高嶺の花

「おはようございます弓親さん、今日もお美しいッスね!!」
「当たり前だろう」

俺はこの十一番隊に就いてから、綾瀬川弓親という男に一目惚れした。もちろん、恋ではない。ただ一目見たときから、十一番隊に似つかない美しさと眩しさに、心から惹かれた。俺もあの五席のように、強くて美しい男になりたいと、そう思った。

「弓親さん、ご飯一緒に食べませんか!?」
「君を見ながらご飯食べろって言ってるの?そんな楽しくないことしたくないね」

少しでもお近づきになりたくて色々アプローチしたのだが、ことごとく失敗していた。ご飯は何度誘っても二人では行ってくれないし、任務で頑張っても褒めてくれないし、事務仕事を手伝おうとしたら手を出すなと言われてしまった。
今のところ俺ができることは、弓親さんに美しいと毎日声をかけることくらいだった。これだけは唯一、上機嫌で返事をしてくれる。その嬉しそうな顔が、もっと見たい。

「横島、お前弓親さんのこと狙ってんのか?」
「なんだそれ?」
「いや…隊員たちが、噂してたからよ…」

阿散井の話によると、俺が弓親さんに惚れていてケツを狙っているとかそういう話だった。噂したやつを殺してやりたい。

「男のことそういう目で見るわけねぇだろ!俺の好みは副隊長だ!!」
「だよな…って副隊長!?おま、それもどうなんだよ!?」
「うるせー!阿散井だって小さくて薄っぺらな女が好みだろ!」
「背の低さと幼さを一緒にすんな!」

しかしそんな噂が流れていたとすると、弓親さんの耳にも入ってたりするのか?だとすると、それが原因で弓親さんに避けられていてもおかしくないな。ちょっと距離置こうかな。弓親さんに申し訳ないし。

「俺だってよ〜、十一番隊みてぇな男臭い隊じゃなけりゃ普通に可愛い普通の女の子と遊びてぇよ〜」
「だからって副隊長はまずいだろ…」

十一番隊だからこそ、副隊長や弓親さんが輝いて見える。俺もあんな風に、輝きたい。強さ以外の何かが無きゃ、あんな風には輝けない。

「…まぁ、とにかく違うってことなら、変な噂してる奴がいたら誤解は解いとくからな」
「あぁ、ありがと」
「幼児好きって噂されてたら知らねーけどな」
「阿散井も仲間なのに」
「俺のはちげぇ!」

阿散井と他愛もない話をしてから、俺はいつものように掃除を始めた。床の雑巾がけ、窓拭き、ごみ回収などなど、十一番隊の清潔さを保つための努力だ。もっと言うと、弓親さんが快適に暮らせる環境づくりだ。俺一人が頑張っただけでどのくらいの効果があるかは知らないが。
数時間で掃除をできる範囲は決まっているため、きりのいいところで終わらせた。汚れた格好のままで万が一弓親さんに会ってしまったら怖いので、急いでシャワーを浴びにいった。

「あ、横島」

シャワーを浴びて綺麗になったし副隊長とお菓子でも食べようと思っていたのだが、弓親さんにばったり会ってしまった。いっぱいお話でもしたいが、噂されたら弓親さんに申し訳無い。ここは挨拶だけして去るべきか。

「なに黙ってるの?」
「え?あ、すみません!見とれてました!」

あぁそうか、ついこういうことを言ってしまうから変な噂をされるのか。

「それはいいけど、執務室の掃除したのって横島?」
「そうっす!もしかしてまだ気になる汚れとかありました!?すっげぇ気使ってやったつもりなんすけど、」
「いや、綺麗になって快適だったから。礼でも言ってやろうかと思って」
「それはよかったっす!掃除した甲斐があります!」
「うん、ありがとね」

弓親さんにお礼を言ってもらえた。それに、やっと褒めてもらえた気がする。すげぇ嬉しい。

「あのっ、ついでに今からご飯とかどうっすか!?」
「何のついでだよ」
「えっと…出会ったついでに?」
「そんなに僕と食事したいのかい?」
「はい!」
「そんなに僕のこと好き?」
「はい!」

返事をしたものの、沈黙が流れた。これはもしかして、はいと答えてはいけなかったのか?とは言え、嫌いとも普通とも言えないし、好き以外の答えがない。俺の解答は正解のはずだ。

「も、もしかして弓親さん、俺のこと嫌いなんすか?だ、だから食事誘っても断るし、褒めてくれないし、邪魔者扱いするし、雑用ばかり押し付けるんすか!?」
「はぁ?僕のことそんな冷たい奴だと思ってたの?心外だね」
「すみません!弓親さんは心優しくてとても思いやりのある上司です!!」
「そうだろう」

そうだけど、あんまり仲良くしてくれないとは思ってる。もうちょっと部下をかわいがってご飯おごったりとか何かしてくれてもいいじゃないか。

「だから部下を困らせないように、好きだなんて言わないんだよ」

弓親さんはそれだけ言って、すたすたと歩き始めた。呆気にとられてしまったが、すぐ追いかけて隣に並んだ。

「あのっ、俺別に困んないっすよ?ていうか良く思われて困るわけ無いし、むしろ言われた方が嬉しいっす!」
「馬鹿は黙って」
「黙ってついてったら食事処まで案内してもらえるんすか?」
「お腹空いてんの?」
「そうっす。掃除で体力使ったんで」
「あ、そう。ご苦労様。ご褒美でもあげようか」
「えっ、いいんすか!?」

弓親さんが足を止めたから俺も止まって弓親さんを見上げた。何をくれるんだろうと期待したら、胸ぐらを掴まれて唇を寄せられた。弓親さんの潤いたっぷりの唇が、一瞬だが僕の唇を柔らかく押し付けすぐに離れていった。

「あと残念だけど、僕はお腹空いてないから食べたいなら一人で行ってきな。胸がいっぱいで食べる気がしない」
「ちょっ、ど、どこ行くんすか!」
「帰って寝るんだけど?」

だめだ、今弓親さんを帰らせてしまったら、明日から会わせる顔が無い気がする。このまま気まずくなって距離を置くなんて、そんなことにはなりたくない。

「あのっ、心優しくて思いやりのある上司の弓親さん!」
「…何その引き留め方」
「ほ、ほんとに部下を困らせたくないんだったら、正々堂々と好きって言ってくれた方が助かるんすけど」
「言ったらどうなるの?」
「えっと…」

弓親さんにじっと見つめられる。普段通り、冷めた目で。普段通りのはずなのに、緊張して汗が出る。

「たぶん、弓親さんのこと、そ、そういう目で、見るようになりそう、です」
「あれ?今までは違ったの?」
「や、だって、俺は男で、弓親さんも男で、ただ憧れてただけで、」
「それなのにご褒美もらっただけで憧れが恋慕にでも変わったの?単純な奴」
「…弓親さんのせいじゃないすか」
「僕のせいにしないでよ」

ついさっきまで、好みは草鹿副隊長だなんて言い張ったのに、好みが一転してしまったようだ。

「君が勝手に僕に惚れたんだろ」
「なっ…、そ、それを言うなら、弓親さんが勝手に俺に惚れただけじゃないすかっ」
「僕、惚れたなんて一言も言ってないし」
「俺だって言ってないっす」
「へぇ、僕のこと好きじゃないんだ?嫌いだった?ごめんね、僕が上司で」
「えっ、あっ、いや、 好きですよ」
「だよねー」

今のは言わされただけだ。そんな言い方されて、好きじゃないとか言えるわけがない。言わされただけのはずなのに、好きと言葉にしたら恥ずかしくなってきた。

「もうちょっと仕事できるようになったら、またご褒美あげるよ」

今度は額に唇を寄せられ、真っ赤になった僕の顔を見て美しく微笑んだ。僕が見たかった、嬉しそうな微笑みだ。

「…がんばります」
「せいぜい僕のためにがんばって」
「別に、弓親さんのためじゃねぇっす」
「君ががんばってくれないと、ご褒美とかいう口実で手が出せないじゃないか」
「…お、俺に、これ以上何する気っすか」
「さぁね?ご褒美なんだから、君がしてほしいことをしてあげるよ」
「…弓親さん、ずるいっす」

それじゃあ僕がご褒美を欲しがってるみたいじゃないか。どう考えても、弓親さんが僕にちょっかいかけたいだけなのに。
僕はただ、弓親さんの喜ぶ顔が見たいだけだ。何かしてほしいとか、そんなことを言うつもりもない。

「ずるい奴は嫌いかい?」
「…嫌いじゃないっす」

でもきっと、言うつもりが無くても言わされることになるのだろう。弓親さんの手のひらで転がされ、好きだと言ってしまったくらいなんだから。