忘れさせて

※原作全部読み終わった人向け







「失恋した!!」

僕の好きな子が、哀しそうな顔をして僕のところを訪れた。そんなこと言われたら、僕が泣きたいところだよ。

「聞いてくれる?」
「それ聞かなきゃだめ?」
「…じゃあ一角さんとこ行く」
「や、聞くから、話して」

もし一角のところに行って横島が一角に泣き付くようなことになったら、ちょっと辛抱できる気がしない。逃がさないように腕を掴んで座らせた。

「好きな人がいてね、住む世界の違う人だから、叶わないとは思ってたんだけど…」

そんな身分差の恋をしていたのか。初めから僕を選んでおけばそんな苦しみ知らずに済んだのに、馬鹿な子だ。

「純粋で可愛くて、でもかっこよくて、童貞っぽいから食べちゃいたかったのに…」

やめてくれ、そんな話は聞きたくない。

「彼女できたのは知ってたけど、でも、うっ、彼女妊娠して…、ってことは、童貞卒業っ…うぅっ」
「泣かないでくれるかな」

泣く理由がしょーもない。そんな理由で好きな子に泣かれる僕の気持ちも知って欲しい。

「…まって、それ誰の話?まさか、阿散井とか言わないよね?」

この僕があの阿散井に負けていたと思うと異様に腹が立って、横島の肩を力強く掴んで揺さぶった。おかげで目にたまった涙が零れ、不覚にも美しいなと思ってしまう。

「あんな馬鹿好きなわけないじゃん…」
「…よかった」
「一護だよ」
「はあ!?」

住む世界の違う、ってそういう意味かよ。いや、でも、よかった。あっちは人間で相手がいるんだ、さすがに諦めるだろう。

「早いうちに襲っとけばよかった…」
「残念でした」
「ほんと残念。顔とか全部めちゃくちゃ好みだったのにさ」
「…諦めて次を見つければ」
「…そうだね。よし、ちょっと慰めてもらってくる」

もう気持ちを切り替えたのか、横島は元気よくそう宣言して立ち上がった。嫌な予感しかしないからもう一度横島の腕を掴んで座らせた。

「どこ行くのさ」
「…一護のことを忘れるために、とりあえず一角さんにめちゃくちゃにしてもらおうかと、」
「何それ。誰でもいいの?」
「誰でもはよくないけど…一角さん後腐れなさそうだし…一回くらい馬鹿な私で遊んでくれそうだし…」
「一角のこと甘く見てると怒られるよ」

一角ならきっと、自分を大事にしろとか言うだろう。失恋したから抱いてとか、そんなこと言う女は抱かないだろう。

「じゃあ誰ならいいの」
「…僕、とか」
「…弓親、私みたいな女でも抱く気になるの…?」

横島は心底驚いたような顔をした。

「なるよ。だからさ、他の男なんて見るのやめて、僕にしなよ。大事にするから」
「…つ、付き合う、ってこと?」
「そうだよ」
「…弓親みたいな美形は、私なんか女だとも思ってないかと思ってた」
「どう見ても女の子だろ」

横島はしばらく考えたあと、しおらしく正座をして僕と向き合った。

「いっぱい下品な失言しましたが、こんな私でよければ可愛がってやってください」
「黒崎のことはもういいの?」
「…弓親が、忘れさせてくれるんでしょう?」

それが当たり前であるかのように、そう言われた。それならもう、その通りにするしかないじゃないか。

「もちろん。僕のことしか見えないようにしてあげるよ」
「…弓親、そんな男らしい顔できたんだ」
「当たり前だろ、男なんだから」

思わず舌なめずりをすると、横島は恥ずかしそうに目をそらした。

「ちゃんと僕の方見なよ」

目をそらされたくなくて、横島の両頬に手を添え、視線を交える。柄にもなく恥ずかしがる横島を見ていたくて、目も瞑らずに唇を寄せた。生憎、横島は目を瞑ってしまったけど。
柔らかい唇をあまがみしたり舐めたりしていると、軽く膝を叩かれた。嫌だったのかと思って離れてみれば、手で顔を覆い隠された。

「むり、もう、恥ずかしくて、」
「隠さないでよ」
「むり!」
「好きな男の童貞奪おうとしてた女が今さら何を恥ずかしがることがあるのさ」
「そ、それは結局失敗だったから、私もう何年もこういうことしてないし、久しぶりすぎて、ほんと、恥ずかしい…」

久しぶりってことは、やっぱり男が居たこともあるんだろうなぁ。見知らぬ誰かに嫉妬するのも馬鹿馬鹿しい。それも含めて全部、僕との思い出に塗り替えてやればいいだけの話だ。

「悪いけど、逃がすつもりは無いよ」

僕だって君に手を出さないように我慢してきたんだ。まだおあずけなんて、そんな酷なことは言わないでほしい。
少し乱暴だけど押し倒せば、顔を隠していた手がどけられて真っ赤な顔が現れた。

「かわいい。林檎みたい」

横島の手に指を絡ませて握り、唇を合わせた。ぎゅっと手を握ってくるのが可愛くて、僕もそれに応えて深く深く口付けた。