熱に浮かされる

体がだるい。昨日の演習のせいだろうか、朝から体がだるくて頭もぼーっとする。授業にも集中できなかったし、ご飯もそんなに食べられなかった。よほど体が疲れているのだろう。こんなことでは、ヒーローになれやしない。

「横島、大丈夫か」

帰りのホームルームが終わったところで、隣の席の轟くんが声をかけてきた。いつもだったら嬉しいだろうけど、今はとにかくだるくて仕方がなかった。

「うん、疲れてるだけだから」
「本気で言ってんのか?」
「え?うん」
「顔赤いぞ」

そんな馬鹿な。私まだ、轟くんと会話しただけで、照れてなんかいないのに。

「風邪か?」
「……馬鹿な」
「自分が風邪かどうかくらいなんとなく解るだろ」

ごめん、わからなかった。私が風邪なんか引くわけ無いと思ってた。

「熱い」

轟くんは右手で私の額に手を当てて、そう呟いた。轟くんに触れられているという事実で、余計に顔が熱くなった。

「み、右手で触ったら熱く感じるに決まってるじゃん」
「…それもそうだな」

そう言うと、轟くんは右手を私の頬に滑らせ、左手を逆の頬に当てたきた。必然的に顔を挟まれ轟くんと向き合うことになってしまった。

「どっちで触っても横島の方が熱いぞ」
「と……轟くん、冷え性なんじゃない」
「そうか?横島が熱があるだけだろ」

轟くんは会話中ずっと目を合わせてくるし、どんどん顔に熱が集まるのを感じる。クラスの子達の「何あの状況」とか「ちゅーする?する?」とかの声が聞こえてくる。やめてくれ、ちゅーなんてしない。

「顔どんどん赤くなってるぞ」
「…悪化したかな。帰る」
「そうだな、帰ってゆっくり休め。部屋まで送る」
「えっ、いいよそんな、」
「気にするな。同じ寮なんだから手間じゃない」

私の頬から手を離すと、今度は私の腕を掴んで立ち上がった。

「行くぞ」

慌ててカバンを持って立ち上がれば、腕から手を離されてホッとした、と共に少し残念に思った。しかしすぐに手を握られてドキッとする。

「あ、あの、手」
「横島今日動きが鈍かったから。転ばれたら困る」
「……転ばないよ。ていうか、転んでも轟くんは困らないでしょ」
「困る。心配になる」

あの轟くんが私のことを心配してくれるの?熱で幻聴でも聞こえたかな。ていうかこの手すら、この轟くんすら幻覚かな。
幻覚かもしれない轟くんは、私の手を引いて廊下を突き進む。あの轟くんが女の子の手を引いているせいで、周りの生徒たちからの視線が突き刺さる。

「なんか今日ぼーっとしてるし、とろいし、全然喋ってねぇし、飯も食わねぇし、元気ねぇし、笑わねぇし、今日一日すげぇ不安だった」
「…そんなに、私のこと見てたの」
「いつも見てる。けど今日はいつもと全然違うから、そのこと言おうと思って迷ってたら、こんな時間になっちまった」
「待って、いつもって何」
「いつもはいつもだろ」

ほんとになんでそんなに私のこと見てるの。いつも?毎日?毎日轟くんは私のこと見てたの?その割りにたまにしか目が合わないのは何?もしかして私が照れて轟くんを見れなかったせい?ほんとはいつも轟くんのこと見てたらもっと目も合ってたの?

「横島はよく食ってよく喋ってよく笑う方が良い」
「な、なに?こども扱い?」
「違う。元気で笑ってる方が可愛いって話だ」
「……それ、轟くんの主観?」
「…そうだな。他の奴らがどう思ってるかは知らないが、俺は横島可愛いと思う」

何それ、轟くん、私のことそんな風に思ってたの。そんなこと言われたら照れるし嬉しいし、余計に熱が上がりそうなんだけど。

「…轟くん、私のこと好きなの?」

せっかくだから、期待も込めて聞いてみた。しかししばらく返事はなく、いけないことを聞いてしまったのだろうかと血の気が引いた。

「わからない。けど、横島がそう感じたなら、そういうことかもしれない」

そう言いながら私を見る轟くんの顔は穏やかで、またしても顔に熱が集まった。

「横島は?」
「へ?」
「俺のこと、好きか?」

好きだよ。初めて会ったときからずっと、顔を直視できないくらいには。

「うん」

恥ずかしくて、それが精一杯の返事だった。しかし轟くんは嬉しそうに微笑んでくれて、私の手をぎゅっと握り直した。

「すげぇ嬉しい」

私だって、大好きな轟くんに喜んでもらえて、めちゃくちゃ嬉しいよ。でも嬉しすぎて、このままだとはしゃいで熱があがってしまいそうだ。