クソモブ卒業

「爆豪」

高校入学後、何故か物怖じしない女子がいた。クラスのモブ女子どもはおどかしてもビビらねぇし、用事があれば普通に話しかけてきやがる。何なんだアイツら。

「おい、爆豪ってば」
「あ"?」

そのモブ女子のなかでも、特に話しかけてきやがるクソモブがいた。

「私昨日の晩御飯カレーだったんだけどさ、さっきお昼そのこと忘れてカレー頼んじゃって。よく考えたら今朝も昨日の残りのカレー食べたこと思い出して。三食連続でカレー食べちゃったんだよね」
「…あ"?それが俺とどう関係あんだよ」
「関係ないけど。暇だから話しかけただけ」

用事もねぇのにくそつまんねぇ話を聞かせてきやがるこの女子は、入学当初からずっとこの調子だ。つまんねぇ話で俺の時間を奪うなと何度言おうが無視だった。

「てめぇ、いい加減にしろよ?なんで俺がてめぇの下らん話に付き合わされなきゃならねぇんだ?」
「だって爆豪呼んだら返事してくれるから。話聞いてくれるのかと」

おまけに俺がどんなに睨んで見下しても、普通の顔して俺を見上げてきやがる。それが余計に俺を苛立たせ、腹の奥がむかむかする。

「必要最低限しか話しかけてくんじゃねぇ!」
「今まで通りでいいってことね?」
「今まで不必要なほどくだらねぇこと話してきやがっただろうが!」
「や、必要だよ、くだらないことでも話さなきゃ爆豪と話すこと無いし」
「だったら黙ってろや」
「やだ、つまんない」
「てめぇの話のがつまんねぇわ」

嫌みたっぷりで言ってやれば、さすがにへこんだのか、眉尻を下げた。そうだ、それでいい。無駄に話しかけてきやがるな。

「じゃあ、つまんなくない話していい?」
「俺が椅子から転げ落ちるくらいおもしれぇ話だったら許してやる」
「うん、椅子から転げ落ちると思う」
「何だよ?」

クソモブ女は、通学バッグから一つの封筒を取り出した。薄桃色のそれは、俺でも解る、女子が用意した手紙だった。

「これ、爆豪宛のラブレター」

まさかそんなものがつまんねぇクソモブ女の荷物から出てくるとは思わなくて、さすがに驚いた。だが動揺したと思われたくもなくて、眉間にシワを寄せてみたが、俺の中を流れる血が、沸き上がりそうな程に熱くなっていくような気がした。感じたことの無い感覚だった。

「普通科の可愛い女の子が、爆豪くんに渡してくださいって今朝お願いしてきたの」

俺はその封筒を受け取る気で手を伸ばしたが、その言葉を聞いて手が止まった。こいつが書いたんじゃねぇのか。そう思っただけで、その封筒がゴミ同然に思えたし、沸き上がった血が一気に冷めていく気がした。それと同時に、残念がっているかのような自分の気持ちに苛立って、頭に血がのぼった。

「ちょっとギャルっぽい子だったけど、ほんとにかわいかったよ。照れてて、純粋そうだった」

やっぱりこいつの話はくそつまらねぇ。聞く耳を持つんじゃなかった。延ばした手でそのまま封筒を奪い取り、爆発させて消し炭にしてやった。クソモブ女は、風にのって流れていく真っ黒な灰を目で追った。

「えっ、なんで?一回普通に受け取ろうとしたのに」
「なんでだぁ?聞かなきゃわかんねーのかこの鳥頭が!てめぇが書いたモンだと思ったからに決まってんだろうが!!」

苛立った勢いで口にした言葉は、俺自身を驚かせた。なんで俺は、このクソモブ女が書いた手紙なら受け取る気だった?なんでこいつからの手紙じゃなくて興醒めした?

「…爆豪、私からのラブレターだったら受け取ってくれたの」

クソモブ女も驚いていて、気が抜けるような疑問をぶつけてきた。

「だから、」

話の流れ的に受け取るに決まってんだろうが。そう怒鳴ってやりたかったが、ここは教室で、クラスの奴らも俺らのやりとりを見ていた。俺が動揺するところを、見られていた。

「てめぇら!見せモンじゃねぇぞ!!」
「何だよ!お前らが勝手に青春し始めたんだろ!」
「何が青春だ頭沸いてんのかアホ面ぁ!!」
「頭沸いてんのはお前だろ!教室で女子に恥かかせんなよ!」

何のことだとクソモブ女を見てみれば、軽く頬を染めて俺を見上げていた。

「ご、ごめん爆豪、わ、私は大丈夫。びっくりしただけ」

今までそんな顔したことねぇくせに。何が起きても動じないようなこの女が、まさに女の顔になっていた。

「何照れてんだてめぇ」
「え、それ言わせる…?その、私のこと、ちゃんと女子として見てたのかぁって思ったから、ですけど…」
「は?どう見ても女だろうが」
「や、そういうことじゃなくてさ」

照れて動揺しているその顔が新鮮で、クソモブなのに興味が沸いた。

「…こういうときだけ真っ直ぐこっち見ないでよ!!」
「文句ばっかうるせぇぞ」
「だって爆豪、いつも私の話まともにこっち見ずに聞き流すのに!」
「誰が真面目にあんなつまんねぇ話聞くかよ」
「だったら…」

クソモブは言い淀んで、更に顔を赤くさせた。

「今の、爆豪のせいでくっそ照れてる私は、つまんなくないからちゃんと会話してくれるんだ?」

いつもの、昨晩の飯の話やら朝見かけた野良猫の話やら寝る前のバラエティ番組の話なんかはまじでつまんねぇ。でも今のこの状態の横島は、クソモブの枠に納めておけないくらいには、つまらなくなかった。

「そうだな。いつもその顔で話しかけてこい」
「…爆豪、そんなに私と喋りたいんだ?」
「あ?…用事がある時はって前提に決まってんだろ!」

俺がこいつと喋りたいだとか、そんなわけねぇだろ。今までだって時間の無駄としか思えない話を無駄に聞かされるだけだったんだから。

「でも、用事が無くてもちゃんと話聞いてくれるから爆豪意外と優しいよね」
「意外じゃねぇだろ、俺は優しいわ」
「はいはい」
「てめぇ」

くすくすと笑う横島を見ていたら怒る気力も失せて、舌打ち一つで勘弁してやった。

「…ねぇ爆豪、さっきの、もし私が書いたやつだったら、どうしてた?」

次の座学の準備でもしようかと思ったら、まだ話しかけてきやがった。見れば割りと真剣な顔をしていて、その顔も嫌いじゃなかった。

「音読させた」
「鬼か!」
「この俺に読む手間与えさせんじゃねぇ、手短に済ませろ」
「…わかった。放課後、手短に大事なお話があるから帰り道で三十秒程お時間頂きます」

真っ赤な顔でそう言われ、話の流れで何を言われるかは見当がついた。今ここで先に返事をしてやることもできなくはないが、帰りにまたこの顔を見られるのかと思うとそれも悪くない。

「つまんねぇ話だったら殺すからな」
「…面白い話だったらどうする?」

どうしてやろうか。一つしか思い浮かばなかったから、横島の頭を鷲づかみにして思い切り近付いて、耳もとで囁いた。

「ご褒美にキスでもしてやるよ」

横島は目を見開いて、耳まで真っ赤に染めていた。

「おい上鳴!爆豪が横島に淫語を囁いてたぞ!!」
「まじかよ爆豪!あの横島が照れるほど卑猥なこと言ったんか!?」
「うるせぇな、てめぇらにはまだ早ぇわ黙ってろ」

横島の顔色のせいでモブ共がうるさかったが、うるさくすればするほど横島が照れていて愉快だった。

「楽しみにしてるから面白い話聞かせろよ?」
「爆豪のそのいじめっ子の顔腹立つ…!」
「爆豪くん、女の子いじめちゃあかんよ」
「あ?関係ねぇだろ引っ込んでろ」

どいつもこいつも俺が楽しんでるときだけ横島との会話邪魔してきやがって。
めんどくさすぎて、横島をいじるのもやめてやった。どうせ帰りにはまた横島が話しかけてくる。それまでは大人しくしててやるか。