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私のクラスに転校生がやってきた。朽木ルキアっていうキラキラネームな女の子で、なんだか変わった女の子だった。その子がやって来てからだった。私にも、幽霊が見えるようになったのは。
私だけでなく、クラスメイトの数人も同じく何か見えているようで、不思議と安心感はあった。見えているその数人というのも、黒崎くんの友人のみだった。私もその内の一人だから見えるようになったのだと思うけど、その中でもなぜか黒崎くんは、石田くんチャドくん織姫とだけ、特別仲良くなっていた。たぶん、見えている人の中でも何か違いがあったのだろう。私に何が足りないのか解らないけど、寂しかった。
「こんにちは、黒崎くん」
夏休みに入って、私は黒崎くんの家に遊びに行った。呼び鈴を鳴らすと妹の夏梨ちゃんが出てくれて、快く黒崎くんの部屋に案内してくれた。黒崎くんの家にあがるのは初めてだった。
突然押し掛けて迷惑に思われるかもしれないけど、私の気持ちは止められなかった。正直、毎日織姫に嫉妬していた。それだけでなく、ただの友達の石田くんやチャドくんにも嫉妬していた。私も三人と同じくらい、いやそれ以上、黒崎くんと仲良くなりたかった。
「えっと、横島…どした?家まで来て」
今日の黒崎くんは顔が緩かったし、いつもと雰囲気が違った。黒崎くんはたまに、雰囲気の違う時があって、なんだかふにゃふにゃしていて、中身が別人のように感じる時があった。今日もまた、その黒崎くんがおかしな日だった。
「夏休みの宿題、教えてもらおうと思って」
「俺より賢いやついっぱい居んだろ?なんで俺なんだよ」
「…黒崎くんが、良かったから。…迷惑だったかな」
素直に答えて見れば、恥ずかしくて顔が熱くなった。
「や……別に、その、俺も暇だったし」
意外にも、黒崎くんも頬を染めていた。わずかな沈黙に、自分の鼓動と外のセミの声がやけに大きく聞こえた。
それから、ローテーブルに課題の問題集を広げて、課題の消化にとりかかった。あんなにやりたくなかった課題なのに、黒崎くんと一緒に居られる口実ができて嬉しかった。
しばらく問題を解いていたのだけれど、黒崎くんの手が全然動いていないことに気が付いた。ちらりと黒崎くんの顔を見てみれば、黒崎くんも私を見ていたようで、バッチリと目が合った。黒崎くんが、ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえた。
「……横島」
掠れた声にドキリとする。クーラーがきいているから部屋は涼しいのに、汗がにじむのを感じた。真っ直ぐに私を見つめたまま、ゆっくりと顔を近付けてきた。
「お兄ちゃーん!麦茶いれたよー!」
ガチャ、とノックも無しに妹の遊子ちゃんが部屋に入ってきた。二人してビックリしながら勢いよく遊子ちゃんの方を向いたけど、ニコニコしていたから距離感はバレなかったみたいでホッとした。
「ノックしろって言ってんだろ!」
「えー?いいじゃん別に。お兄ちゃん冷たいなー」
遊子ちゃんは頬を膨らませながらグラスを机の上に置いた。
「ありがとうね、遊子ちゃん。いただきます」
「うん!ゆっくりしてってね!」
「ん、ありがと。今から勉強集中してやるから、次入るときは先に声かけてね」
「あ、はい!ごめんなさい!」
「いいよ。それじゃ、また後でね」
「はーい!」
頭を撫でてあげると、にこにこしながら部屋を出ていった。可愛いなぁと思っていたら、服の袖をくいっと引っ張られた。振り向いてみれば、すぐ目の前に黒崎くんの顔があって、驚いている間に唇に柔らかい感触があった。それもすぐ離れたかと思いきや、二度、三度と唇を合わせられ、私が体をのけぞらせてやっと止んだ。
「く、黒崎、くん?」
にやりと笑ったその顔は、たまに見る不敵な笑みって感じでもなくて、困る私の様子を楽しむような、悪ガキみたいな笑顔だった。
「…ほんとに、黒崎くん?」
「それ以外、何に見える?」
黒崎くんにしか見えないよ。近くにいて解る匂いだって、私の知ってる黒崎くんだ。それなのに、雰囲気とか、表情とか、仕草とか、そのあたりが全部、私の知ってる黒崎くんじゃなかった。
「ほんとの黒崎くん、どこ行ったの?」
「だから、俺が黒崎だって」
「嘘。夏休み入ってから織姫が居ないのと、関係あるの?」
関係無いと言って欲しかった。でも、黒崎くんはハッとした。そうか、本物の黒崎くんは、織姫と一緒に居るのか。
「…なんで、織姫なの?私だって、私の方が、ずっと前から黒崎くんのこと好きなのに、なんで私は一緒に居られないの」
偽物の黒崎くんにこんなこと言ったって仕方がないのは解ってる。それでも、抑えることができなかった。悔しくて、涙で視界が歪んできた。
「泣くなよ…」
黒崎くんは頬を伝う涙を指で拭ってくれた。これが本当に本物の黒崎くんだったらどんなに良かったか。本物は織姫と居ると考えるだけで、涙が止まらなかった。
「ねぇ、本物の黒崎くんはどこ?」
聞けば、ぎゅっと体を抱きしめられた。そんなことでごまかせるわけないけど、黒崎くんの匂いがいっぱいで、胸が苦しくなった。
「しばらく戻って来ねぇよ」
「…やっぱ偽物なんだ?偽物なのに、なんで黒崎くんと同じ見た目してるの?双子?」
「いや、まぁ…体は一護そのものだし」
「……ん?」
何そのファンタジーなお話は。中身だけ別人だとでも言うのか。
「黒崎くん、悪霊にとり憑かれでもしてるの?」
「悪霊じゃねーよ!一護の奴、野暮用で出掛けてるから俺が代わりに体に入ってんだ」
「…霊体で出掛けるってどんな用事なの」
以前の私なら絶対に信じなかっただろうが、今なら黒崎くんの言うことを信じられる。幽霊が見えるようになってから、何が起こっても受け入れられるようになってしまった。
「…貴方は、誰なの?」
「さぁ?一護じゃないことは確かだな」
「…普通に暮らしてるってことは、ほんとに黒崎くんの代わりなんでしょ?それなのに…勝手に、黒崎くんの体でキスしてよかったの?」
黒崎くんから体を離して顔を見てみれば、一瞬だけ眉間にシワを寄せていて、いつもの黒崎くんみたいでドキッとした。
「良くはねぇけど……横島さんが黙っててくれるならいいんじゃね?」
へへっ、と笑う黒崎くんからは下心がにじみ出ていて引いたけど、今の話が本当なら、この体は黒崎くんのものなんだ。だったら、中身が違っても、私がキスしたのは黒崎くんだ。
「黙っててあげるって言ったら、貴方も黒崎くんに黙っててくれるんだよね?」
悪いことをしている自覚はあった。だから、声が震えた。大好きな黒崎くんの体に、イタズラするようなものだ。
「もちろん」
黒崎くんだなんて思えないくらい妖艶に笑って、優しく私に口付けた。罪悪感に潰されそうだったけど、黒崎くんの知らない表情を見られるのは、幸せだった。
夏休みは長いようで短かった。毎日とは言わないけど黒崎家に足を運んではキスをして、甘やかされていた。
連日訪ねるのは黒崎家の家族に怪しまれそうだったから、黒崎くんを私の家にも呼んだ。私は一人暮らしで、黒崎家のように家族の邪魔が入るような環境では無かった。だからなのか、私も黒崎くんも、触れあうのを唇だけではやめられなかった。気が付いたら、黒崎くんに抱かれていた。
「う、あっ…」
「はっ…横島さん、名前何だっけ」
「優、だよ…」
今さらそんなことを聞くのかとも思ったけど、教えれば何度も何度も名前を呼んでくれた。黒崎くんから名字しか呼ばれたことが無かったから、新鮮で、興奮した。私も一護と何度も呼んでしまったけど、事が終わってからこの人は黒崎でも一護でも無いことに気が付いた。抱いている子から別の男の名前を呼ばれるなんて、どんな気持ちだっただろうか。
「…ねぇ、名前は?黒崎一護じゃないんでしょ?」
「コン」
「…可愛い名前。狐の妖怪か何かみたい」
「妖怪扱いすんな」
人の体で人のクラスメイトを襲うなんて、悪い妖怪しかしないだろう。私が好きなのは黒崎くんであってコンじゃない。見た目が好きなだけであってコンのことは、何も知らない。そんな知らない人なのに、どうしてこうも、一緒にいて落ち着くんだろうか。
「…こんなことしといてなんだけど、その体で他の女の子抱いたりしないでよ」
「んだよ、嫉妬か?」
「黒崎くんの体、他の女の子に見て欲しくない」
「…あ、そう」
コンは拗ねたように唇を尖らせた。その黒崎くんに嫉妬するような素振りが可愛くて、尖った唇に口付けた。コンは驚いたあと、にやりと笑ってもう一回しようぜなんて言ってきたけど、初めての腰の痛さに心が折れかけていたから拒否させてもらった。
それから、私たちは会うたびに事に及んでいた。妹の居る黒崎家では都合が悪かったため、たびたびコンが家に訪ねてきた。ほぼ毎日黒崎くんの顔が見れて、いちゃいちゃできて、幸せだった。罪悪感なんて、忘れそうになっていた。
「ねぇ、黒崎くん、いつ帰ってくるの?」
「んー…そろそろかもな」
「…そしたら、こんなことできなくなるね」
「一護の奴とすりゃあいいだろ」
「無理だよ、最近黒崎くん、遠かったもん。何か、ずっと隠し事してるみたいだったし…」
黒崎くんのことは何年も大好きだったのに、もう叶わない気がしていた。織姫みたいに可愛い子に勝てる気もしないし、しかもこの夏休みずっと一緒に居ると言うのなら二人の仲も近くなったことだろう。そんな子に、勝てっこない。
「…ごめんね、夏休みずっと、私のわがままに付き合ってもらっちゃって。楽しかったよ」
「俺も。毎日ありがとな」
ちゅ、と音をたててキスされた。そうか、私たちお互い寂しさを埋めあっていたのか。
「まぁあと何日あるかわかんねーけど、仲良くしよーぜ」
「どーすんの、私がコンのこと忘れられなくて泣き出したら」
「…そしたら、記憶消してやるよ」
「どうやって?」
「魔法で」
にっこり笑いながら腕をシーツに縫い付けられ、深く口づけをされた。きっとコンには私の記憶を消す術だってあるのだろう。だけど、そんなことはしてほしくない。忘れられなくて辛かったら、記憶なんか消さずに会いに来て欲しい。見た目は黒崎くんの姿じゃなくたって、構わないから。
次の日も、その次の日も、コンは会いに来てくれた。いつ終わるか解らないこの関係を惜しむかのように、優しく丁寧に抱いてくれた。気持ち良すぎて、嬉しすぎて、コンの前で泣きそうになった。でも泣いたら記憶ごと消されそうで、我慢した。
その翌日から、家には誰も訪ねて来なくなった。一日くらい空くことは今までだってあったから、と思ったのに、二日、三日と時が過ぎても来なくて、寂しくなって一人で泣いた。
私は意を決して、黒崎家に行ってみた。震える手で、呼び鈴を鳴らした。きっといつもみたいに夏梨ちゃんが出迎えてくれて、黒崎くんの部屋に案内してくれる。深呼吸をして待っていたら、扉を開けて現れたのは夏梨ちゃんでも遊子ちゃんでもなく、黒崎くんだった。
「横島…どーした?」
目の前の黒崎くんは、いつもの眉間にシワを寄せた、落ち着いた雰囲気の黒崎くんそのものだった。
「…黒崎くんだ」
「当たり前だろ、俺ん家なんだから」
もうコンは居ないんだと思ったら、悲しくなってしまった。目の前に大好きな黒崎くんがいるというのに。
「上がってくか?」
「…いい。久しぶりに、黒崎くんの顔見たかっただけだから。…おかえりなさい」
「お…おう、ただいま?」
大好きな黒崎くんが、帰ってきたんだ。体も心も、私の大好きな、黒崎くんだ。
「私、ずっと前から黒崎くんのこと好きだったよ」
「ん!?」
「…夏休み明けてもさ、仲良くしてね。…友達として」
「お…う」
黒崎くんの顔は赤かった。けど、確実に困っていた。そうだろう、黒崎くんは、私のことを好きではない。本当に、ただの女友達だったんだから。
「それじゃ、またね」
「あぁ…あの、ありがとな」
「こちらこそ、ありがとう」
私は黒崎くんのことが大好きだった。そこに偽りは無い。だけど私はどう頑張っても黒崎くんに近付けなかったし、好きになってもらえなかった。だからせめて、私が黒崎くんを好きだった気持ちだけは、黒崎くんに伝えておきたかった。黒崎くんが、織姫のものになる前に。
帰り道、家まで我慢できなくて泣けてきた。黒崎くんを諦めたことも、コンに会えなくなったことも、悲しかった。失恋の悲しみなんか味わいたくなかったけど、この恋を忘れたくはなかった。黒崎くんを好きだったことも、コンに優しくされたことも、私の大事な思い出だった。
「優ちゃん、どうしたの?」
泣きながら歩いていたら、声をかけられた。遊子ちゃんは心配そうに私を見上げていた。
「…ごめん、恥ずかしいとこ見せちゃったね」
「何かあったの?」
「うん…ちょっとね、寂しくて」
「うち遊びに来る?」
行ける訳がない。私は首を横に振った。
「だったら、ボスタフ貸してあげる!ボスタフぎゅうってすると、元気出るんだよ!」
遊子ちゃんは腕に抱いていたライオンのぬいぐるみを私につき出した。こんな子に心配をかけてしまうのも申し訳なくて、そのボスタフを受け取って、ぎゅっと抱き締めてみた。
「元気出せよ」
至近距離から、小声でそんな台詞が聞こえた。不思議に思ってボスタフをまじまじと見つめると、ウインクをされた。
「…遊子ちゃん、ボスタフって喋る?」
「んーん。喋んないよ」
「…そうだよね。でも、元気出せって言われた気がするから、元気出すね」
幻聴かもしれないけど、確かにコンの声だった。嬉しくて、ボスタフの口に軽くキスをした。
「わ……ぼ、ボスタフ女の子だよ!」
「そうなの?ごめんごめん」
私の行動で、遊子ちゃんを照れさせてしまった。ボスタフも返したけど、私はもう悲しくなんかなくなっていた。
「またそのうち、遊びに行くね」
「うん!待ってるね!」
ばいばいと手を振りあって、自宅へと向かった。
コンとはきっとまた会える。そのうちまた黒崎くんの体に入って、黒崎くんの振りをして登校する日が来るのだろう。でもそのときは、もう友達だと思って接することしかできないんだろう。そこだけは少し悲しいけど、仕方の無いことだった。
妖怪に化かされた、ひと夏の思い出として、この恋はしまいこんでおこう。私はもう、黒崎くんの体に触れられないのだから。
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