むかしむかし、ある森にブタの家族が住んでいました。
母ブタと父ブタの間には、六つ子の子ブタたちがいましたが、彼らは子ブタとは名ばかりの成人したニートでありました。
ある日、あまりにもだらけて過ごす六匹のニートたちに業を煮やした母ブタは言いました。
「この家にはもうお前らニート共を養う金はありません」
「「「え」」」
「貴方たちもいい大人なんだから、自立して一匹一匹家を持ちなさい」
「「「えええ!?」」」
「というわけで、今日までよく育てました私たち。さようなら穀潰しニートたち」
「かっ母さん!?やだ!やだやだやだ!俺無理だよ!一匹で住むとか絶対無理!!」
「そうだぜマミー!俺たちを独りにしていいのか!?俺たちはこの森で一番デンジャラスなビーストなんだぜ?!」
「いや、ぼくらもそろそろ自立すべきだし、」
「じゃあチョロ松兄さんだけ自立しなよ。母さんいいの?おれを野放しにして。おれなにするか分かんないよ?」
「ぼく、もっとみんなと暮らしたいよー!」
「そうだよ!母さん!考え直してよ!せめて扶養選抜をお願いします!!」
「今回そういうのないから」
子ブタたちがなにを言っても、母ブタは意見を変えません。
渋々やむを得ず仕方なく嫌々と、六匹は家を出てそれぞれに家を持つこととなりました。
この子ブタたちの独り立ちを陰から見ていた者がいます。それは、チビオオカミのチビ太でした。長年この六つ子と因縁浅からぬ関係を続けてきたチビオオカミは、彼らの独り立ちに、しめしめとほくそ笑みます。六匹束になると敵わないチビオオカミも、一匹一匹が相手なら勝てる自信があったのです。早速チビオオカミは、手始めに長男子ブタのおそ松を食ってやろうと、長男子ブタの家へと向かいました。
「っし、完成!ったくよー、母さんもひっどいよなぁ、急に家を出てけなんて」
着いた子ブタの家は、木と藁を組んで作った掘建て小屋です。早速家の中で寛いでいる隙を狙って、チビオオカミは子ブタを訪ねました。
「おおーいおそ松!おいらと勝負しやがれ!」
扉のない出入り口で、チビオオカミは中で寝転がって漫画を読んでいる子ブタに呼びかけます。だるそうに頭を上げた子ブタは、出入り口に立つチビオオカミを睨みつけました。
「なに」
「いや、なにって、だからおいらと、」
「俺、今そういう気分じゃないんだよね。親に勘当されて路頭に迷ってんの。そんな状態でお前と勝負?ありえないから!!お前はいいよ?最初から一人だし兄弟も居ないし。オオカミなんて獲物捕らえて食べてりゃ生きていけるんでしょ?でもこっちブタだよ?捕食される側なの!これからどう生きてけって言うわけ?三食美味しいご飯食べたいし、黙ってても綺麗に洗われた服出て来てほしいよ!!それが今奪われて途方に暮れてんの!その俺に向かって勝負?ふざけんな!!一昨日来やがれ!!」
「ええー…」
子ブタのあまりの剣幕に、チビオオカミはなにも言えなくなってしまいました。長男がこの状態なのです。他の子ブタたちのところに行っても同じだろうと、チビオオカミは自分の縄張りに一度帰ることにしました。
縄張りに戻ると、群れを離れたチビオオカミのところによく顔を出す、毛並みの良いオオカミが訪ねて来ていました。
「あ、チビ太さん!おかえりなさいませ!」
「おう、なまえじゃねぇか。なんだ、また来てたのか?」
「はい!私もチビ太さんみたいに強いオオカミになりたいんです!」
オオカミの名前はなまえ、チビオオカミの強さに憧れて、チビオオカミに弟子入りをした愛らしい雌のオオカミです。自分を純粋に慕ってくれる彼女に、チビオオカミは己の情けなさに項垂れてしまいました。
「強い、か…。おいらはもう、おめぇにそう言ってもらう資格なんてねぇんだ…」
「ええ!?どうしたんですか!?」
チビオオカミは、長男子ブタの剣幕にすごすごと帰って来てしまったことを正直に話しました。力云々の前に言葉で言い負かされてしまったと嘆くチビオオカミに、彼女は励ますように彼の手を握ります。そして気合を入れるように息をついて、チビオオカミの目を見つめました。
「私が、チビ太さんの無念を絶対に晴らします!!」
「お、おいなまえ!?やめとけ!あいつらは普通のブタじゃねぇんだ!」
「いいえ!チビ太さんの一番弟子であるためにも、絶対にその六つ子の子ブタたちを懲らしめてやりますよ!!」
「い、いや、なまえ、あいつらは」
「そうと決まれば行動ですね!早速行って来ます!!」
「あっだから!おい!」
師匠であるチビオオカミの忠告もなんのその。彼女は意気盛んに子ブタたちのもとへと向かうのでした。チビオオカミに弟子入りしていると言っても、なまえも一人前のオオカミです。子ブタ如き、襲うのも食べるのも簡単だと思っていました。
早速、彼女は長男子ブタのもとを訪れました。チビオオカミに聞いていたとおり、長男子ブタの家は粗末な藁の家で、扉もないその出入り口に立つと、こちらに背を向けて寝転がる子ブタが見えました。
「頼もーう!!あなたが長男子ブタのおそ松ですね!?」
「ああ…?…って、え!?女の子!?」
「私はチビ太さんの一番弟子です!おそ松!いざ尋常に私に食べられなさい!!」
驚いて起き上がった子ブタは、家の入り口に立つオオカミに、目をぱちくりと瞬かせます。
突然のことに、正直、彼女の言葉など耳に届いていませんでしたが、彼女が言った「食べる」という言葉だけは聞き取ることが出来ました。子ブタはオオカミも顔負けの表情で舌なめずりをひとつ。オオカミの背筋に嫌な寒気が走りましたが、それがなんなのかは分かりません。
「へぇ…。君、俺のこと食べるの?」
「ふん、雌だからって甘く見てますね?こんな藁の家なんか、私の息ひとつで壊せちゃうんですよ!」
「ふぅん、じゃあとりあえずうち入る?せっかく作った家壊されんのは勘弁だし、まぁお茶とかもないんだけどね」
「お邪魔します!!」
素直なオオカミは、子ブタの誘いに答えて藁の家の中へと招かれました。中は思ったほど狭くなく、まるで秘密基地のような空間で、オオカミは少しわくわくしました。
「君って可愛いよねぇ、名前は?」
「そんなこと言っても絆されませんよ!なまえです!」
「で、なまえちゃんはチビ太のなんなんだっけ?」
「一番弟子です!だから私は、チビ太さんの無念を晴らすために来たんです!」
「へぇそうなんだ。あ、煎餅あるよ、食べる?」
「いただきます!」
オオカミは子ブタを食べる前の前菜に、煎餅をバリバリと食べました。
「ご馳走さまでした!さぁ、おそ松!本題ですよ!」
「ん?あー食べるってやつ?」
「もちろんです!いざ、尋常に」
「それじゃあ、いただきます」
「はい?」
気がつくと、オオカミは子ブタに押し倒されていました。藁の感触を背中に感じながら、オオカミは首を傾げます。はて、これはいったいどういったことか。理解が追いつく前に、オオカミは目の前の子ブタに無遠慮に体を撫でられて悲鳴をあげました。
「ぎゃあああ!なにするんです!?」
「いやぁ、世の中食うか食われるかだし、今時はブタがオオカミを食べてもいいと思わない?ほら、俺ら雑食だし」
自分の上でにっこり笑う子ブタに、オオカミは先程背筋に走った寒気の理由を理解しました。こちらが食べるのは珍しくないことですが、食べられる状況というのは初めてのオオカミは、頭が混乱してすっかり動けなくなってしまいました。
思わず身を固めてしまったオオカミに気を良くして、子ブタは遠慮なく口を開きます。
かぷり、と柔く噛み付いて、ちゅっと可愛らしい音がしました。
「ん…、ファーストキスがしょうゆ味って、ちょっと色気ないよねぇ」
子ブタがへらりと笑うのを見上げ、オオカミはわなわなと震えてしまいます。そしてオオカミは、藁の家も吹き飛ばす自慢の息も忘れ、自らの鋭く逞しい牙も忘れ、肉を切り裂く強い爪さえも忘れて、ぐっと拳を握り締めました。
「ふ、…」
「ん?」
「ふざけんじゃ、ないですよ!!」
「どぅーわッ!?!?」
オオカミの見事な昇竜拳に、子ブタは藁の家ごと吹き飛んでしまいました。
藁の家を吹き飛ばしたオオカミは、震える体に鞭打って次の子ブタの家を目指します。ここで逃げ帰っては師匠に顔向けが出来ないと思いましたし、このままでは子ブタたちに負けた気がして悔しかったのです。
次に着いたのは、次男子ブタが住む木造の家でした。外壁は一面黒く塗られ、扉は青いペンキを塗られているのですが、キラキラのラメがふんだんにあしらわれていました。青く煌めく扉を前に、オオカミは早くも頭が痛くなっていましたが、ここで引き返すわけにも行きません。意を決して、オオカミは目の前のキラキラしたイタい扉を叩きました。
「頼もーう!!次男子ブタのカラ松!あなたが居るのは分かっています!!」
まるで立て篭もり犯を追い詰めるような勢いをつけて、オオカミは扉をドンドンと叩きました。
「HeyHey、分かった分かった。そんな焦らずとも、俺はどこにも逃げやしないぜ?まったくせっかちな子猫ちゃんだ」
キラキラの扉を開けて中から顔を出した子ブタに、オオカミはぴくりと表情を歪めてしまいます。それというのも、現れた子ブタは濡れた髪をかき上げ、真っ白のバスローブを身に纏い、手にはなぜか赤ワインの入ったグラスを持っていたからです。無意識に、オオカミの表情筋がぴくりぴくりと拒否反応を示し始めていました。
「んんー?それで、俺になんの用だ?カラ松ガール?」
「…………」
「っふ、俺に見惚れてるのかい?キティー?」
「…………」
「まったく俺は罪作りなギルトガイ…、会って間もないシャイガールをも魅了しちまうとは。…っふ、神に愛されるってのも大変だぜ」
「…………あの、」
「いいんだ!なにも言わなくていい。お前の気持ちは俺がよぉく分かってる。オーケー、今夜は俺という海に溺れればいいさ…。なぁに、恥ずかしがることも恐がることもない。ゴウトゥダッヘヴン!…俺に身を委ねれば、天国を見せてやると約束しああああああーッ!?!?」
オオカミは自慢の息で、木の家をフーのプーのブゥーッと吹き飛ばしてしまいました。ついでになにか飛んで行った気もしましたが、オオカミは気にせず先を急ぎます。
次に着いたのは三男子ブタが住む家です。三男子ブタの家は、今まで見てきた中で一番立派なレンガ造りの家でした。
扉を叩こうと腕を振り上げたオオカミは、ふと扉横に取り付けられたベルを見つけました。これはなんだろうと鳴らしてみると、ベルはリーンリーンと涼やかな音を立てました。
「はーい、どちらさまで…って、ええ!?おおおおおお、お、女の子ォオ!?」
ベルを鳴らすと中から三男子ブタのチョロ松が顔を出しました。オオカミは突然顔を出した子ブタに驚いて、すぐに声を出せませんでした。
「え!?え、あっ、あの!ぼぼぼぼっぼっぼっぼくに、なななななんの用かな?!…っあ!!もしかして、君、アイドル候補生!?」
「………はい?」
オオカミが扉の上を見上げてみると、そこには「チョロM@TSU☆マストビカムアイドル」と書かれた看板が大きく掲げられていました。今まで気づかなかったほうがおかしなくらい大きな看板を見上げ、オオカミは口をポカンと開けて固まってしまいます。
「いやぁ、君みたいな可愛い子が来てくれるなんて驚きだなぁ…あ!いや勿論嬉しいよ!ぼくの最初の生徒ってことになるし!」
「いや、あの、…え、これは?」
「え?ああ、看板の意味?これはぼくの理想とするぼくのためのアイドル育成所って意味を込めたかったんだ。略してアイマス!!」
「アウトって言われたことありませんか?」
「ところで君はなにで売り出したいのかな?歌?演技?君ならグラビアっていうのも…うん、いいね」
「…あなた、三男子ブタのチョロ松で間違いありませんか?」
だらしなく鼻の下を伸ばし始めた子ブタに、オオカミは気を取り直して目の前の子ブタに聞きました。子ブタはきょとんと首を傾げます。
「え?うん、そうだけど」
「そうと分かれば話は早いです!私はチビ太さんの一番弟子!いざ尋常に…」
「はあ?んだよ、もうプロデューサー居んのかよ。他事務所の偵察ってやつ?冷やかしなら帰ってもらえるかな」
先程とは一変した冷たい声色と表情で、子ブタはバタンと扉を閉めてしまいました。最後に扉の隙間から見えた鋭く冷たい目に、オオカミはそれ以上なにも言うことができません。そしてオオカミの出した結論は、「今のことは忘れて、次に行こう」。これは逃げではなく、戦略的撤退だとのちにオオカミは誰かに語ろうと思いました。
次にオオカミが向かったのは、四男子ブタの家でした。着いた子ブタの家は、ダンボールとブルーシートで組み立てられてはいるものの、なかなか立派な大きさがあります。プロのホームレス、オオカミの頭にそんな言葉が浮かびます。
今までのことを考え警戒したオオカミは、まず窓から中の様子を窺うことにしました。中はあまり明るくはありませんでしたが、もこもこの絨毯が敷き詰められているのは確認できます。やはりダンボールハウスだと寒いのかなとオオカミが考えていると、その絨毯がぐるりと一斉に首を回して、光る無数の目がオオカミを捕らえました。
「…ヒィっ!?」
驚いて後ずさるオオカミの背中が、どん、となにかに当たって止まります。
「…ひとんち覗いて、なにしてんの」
「ひぃああ!?」
「っ、るせぇな…なに?警察呼ぶよ」
「っは、あ、あなたは四男子ブタの一松…ですか?」
「は?ぼくになんか用?」
突然現れた四男子ブタに驚いてしまいましたが、先程までより幾分普通に会話が出来そうな子ブタに、オオカミは今度こそはと背筋を伸ばして子ブタと向かい合います。
「私はチビ太さんの一番弟子、なまえです。チビ太さんの敵を討つために来ました!いざ尋常に私に食べられなさい!!」
「……………」
「……………」
「……………」
「……あ、あの…」
「………で?」
「…え、で?って?」
「それで、君はぼくになにしてくれんの?」
「え?なにって、えっと」
「どう食べるの」
「どうって…基本的には喉をひと噛みして苦しませずに…」
「はあ?なにそれ。それってぼくになんの得があるの?」
「…得、は無いかなぁと」
「じゃあそれ真正面から言って、なにしたいのアンタ」
「………宣戦布告、みたいな」
「ぼく、痛いのは嫌いなんだよね」
「あ、だから、苦しませずに…」
「苦しむのが嫌いとは言ってないでしょ」
「え、あ、はあ…え?」
「もっと方法ないの?」
「方法…ですか?」
「例えば蔑むとか」
「…さ、蔑む…」
「そう。ぼくの精神を追い込むようなことを畳み掛けて、縄で縛るとか」
「…縄で…」
「バットに縛り付けて振ってくれてもいいけど、アンタじゃ無理でしょ」
「うん、まぁ、無理ですね」
「じゃあ言葉を工夫して」
「は、はあ…」
「はいじゃあ、ここに縄があるから」
「なんでですか?」
「これでぼくを縛って、出来るだけきつくね」
「なんでですか!?」
よく分からないうちに、オオカミは子ブタを縛ることになってしまいました。オオカミは子ブタの言うとおり複雑な手順で縄を扱い、子ブタの言うとおりにきつく子ブタを縛り上げました。
「あ、あの、出来ました…けど」
「じゃあ、この縄を引っ張ると更に縄が食い込むから、引っ張りながらぼくを蔑んで」
「…………え、えっと、こ、この…バカ!」
「はい、三点」
「ええー…」
「なにそれ?そんなこと言われておれが喜ぶとでも?」
「これ、あなたを喜ばせるためにやってるんですか」
「もっとあるだろ。クズとかゴミとか、生きる価値もない家畜以下の畜生とか」
「こ、この、クズ!ゴミ!生ゴミ!生きる価値のない家畜以下のブタ畜生!!」
オオカミが、子ブタに繋がった縄をぎゅっと引っ張ると、子ブタから空気の抜けるようななんとも言いがたい声が漏れます。
「いい…いいね…も、もっと言ってよ…はあはあ」
「ッヒィ、あ、あの、あ…う、うう…っ」
いったい自分は今なにをしているんだ。なにをしにここに来たんだったか。オオカミは次第に混乱し、目の前で縛り上げられている子ブタの荒い息遣いに背中を押されるように、縄をぎゅうっと両手で強く引っ張りあげました。
「私にそんな趣味はありませんからァ…ッ!!」
「あふん!」
その場に倒れた子ブタをそのままに、オオカミは涙ぐみながら走り去ります。後方から引き止めるような呼びかけも聞こえましたが、オオカミは一心不乱に走りました。
そうして着いた先には、森の中に似つかわしくない大きな球場が、どどんと構えていました。
「こ、ここは…?」
「あれー?なにー、お客さーん?」
オオカミが声のほうを向くと、リリーフカーに乗った子ブタが大きく手を振りながらこちらへやって来ます。正直言うと、オオカミはもう子ブタには関わりたくありませんでしたが、足が竦んで動けません。オオカミがわたわたとしているうちに、子ブタはオオカミの目の前まで来てしまいました。
「ぼくになんかよーお?」
「あ、あの、あの…っ」
「え、大丈夫?」
「わ、わた、わたし…うう…っ」
突然泣き出してしまったオオカミに、今度は子ブタがわたわたしてしまいます。なんとかオオカミを宥めた子ブタは、ぼくの家においでよとリリーフカーにオオカミを乗せました。
二匹を乗せたリリーフカーは球場の中に入って行き、だだっ広いフィールドを横切りベンチまで来ると、子ブタはオオカミをベンチで休ませました。
「大丈夫?落ち着いた?」
「あ、ありがとうございます…」
「レモネード飲む?あと蜂蜜レモンもあるよ!」
「…いえ、結構です」
子ブタの厚意は嬉しい限りでしたが、少し落ち着いたオオカミは早く自分の群れに帰りたいと思っていました。
「君、どこから来たの?」
「…私は、向こうの谷の方から来ました」
「えー!あそこはオオカミの谷だよ!危ないよ?!」
「いや、私もオオカミですから…」
「え!?」
「…えっ!?私なにに見えるんですか!?」
「ぼく、子犬かと思った!」
「こいぬ…」
「あ!じゃあおそ松兄さんとカラ松兄さんが言ってたオオカミって君のこと!?」
「…あの人たち無事だったんですね」
「あはは、なんだか残念そうだね!」
明るく話してくれる子ブタに、オオカミはだんだんと平静を取り戻し、笑う余裕が出て来た頃、子ブタがリリーフカーでオオカミを送ってくれることになりました。
「ありがとうございます、助かります!」
「いいよ、ぼくも君のこと放っておけないし!そうだ、君の名前は?ぼくは十四松!」
「私は、なまえです」
「なまえちゃんってかんわいーよね!」
「はあ、ありがとうございます?」
子ブタの運転するリリーフカーは、二匹を乗せてどんどん進んで行きます。森の中の緑がどんどん後方に流れていきます。しかしオオカミは次第に首を傾げてしまいました。
「あの、十四松さん?えっと、これは谷に向かってるんですよね?」
「違うよー!」
「…え!?えっ!?じゃあどこに!?」
「鳴海球場跡だよ!」
「どこ!?」
どうやら子ブタはオオカミを連れて、オオカミの知らない場所へと向かっているようでした。慌てたオオカミは隣でリリーフカーを運転する子ブタに詰め寄りますが、子ブタはどこふく風といったふうで話を聞いてくれません。よくよく考えてみれば、出会ってからこちら子ブタはずっと笑顔を崩しません。オオカミにはそれがとても怖いことのように感じられました。
「わ、わたし、どこに連れて行かれるんですか?群れに帰りたいんです!帰してください!」
「え?うーん…でも、オオカミって怖いよ?ガオーって食べられちゃうよ?」
「いや、だから!私がそのオオカミなんですって!!」
「えー、だってなまえちゃん怖くないよ!」
「それはそれで癪ですが、今はそういう話ではなくてですね!」
「なまえちゃんなら、ぼくでも食べれそう」
その言葉に、オオカミは走行中のリリーフカーから飛び降り、元来た道を全力で走り出しました。リリーフカーから飛び降り転げたときに体のあちこちを打ってしまい、走りながらも全身の痛みに悲鳴が出そうでしたが、オオカミはそれでも頑張って走りました。
走って、走って、ついにオオカミは転んでしまいます。もう駄目だとオオカミが諦めてしまいそうになっていると、カサリ、と草を踏む音が聞こえました。
「君、大丈夫?」
声は聞こえましたが、オオカミはそれに言葉を返す気力もありません。やがて、オオカミの意識は白く遠のいていきました。
どれくらいの時間が経ったのでしょうか、オオカミは優しい暖かさに目を覚ましました。浮上した意識で、ゆっくりと目を開け起き上がると、そこがどこかの部屋の中だということが分かりました。暖かいと感じていたのは、オオカミが暖炉の前で寝ていたからです。体を見下ろしてみると、怪我をしていたところは包帯を巻かれ、手当てがされてあるようでした。
「ここは…」
「あ、気がついた?」
声に振り返ると、にこやかな笑顔を湛えた子ブタが、マグをふたつもってオオカミのもとにやってくるところでした。隣に座った子ブタを警戒するオオカミに、愛らしく微笑んだままの子ブタはマグのひとつをオオカミに差し出します。
「はい、ホットミルク。ヤギの乳は飲める?」
「………」
「毒とか入ってないから、ほら」
「…いただき、ます」
「はい、どーぞ」
温められたミルクをこくりと飲み込むと、ほうっと緊張がほどけるようでした。それでもオオカミはまだ子ブタへの警戒を解く気はありません。ぐるりと室内を見回すと、部屋は立派なレンガ造りの家のようです。凡そ目の前の子ブタ一匹に作れるものとは思えません。
「ああ、結構頑丈そうでしょ?ボク、友達多いからねー、人海戦術ってやつ。だから、君の息でも吹き飛ばせないんじゃないなぁ」
「っ!あなた、やっぱり六つ子の一匹なんですね」
「そ、末弟トド松!よろしくね」
「……よろしくしません」
「えー、もしかして凄く警戒されてる?…はぁ、まったく兄さんたちはなにやってんだか。こんなに可愛い子をこんなに怯えさせるなんてさ。ごめんね?うちのクズな兄たちが色々したんだろうけど、根は悪いブタ野郎じゃないんだ、大目に見てあげて?ねっ?」
オオカミはそれに答えず子ブタを睨みましたが、子ブタにそれを気にした様子はありませんでした。
「ねぇ、君の名前は?」
「…なまえです」
「可愛い名前!それでー、なまえちゃんはボクらを食べにきた悪いオオカミさんなんだっけ?」
そうです。オオカミはもともと師匠であるチビオオカミの敵を討つため、延いては子ブタたちを懲らしめるためにわざわざ子ブタたちの住む森までやって来たのです。ここで退いてしまっては、チビオオカミに合わせる顔がありません。
そうとなれば、いざオオカミは立ち上がり、獰猛な顔つきになると、目の前のか弱そうな子ブタを見下ろしました。
「末弟子ブタのトド松!助けてくれた恩を仇で返して申し訳ありませんが、一匹も倒せずチビ太さんのもとへ帰るわけにはいきません!恨むのなら、チビ太さんに対する普段の行いを恨みなさい!」
牙を剥いたオオカミは、そう言うや否や目の前の子ブタへと襲いかかりました!
「ハイ、ストップー」
「っな、!?」
オオカミが子ブタを襲おうと突き出した前足は、華奢に思えた子ブタに簡単に取られてしまいました。オオカミはギッと子ブタを睨みましたが、それも子ブタにはどこふく風です。
「なまえちゃんに質問ね、物語の中の悪いオオカミは、最後いったいどうなるか知ってる?」
「ちょ、放してください…っ!」
「知らないかなぁ?答えはね」
ガチャリ、と扉の開く音が聞こえ、そちらに目を向けたオオカミは絶句してしまいました。玄関らしき入口から、次々と同じ顔の子ブタたちが入ってくるのですから、オオカミはもう逃げたくて逃げたくて仕方ありません。
「主人公である子ブタたちに成敗されちゃうんだよ」
にっこり笑った目の前の子ブタにも、オオカミは言葉を返せません。
「なんだよトド松ー、こんないいとこに住みやがって。お兄ちゃんも住まわせてよ。俺の家飛ばされちゃったんだよねー」
「俺も家を飛ばされてな、ちょうど次のマイスウィートホームを探していたところだ」
「絶対やだからね!ちゃんと自分たちで作った家に住まないと母さんにチクるから!」
「お前も自分だけで作ったわけじゃないじゃん。ぼく知ってるからな」
「暖炉あるのいいね…」
「でもやきうするには狭いかなー!」
目の前に六匹揃った同じ顔の子ブタたち。オオカミはいつの間にか尻餅をついて泣いていました。後ろは暖炉、目の前には子ブタたち。オオカミに逃げ場はありません。
「ほんと、兄さんたちはボクにちゃんと感謝してよね!なまえちゃんを保護したのボクなんだから」
「はいはい、どーも。じゃ、とりあえず確認だけど、俺とお前らが考えてることって一緒だよな?」
「っふ、どうだろうな…俺の頭は少々クレイジー、だからな…バーン」
「跡形も無く死ねクソ松。…まぁ同じなんじゃないの、どうせクズの考えることなんて似たり寄ったりだよ」
「ぼくは女の子相手に抵抗あるけど…、仕方ないよね。やらなきゃやられるみたいだし」
「ハッスルハッスルー!マッスルマッスルー!」
「それじゃあ、今日は」
「「「オオカミ鍋だな」」」
その日、オオカミの悲鳴が森中に響き渡りました。
六匹の子ブタはそれぞれの家で、その後も末永く悠々自適なニート生活を送りましたとさ。
めでたしめでたし。
六つ子の子ブタ
(2016.11.04)