こころの隙間

「…イヅルくん」

藍染隊長たちが離反した後、残されてしまったイヅルくんは落ち込んでいた。ずっと慕っていた市丸隊長に裏切られて、利用されて、置いていかれてしまったんだから無理もない。
もう三日も自室に籠っているようで、三番隊の業務は溜まっていくし、隊員たちは不安を募らせていくし、このままではいけないと思った。
私は三番隊の死神ではなかったからお節介だと思われるかもしれないけど、勇気を出してイヅルくんの部屋を訪ねた。誰が行っても顔も見せてくれないなんて話は聞いていたから、私でも無理だろうなと思っていたけど。

「…何しに来たんだい?」
「え、っと、イヅルくんが心配だったから…」

部屋の中から声だけ聞かせてくれたけど、大したことを言えない自分が嫌になる。心配だったから何だというのだ。私は別にイヅルくんにとって大事な人でも何でも無い訳で、ただの、同期の、お友達だ。

「…ありがとう」

しかし戸は開けられて、イヅルくんの顔を久しぶりに見ることができた。顔色も悪いし死にそうな顔だ、なんて考えていたら腕を掴まれて部屋の中へと引き込まれた。

「座って」

部屋の隅に副官章が雑に置いてあるのを見つけ、ぎゅっと胸が苦しくなった。
言われるがまま座布団に座らせてもらえば、イヅルくんは私と少し距離を置いて壁際に座った。

「…ごめんね、他隊の君にまで迷惑かけて。誰かに頼まれたんだろう?」
「違うよ…。ほんとに心配だったから、見に来たんだよ。…ご飯とか、ちゃんと食べてる?」
「…いいや、あんまりお腹が空かないんだ。…情けないよね、こんな時だからこそ、副隊長の僕がしっかりしないといけないのに…」

イヅルくんはきっと、あれからずっとそうやって自分を責め続けているんだろう。

「…ごめん、弱音なんか吐いて。聞きたくないよね」
「いいよ、全部聞くから。そのために来てるんだもん」

少しでも近付きたくて、イヅルくんの隣に移動した。

「…いい。今は、そうやって隣に居てくれれば、充分だ」

イヅルくんは寂しいのか、そう言って私の手を握った。ドキッとするけど、こんなのきっと、私だからしているわけじゃないんだろう。本当は私なんかじゃなくて、桃ちゃんとこうしたかったんだろう。

「私でいいなら、今だけじゃなくて、ずっと隣に居るよ。誰かの代わりでも、なれるなら、寂しいときに傍にいてあげるよ…」

市丸隊長の居なくなった心の穴に、少しでも入り込みたいとか、そんなことを考える私はずるい。桃ちゃんの代わりだって、ほんとはそんなことも思いたくないけど、それよりもイヅルくんの傍にいたい。頼りにされたい。必要とされたい。

「…優さんは優さんだ。誰かの代わりになんて、なれるわけないだろう」

そうか、そうだよね、私じゃ足りないよね。傍にいるなんて欲張り言うんじゃなかった。

「ごめん、図々しいこと言って」
「え?…違うんだ、そういうつもりじゃ、」

帰ろうかな、と思って扉の方に顔を向ければ、肩を掴まれて向き合わされた。

「誰かの代わりなんかじゃなくて、優さんとして、僕の傍に居て欲しい。僕にはもう、優さんしかいないんだ。だから、もう少しでもいいから、ここに居て。そしたら僕は、明日にでも、ちゃんと仕事に戻るから…」

必死に訴えてこられて驚いたけど、傍に居て欲しいと言われて嬉しくないわけがない。嬉しすぎて戸惑っていたら、イヅルくんは泣きそうな顔で私に抱き付いてきて、体重をかけられたせいで畳に倒れてしまった。
体にイヅルくんの重みを受けて、苦しさと嬉しさで押し潰されそうだった。

「ごめん、許さなくていいから、今だけでいいから、君の温もりをわけてほしい」
「…もう、謝らなくていいよ」

イヅルくんの背に手をやって、優しく背中を撫でてあげる。弱みを見せて頼られるのが、こんなにも嬉しいんだから、謝られても困る。

「ずっと、傍に居てあげるから。イヅルくんも、どこにもいかないで」
「…優さん」

少しだけ体を起こしたイヅルくんの前髪が私の顔に触れる。ぽたぽたと涙の粒が降ってきて、思わず目をつぶれば、濡れた頬に唇を落とされた。

「イヅルくん、」

驚いて名前を呼べば、今度は唇を塞がれた。イヅルくんの唇は少しかさついていた。軽く触れたそれはすぐに離されて、でも何度も何度も押し付けられた。
何度か繰り返された後、次が来なくなったから目を開けば、イヅルくんが困ったような顔で頬を染めているのがわかった。

「…嫌じゃないから、もっとしていいよ」
「…止まらなくなったら、どうするんだい」
「いいよ。…好きにして」

勇気を出して言ってみれば、ちゅ、と音を立てながらキスされた。

「朝まで君を、拘束してもいいかい?」
「いつまででも、いいよ」
「…優しいね」
「イヅルくんにだけだよ」

イヅルくんはやっと笑顔を見せてくれて、ここにきて良かったと心から思った。
イヅルくんの背にやっていた手を、今度はイヅルくんの首に回して引き寄せて、長く口付けた。慣れない行為に思わず笑ってしまえば、イヅルくんは私の頬や顎、首筋にまでキスをした。

「だめだよ、今日お仕事したままだから、汗かいてるし、汚いよ…」
「…綺麗だよ。綺麗だから、僕の手で汚したい」

べろりと首を舐められて、びっくりして体が跳ねる。

「い、イヅルくん…」
「…ごめんね。好きにさせてもらうよ」

イヅルくんの骨張った大きな手が、私の胸を撫でながら死覇装を乱していった。