも電話もしていない。
何故わたしがここで彼を待っているのかというと今日がちょうど付き合って1年の記念日だから。
喧嘩する少し前に、1年の記念日は一緒にごはんを食べて、お互いにプレゼントを選んで、街のイルミネーションを展望台から一緒に見ようと決めていた。
待ち合わせ場所も、時間も、決めていた。

彼は来ないかもしれない。
でももし、来てくれたら、きっと物凄く後悔するし今度こそ本当に終わってしまう。

約束の時間をもう30分過ぎていた。

彼は遅刻なんてしたことない。
絶対時間通りに来る人だ。

日も暮れてきた。
寒さが増す。
風も強くなってきた。

彼は来ない。

電話する勇気も、メールを送る勇気も、ない。
あの喧嘩はわたしが一方的に悪かった。
だから怖くて連絡できないまま今日になってしまった。

今からでも来るか来ないかだけ聞けば良いのだが、もう待ち合わせ時間を、過ぎてしまっているし、聞けない。
彼は約束したことさえ忘れてしまったのだろうか。

涙が頬を伝う。
寒さからのような気もするし別の理由からのよつな気もする。
寒いなぁ。

彼といるとき、彼はわたしの冷たい指先を温かい手で包んでくれた。
彼の手はいつも温かかった。

その手を離したくなかった。


気付いたら1時間経っていた。
もうさすがに、待っていても来ないだろう。

体の芯から冷えきっていた。

もう帰ろうかな。
そう思う反面、まだ彼が来るんじゃないかって期待している。

せめてあと30分待ってみよう。
もしかしたら来てくれるかもしれないから。

でも、待つってこんなに辛いんだな。
もう終わってしまうのかな、わたしたち。



ふと、手元の缶コーヒーの温度に気づく。
缶コーヒーがもうぬるくなってしまっていた。
勿体無いし、飲もうかな。

缶の蓋を開けるとコーヒーの匂いが広がった。
1口、飲んでみる。
やっぱり苦い。
そして、冷たかった。


冷えた缶コーヒー

title:)鏡花水月
updated:)2016/01/09
reupdated:)2016/03/13
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