ガラスの向こう


「ザエルアポロ・グランツ……」

目の前の物体には、そう書かれたプレートが取り付けられていた。大きな水槽に入れられている人型のそれは、涅隊長が虚圏から回収した破面の、しかも十刃の死体だ。手のひらと心臓の位置には刀傷があり、これが致命傷だということが解る。

「お前最近そればっか見てるな」

ふいに声をかけられ振り向けば、呆れるように話しかけてくる阿近さん。

「だって、美しいじゃないですか」

無理やり開けない限りは二度と開かれることの無い目蓋。細くて柔らかそうな桃色の髪の毛。全く日焼けのしていないきめ細かい皮膚。全てが美しく、私の目には眩しかった。

「こればっかりは、涅隊長がこの人を殺したことが恨めしいです」
「殺らなきゃ殺られてたんだからしゃーねぇだろ。それに、殺らなきゃ持って帰って来れねえんだからお前はそいつを見れなかったんだぞ」
「ジレンマですねぇ」

一目でいいから、この人が動いている姿が見たかった。戦っている姿が見たかった。喋っている声を聞きたかった。仕草も言葉遣いも、今となっては知ることができないのだ。

「阿近さん、一目惚れってあると思います?」
「死体に一目惚れっつーのは面食いにも程があるな」
「だってこの人、私の好みにど真ん中ですもん」

これなら私も虚圏へ行ってこの人に会いたかった。会って話をしたかった。例え殺されることになっても、この人の生きている姿を知りたかった。

「ソウルキャンディー使ったら、怒られますかね?」
「性格が本人と違うけどいいのかよ」
「んー……あ、涅隊長ってこの人と戦ったんですよね?だったらそれをインプットしてソウルキャンディーを作って貰えれば、ほぼ本人みたいなもんじゃないですか?」
「隊長はそいつが気に食わなかったらしいから、それは無理だろうな」
「じゃあ阿近さんが作ってください」
「俺は怒られるのはごめんだ」

阿近さんはため息をついた。隊長や阿近さんの技術があればソウルキャンディーくらい作れそうなのに、意地悪だ。私じゃこの人の性格も何も解らない。
隊長が嫌うということは、更木隊長みたいな熱血バカ?
でもこの端正な顔で熱血バカってことは無さそうだし。他に隊長が嫌いそうな性格というと……隊長と同じようないやらしい性格かな。この美しい顔で性格悪いなんて、それはそれで興奮する。

「性格をそのままで、生き返らせる……」
「おい、何考えてんだ」
「現世の映画って面白いんですよ。人間が墓から甦ったり、死体が動き出したりするんです。ゾンビって、魂はどうなってるんですかね」
「横島……」

一度死んでいようが関係ない。生き返ってさえくれれば、私はこの人と関わり合える。この人が私を好いてくれなくても、今のうちに仕掛けさえしておけばこの人を閉じ込めておくことだってできる。籠の中の小鳥のように、生きているこの人を観察することができる。

「きっと私が生き返らせるから、待っててねザエルアポロさん……」

涅隊長が実験で傷物にしてしまう前に、私が復活させてみせるんだから。貴方の瞳に、私を映し出させてみせるんだから。