野良猫

「え…、何?妖怪濡れ女…?」

優を見て一目で思いついたのは、そんな言葉だった。今の優には一番相応しい名だろう。

「…ほっといて」

優は浮かない顔をして、ずぶ濡れのままどこかへ行こうとした。天気予報でさんざん雨が降ると言われていたのに、傘を持ってでかけなかった優はどれだけ脳みそが小さいのかと思った。

「ほっとけるわけないだろ。今タオル持ってくるから、ここで待ってて」
「…ここで?」

と、優は上を見上げる。優が今立っている場所は、屋根が無くて雨が降りしきっている。見上げた顔にも構わず雨は降り注いだ。

「…わかったよ。あがって」
「…あがったら床が濡れるし汚れる。弓親に迷惑でしょ」
「そんなことないから気にしないで」

とは言うけど、確かに迷惑だ。どうせ掃除するのは僕なんだから。

「…わかった。じゃあ、隅っこで待っとく」

草履を脱いで足袋も脱いで、裸足で縁側にあがってくる。それは嫌みなのかと聞きたくなるくらい、隅っこに立った。

「…まぁいいや。すぐ戻るから待ってて」

僕は部屋に入って、真っ白い清潔なタオルを取り出して、再び優のもとへと戻った。

「っくしゅ…」

優は小さく可愛らしいくしゃみをしながら待っていた。

「風邪ひいた?」

優の頭からそのタオルをかぶせ、わしゃわしゃと濡れた髪を拭いてあげた。こうしていると、この前濡れた猫にも同じ事をしたのを思い出した。

「…寒い」
「傘も持たずに出かけるからだよ」
「…だって…」

傘を持って行かなかった理由でもあるのか、優は何か言いたげに視線を泳がせた。

「何?風邪ひくほどの訳があったの?」
「…」

タオルで優の濡れた頬を優しく押さえて水分を取る。
いつもしている薄い化粧はすっかり落ちていたけど、化粧なんかなくても子供のような可愛らしい顔が残っていた。

「…猫に、なりたかった」
「は?」
「私もずぶ濡れになれば、弓親に優しくしてもらえるかなって…思って…」

優は頬をうっすらと染めながら、そんなことを言った。猫なんかに嫉妬するなんて、可愛いこと考えるじゃないか。

「優」
「…何」

優の頬に手を当てて、僕の方へ向かせた。どれだけ雨に打たれていたのか、頬はすっかり冷たくなって、唇は薄紫色になっていた。

「雨に濡れたの、僕に優しくしてもらいたかったからなんだ?」
「…うん」
「じゃあ風邪ひいたら僕のせいだね」
「…そんなこと、ない」

優はまた、くしゃみを繰り返す。やっぱり風邪ひいてるんじゃないか。

「寒いんでしょ?」

ずぶ濡れの優を優しく抱き締めた。優の死覇装はだいぶ水気があったらしく、僕の着ている死覇装まで水が染みてきた。

「弓親…濡れるよ?」
「いいよ。君のためならね」
「…ごめん、ありがと」

優は小声でお礼を言って僕の死覇装を握り締めた。