抑えきれない

「優〜〜、好き、大好き、超好き」

朝からクラスメイトの様子がおかしかった。いつも名字で呼んでくる男が、登校して私を見るなり名前を呼んで笑顔で駆け寄ってきて、抱きついてきた。それにはさすがにクラスメイトもびっくりで、驚いている間に愛の言葉を大量に浴びせられて混乱した。

「ねぇ、いい加減うるさいんだけど」
「優俺のこと嫌いかよ」
「そーそー」
「えっ」

授業中も上鳴からの視線を浴びるし、休憩のたびに近寄ってきて甘えた声を出してきた。どうしたのかと聞いてみれば、朝登校中に知らない子とぶつかって、それから胸がドキドキしてきて私への愛が止まらなくなったらしい。どう聞いてもそのぶつかった子の個性にかかっていたし、相澤先生の個性を試しに使ったら真顔になって固まったから、確実に個性のせいだった。落ち着きが無いからそうやって人とぶつかって馬鹿みたいに個性なんかかけられてしまうんだ。

「嫌われるのはショックなんだけど」

上鳴は、席に座ったままの私を見下ろしたまま、目を潤ませていた。腕まで掴んでくるから逃げられないし、もう下校時刻だからそろそろかけられた個性も解けてくれ。

「あんたたちいつまでそれやってんの」
「知らないよ、私もそろそろ解放されたい」
「ほっといて帰れば?明日には治るでしょ」
「そうしようかな」
「は?待てって、帰るなよ」
「もー」

響香ちゃんに呆れられても、上鳴は私にすがってくる。最初はドキッともしたけれど、一日中これだと私も皆も慣れてきて、相手にしなくなってきた。

「俺は、ほんとに優が好きなんだって」
「嘘。相澤先生の個性でさっき真顔になったじゃん。あんたのそれただ何かの個性にかかってるだけだから」
「何かって何だよ?俺のこの気持ちが偽物なわけねぇだろ」
「知らないけど。人になついちゃう個性とかじゃない?」
「何だよそれ、適当すぎんだろ」

響香ちゃんやヤオモモたちが「先帰るねー」と帰っていく。私も一緒に帰りたかったのに。ぽつぽつと人数が減っていく。

「なぁ、そんな嫌そうな顔すんなよ。ほんとに俺のこと嫌いになった?」
「うん、って言ったら泣く?」
「…うん」

上鳴はほんとに涙を溢しそうになる。個性にかかってるだけだとしてとさすがに冷たすぎたかなと罪悪感が沸いてきて、つい上鳴の頭を撫でた。

「泣かないでよ、嫌いじゃないから」
「…意地悪だな。でも結局優しくしてくれるから、優のそういう優しいとこ好き」
「いつまでそんな好き好き言ってられるかな。もう放課後だし、すごい敵にぶつかった訳じゃなければそろそろ個性も解けるんじゃない?」
「だから、個性のせいじゃないって、」
「はいはい。もう今日一緒に帰ってあげるから、家着いたら今日は早く寝なよ」

掴まれている腕を無理やり動かし、バッグに荷物を詰め込んだ。

「何嬉しそうにしてんの」
「優と一緒に帰れんの嬉しい。二人で帰るの初めてだよな」

心の底から喜んでいるかのように、頬を染めてそんなことを言ってきた。おかげでなんだか私まで恥ずかしくなってきて顔を背ければ、こっちを見ていた緑谷くんと目があった。やばい、照れてるとこ見られた。

「…じゃあね、緑谷くん」
「うっ、うん!また!明日!」

気まずかったから挨拶してみれば、緑谷くんまで顔を赤らめてしまった。そうだよな、やっぱ端から見てて照れるくらい上鳴おかしいよな。

「緑谷に向かってそんな可愛い顔見せんなって」
「はぁ?普通の顔だわ」
「そりゃ優は普通にしてても可愛いけど、そうじゃなくて!」
「帰ろ」
「待てって!俺も帰る!」

上鳴のペースにのまれる訳にはいかない。教室を出れば上鳴は追い掛けてきて、隣に並んだ。帰宅中に個性が解けて上鳴が冷静になったらどうなるんだろう。少しでも浮かれたら痛い目見そうだから、こんな異常な上鳴に振り回されるわけにはいかない。

「なぁなぁ、手繋ごうぜ」
「カバンで手塞がってるから」
「じゃあそれ俺が持つからさ」
「自分の物くらい自分で持つ」
「優のそういう責任感あるとこ好き」

くそう、何でもかんでも好き好き言いやがって。

「俺さ、優の顔も性格も個性も好きだし、たまに意地悪なとこもかわいくて好きだし、さっきみたいにちょっと照れた顔とかもめちゃくちゃ好き」
「はいはい」
「すっげぇ好きだから、こうやって喋るだけでも嬉しいし、隣に居られて嬉しいし、二人で一緒に帰ってくれんのもめちゃくちゃ嬉しい」
「よかったね」

聞きたくない。どうせ明日には治っていて、昨日はごめん!とか言われるのが落ちだ。ちやほやされるのは嬉しいけど、本心じゃ無いのが解っているから、受け入れられない。

「でも、何言っても信じてもらえないのは、寂しいな」

やめろ、そんな顔するな。本心じゃ無いくせいに、寂しいとか言うな。傷付いたような顔を、私に見せるな。

「たしかに俺普段から色んな子に声かけたりしてるけどさ、別に純粋に遊んでるだけで不純異性交遊とかしてないじゃん。優にしかこんなこと言わねぇのに、なんでそんなダメなんだ?」
「…個性のせいだよ。上鳴の今日の感情なんか全部嘘だし、私のこと好きだと勘違いしてるだけだから。だから、そんな目で見ないで」

傷付けてごめんね。でもその傷だってどうせ明日には塞がるよ。私のことなんか、ほんとは好きじゃないんだから。

「俺は、最初から優のことそういう目で見てるし、優のことしかそういう目で見てねぇよ」
「だったら他の女の子に声かけるのおかしいじゃん馬鹿じゃないの!?」
「優が振り向いてくれないから気を引きたかったんだって!」

怒っちゃダメだ。怒っても無駄だ。今の上鳴は異常なんだから。本気なんかじゃ、ないんだから。

「やっぱり一人で帰るからついてこないで」

本当だったら良いのに、と少しでも考えてしまう自分が嫌だ。上鳴が私のことなんか好きなわけないのに。

「なんでだよ、なんで、何しても本気にしてくれねーの?遠回しに気を引こうと思っても引けねぇし、直球で好きだって言ってもあしらうし、ほんとに、ほんとは俺のこと嫌いなんじゃねーの?普通さ、嫌いじゃなかったら、ありがとうとかごめんとか、友達でいようとか、何か言うことあんだろ。何だよ、今日のお前、うるさいとかうざいとかどうでもいいとか知らないとか、何も相手にしねぇじゃん」

上鳴がすごい勢いで喋るから立ち止まってしまう。振り向けば、上鳴は泣いていた。個性にかかっていたとはいえ、上鳴を泣かせてしまった。

「くそ、かっこつかねーな…俺まじで、お前のこと好きなんだって。信じてもらえねぇのが、1番きつい」

私だって、上鳴のこと信じたい。でも今は、どう考えても信じられないし、上鳴に手を伸ばせない。このまま離れたら二度と埋まらない溝でもできてしまいそうな緊張感があるのに、上鳴に踏み出す勇気が出ない。

「…まだ、俺が個性にかかってるからこんなこと言ってると思ってんの?」
「だって、実際そうでしょ」
「さすがにもう冷静だし、自分の意思で喋ってるって」
「そう思ってるだけでしょ」
「それすら信じてくれねぇのかよ」

上鳴は袖で乱暴に涙を脱ぐって私に歩み寄ってきた。

「たぶんだけど、感情とか思ってることが全部表に出てくる個性かけられてたんだと思う。だからアホみてぇに人前で散々好きとか言っちまったし、涙だって出やすくなってたんだと思う。大分収まったけど、今もまだ好きだし、まだ冷たくされたら泣きそう」
「…嘘」
「だから、嘘じゃねえって、…ってまた泣けてきた、くそ、泣くほど好きだってわかんねぇのかよ」

たしかに、人になついちゃう個性だとかそのへんだとしたら、怒って泣いて感情ぶつけてくるのは、少し違う。上鳴が言うことの方が、説得力がある。

「俺は横島を一目見たときから可愛いと思ってたし、席隣になった時は嬉しかったし、アホ面扱いされんの惨めだったけど笑ってくれる笑顔めちゃくちゃ好きだったから許せたし、何言われても、好きなんだよ」
「…疑って、ごめん。泣かせてごめん。でもやっぱ、わかんない」
「横島…」
「呼び方も戻ってるしいつもの調子に戻ってきてるのもわかったけど、でも、そこまで言うなら、せめて明日、もう一回言って欲しい。そしたら、本気にする。明日言ってくれなかったら、怒るし、泣くから」
「絶対言う!1日時間かけるだけで信じてくれるなら待つ!」

待つとか言いながら満面の笑みで抱きついてきた。でも上鳴はすぐに離れて「わっ、ごめん!」と慌てて頬を染めた。朝抱きついてきた時とは反応が違うし、もう既に上鳴の言うことを信じてもいいような気がしてきた。

「俺、期待してるから。明日俺が好きだって言ったら横島も俺のこと好きだって言ってくれるって、信じてるから」
「…そうなると良いね」
「そんな心配そうにしなくても、今まで横島のこと好きだったんだから明日からも好きに決まってんだろ!」

上鳴は私の頭を乱雑に撫でてきた。手つきにいつもの雑さがにじみ出ていて、少し安心した。

「とりあえず、今日は一緒に帰るっつーか、家まで送ってくから」
「送り狼でもするの?」
「しねーよ。明日からはするかもしれねぇけど」
「…明日からも私のこと好きでいたら、してもいいよ」
「は!?何それ誘ってる!?」

本当に私のことが好きだと言うなら、構わない。私だって本当は、上鳴のこと好きだから。

「誘ってるかどうかは明日教えてあげるよ」
「小悪魔だな!そこまで言っといて明日俺の告白断ったら泣くからな!!」
「もう泣いたじゃん」
「今度は正気の俺が泣くから!!」

上鳴の涙なんか二度と見たくないし、本当に好きだと言ってくれたら、私ももっと素直になろう。

「楽しみにしてるね」
「俺か泣くのをか!?」
「ばーか」

本当に好きなら今日の言動は全部上鳴の本心ということだし、一生かけて上鳴のこと幸せにしてやろう。