▼▲▼
冬だというのに、私は暖房の壊れた執務室にいた。目の前には極寒の中で書かされる報告書が有るのだが、それは自分の分では無くて、本来は弓親が書くべき報告書だった。
「なんで私が…」
雪の中で任務をした後で寒いというのに。手がかじかんで、筆を持つ手が震えている。力がうまくはいらなくてまともに字が書けやしない。このまま冷えきって凍死するんじゃないか。
「弓親の馬鹿…弓親…弓親のアホ……弓親ぁ、このやろー…」
筆を置いて両手をすり合わせる。摩擦で温かくなるんじゃないかと思ったが、全然意味が無い。ひとり震えていたら、ガチャと音がして諸悪の根元が現れた。
「僕の名前を呼びながら仕事するなんて。寂しかったの?」
「うっさい…。寒くて手が動かないの」
「大変だね。僕はもう体温まっちゃった」
「いいね、自分だけ良い思いして…。こっちは寒くてしょーがないっていうのに…」
弓親は近付いてきて、報告書を覗きこんできた。
「全然書けてないじゃん」
「誰のせいだと思ってんの」
「僕のせいって言いたいの?」
「そうだけど?」
ふーん、と言って弓親は私の横まで歩み寄ってきた。何もしないなら帰れ。
「手、かして?」
「…なんで?」
不審に思いながらも両手を弓親の方に出す。すると弓親は私の両手を包み込んだ。
「冷たい」
「…だって寒いんだもん」
「ごめんね、全部任せちゃって」
「べつに…」
素直に謝られるのも困るし、手握られるのも困る。
そんなことされたって、押し付けられた仕事は片付かないんだから。
「僕の手温かいでしょ?」
「うん。むかつくぐらいね」
「ふふ、温めてあげるよ」
弓親は微笑みながら私の手を口元まで持って行って、手の甲に軽く口づけた。
「寒くても顔は赤いんだね」
「弓親のせいだよ」
「僕のために寒い中がんばってくれたから、サービスしてあげるよ」
今度はぎゅううときつく抱きしめられた。よほど温かい部屋に居たのか、弓親も服も温かかった。
「残りは僕がやっとくから、君は終わりなよ」
「…もうちょっとこのままでいてくれたら、私が全部、終わらせてあげてもいいけど…」
「それはありがたいね」
弓親がこんなことしてくれるなら、たまには暖房が壊れるのも悪くないな。
▲▼▲