震える手

「寒い…」

冬だというのに、私は暖房の壊れた執務室にいた。目の前には極寒の中で書かされる報告書が有るのだが、それは自分の分では無くて、本来は弓親が書くべき報告書だった。

「なんで私が…」

雪の中で任務をした後で寒いというのに。手がかじかんで、筆を持つ手が震えている。力がうまくはいらなくてまともに字が書けやしない。このまま冷えきって凍死するんじゃないか。

「弓親の馬鹿…弓親…弓親のアホ……弓親ぁ、このやろー…」

筆を置いて両手をすり合わせる。摩擦で温かくなるんじゃないかと思ったが、全然意味が無い。ひとり震えていたら、ガチャと音がして諸悪の根元が現れた。

「僕の名前を呼びながら仕事するなんて。寂しかったの?」
「うっさい…。寒くて手が動かないの」
「大変だね。僕はもう体温まっちゃった」
「いいね、自分だけ良い思いして…。こっちは寒くてしょーがないっていうのに…」

弓親は近付いてきて、報告書を覗きこんできた。

「全然書けてないじゃん」
「誰のせいだと思ってんの」
「僕のせいって言いたいの?」
「そうだけど?」

ふーん、と言って弓親は私の横まで歩み寄ってきた。何もしないなら帰れ。

「手、かして?」
「…なんで?」

不審に思いながらも両手を弓親の方に出す。すると弓親は私の両手を包み込んだ。

「冷たい」
「…だって寒いんだもん」
「ごめんね、全部任せちゃって」
「べつに…」

素直に謝られるのも困るし、手握られるのも困る。
そんなことされたって、押し付けられた仕事は片付かないんだから。

「僕の手温かいでしょ?」
「うん。むかつくぐらいね」
「ふふ、温めてあげるよ」

弓親は微笑みながら私の手を口元まで持って行って、手の甲に軽く口づけた。

「寒くても顔は赤いんだね」
「弓親のせいだよ」
「僕のために寒い中がんばってくれたから、サービスしてあげるよ」

今度はぎゅううときつく抱きしめられた。よほど温かい部屋に居たのか、弓親も服も温かかった。

「残りは僕がやっとくから、君は終わりなよ」
「…もうちょっとこのままでいてくれたら、私が全部、終わらせてあげてもいいけど…」
「それはありがたいね」

弓親がこんなことしてくれるなら、たまには暖房が壊れるのも悪くないな。