本物の恋人
「……檜佐木くん?顔が、怖いんだけど、」
「なんでだと思う?」
「…私のせいだと思う」
「正解」
今日は檜佐木くんの部屋で呑もうと誘われていた。仕事が終わって訪れたのだが、檜佐木くんの笑顔を私が消してしまった。
「束縛するつもりは無いけど、やっぱ気に入らねぇ」
「…そっか、ごめん。気に入らないなら帰るね…」
これ以上檜佐木くんに嫌な思いをさせたくないと思い、部屋から出ていこうと背を向けた。しかし、それも許されないのか、腕を掴まれて引き留められた。
「い、いや、帰れって言ってるわけじゃねぇ。俺こそごめん、ただその、前も言ったけど……その……」
「…そんなに、阿近さんと仲良くするのダメ?」
「……ダメじゃねぇけど、妬く」
嫌な思いをさせているのに、妬くと言われて喜んでしまう私がいた。
「…でも檜佐木くん、一途でいるなら、他の男の人と今まで通り仲良くしててもいいって言ってたよね」
「言ったけど……」
「私、男性として好きなのは檜佐木くんだけだよ」
檜佐木くんは落ち込み気味だったのに、その一言で頬を染めた。私の言葉で左右されるなんて、なんて可愛いんだろうか。
「……二人きりのとこでそういうこと言われると、やばいんだけど」
「やばいって…何が?」
「理性とか」
言いながら、掴んでいた腕を引いてそのまま私を抱き寄せた。
「あー…やっぱへこむ。阿近さんに禁煙するように頼むか」
「無理だと思うけど…」
「じゃあ俺に大人しくヤキモチ妬いてろって言うのかよ」
「……うん」
「おい」
申し訳ないけど、妬いてくれる檜佐木くんが可愛くて、意地悪したくなる。
「楽しそうな顔しやがって」
「だって、妬いてくれるの嬉しい」
「俺の心はガラスで割れやすいからもうちょっと優しくしてくれ…」
きつく抱き締められ、嬉しくてにやけてしまう。
「…なぁ風間」
「ん?なに?」
「名前で呼びたい」
「……いいよ」
ドキドキしながら待ち構えたら、少し間を置いてから「桜」と呼んでくれた。嬉しさと恥ずかしさが入り交じり、顔が熱くなった。
「…修兵くん」
「うわっ、それすげぇ良い!嬉しい!」
「……じゃあ阿近さんのにおいついたこと許してくれる?」
「……これから控えてくれるなら」
「それは無理だけど…」
「…阿近さんとどんだけ仲良しなんだよ」
「仲良しじゃないけど、十二番隊ってまともな人あんまり居ないから阿近さんくらいしかまともにやりとりできないんだよね…」
「そういうことならしゃーねぇな……」
納得いかない様子だったけど、まぁ許してもらえたのかな。
「…でも、不安」
檜佐木くん、いや修兵くんは、すり寄ってきて、短い髪の毛が首やら頬やらにあたってくすぐったい。
「……桜」
あんまり阿近さんの話をしまくるのも意地悪すぎるだろう。謝ろうかな、なんて思ったら名前を呼ばれ、間近にあった顔を更に近付けられ、唇を重ねられた。人生で初めての行為だった。
それはすぐに離されたけど、間近で悲しげな顔を見せられるものだから心臓がきゅっと痛くなった。
「情けねぇけど、俺そんなに自信ないから、やっぱ耐えらんないかも」
「え」
「だから……せめて、もっと、桜からの愛情表現が欲しい」
そんなこと言われたって、今までお付きあいなんてしたことない私が、どうしろって言うの。
「…その、意地悪言ってごめんね?不安にさせたいわけじゃなくて、妬いてくれる修兵くんが可愛かったからつい…。……私、愛情表現とか解らないから、き、キスとか、そういうの、修兵くんからしてほしい。修兵くんになら、そういうことされても、きっと嫌じゃない、ていうか、今実際に嬉しいし……」
正直に話すのって、どうしてこんなに緊張するんだろう。顔が、ものすごく熱い。照れ臭くて修兵くんと目なんて合わせていられなくてそらしていたら、またしても唇を塞がれた。
「他の奴にその顔見せんなよ、妬くから」
「…どんな顔か解んないけど、こんなに照れ臭いの、修兵くんと居るときだけだよ」
「なら良かった」
嬉しそうに微笑む修兵くんの顔にドキッとして、恥ずかしくなって顔を伏せようとしたら、顎をすくわれ何度も何度も唇を啄まれた。人とお付き合いするの初めてだって言ってあるのに、初回から容赦が無さすぎる。モテてきたからこういうこと慣れてるのかな、なんてことが頭をよぎって、居たかも解らない過去の女に嫉妬してしまう。
「俺も、こんなことしたいの桜だけ」
現在の修兵くんがこう言ってくれている。私も修兵くんも、互いが大好きなのだから、他の人に嫉妬するだけ無駄でしかないということだ。
「…だから、その、触ってもいいか?」
たしかに修兵くんのことは好きだけど、まだ付き合い始めて日が浅いし、今日初めてのキスを終えたばかりだ。体の関係なんてそんな、まだ心の準備ができていない。
「頭がショートしそうだから、もっと、順番にゆっくり手出してくれないと、困る」
「……そ。じゃあ、毎日時間かけて堪能する」
修兵くんは少しすねたような口振りだったが、私をぎゅっと抱き締めた。優しく頭を撫でられて、愛を感じて照れ臭くなった。私たちはもう、恋人の真似事をしているだけでなく、本当に愛し合う恋人になれたのだ。きっと今は、修兵くんから受ける愛の方が多いだろうけど、そのうち私も、私の全部を修兵くんにあげて、修兵くんのことをもっともっと愛したい。
「覚悟しとけよ」
毎日大好きな修兵くんからの愛を受けるなんて、幸せすぎて身がもたなくなってしまいそうだけど。幸せを堪能するためにも、しっかり意識を保っておかないと。
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