手中に収める


私は藍染くんに連れられて、虚圏で生活していた。尸魂界にも友達はいたし、お世話になった上司もいる。だけど私が誰よりもお世話になったのが藍染くんで、一緒に来ないかと聞かれたから、はいと答えたまでだ。誰の敵になるかと考えると鬱だったけど、藍染くんが負けるわけがないという確信があったから、此方がわについた。

「ちょっと、こっそり私の後ろに立つのやめてもらえる?」
「…」
「返事しなさい。仕事の邪魔しないで」

手を止めて、液晶から目を離して振り返った。そこには今にも私に注射を刺そうとしていたザエルアポロがいた。

「…いい度胸してるね」
「あぁ、すみません。仕事でお疲れかと思ったので、楽になる薬を投与して差し上げようかと考えたのですが」
「ふぅん?それをこそこそとやる必要があったのかな?楽になるって、具体的には?」
「仕事を忘れて気持ちよくなる薬です」

ザエルアポロはいやらしい笑みを浮かべる。虚圏に来てから、どうやら私はこの男になめられているらしい。ことあるごとに私で人体実験をしようとしてくる。しかも、隙をついてだ。藍染くんに言えばやめさせられるだろうけど、彼の手を煩わせるのは申し訳ない。

「忙しいんだから邪魔しないでくれる?遊んでないで帰って」
「遊んでいるだなんて心外ですね。僕にはこれが仕事なんですよ」
「ああそう、じゃあ他をあたってくれるかな。暇な破面ならいくらでもいるでしょ」
「破面じゃ意味がないんですよ。僕は対死神用の薬品を作っているのだから、破面で試したところで正しい効果は見られない」
「ギンにでも相手してもらえば?あいつのが暇してる」
「貴方がいいんですよ」

ザエルアポロにしては直球で物を言った。その言葉に含まれる真意まではわからないけど。

「理由は?」
「誤って致命的なダメージを与えてしまった場合に、あの男だと救う気になれないので」

私なら意図の通りに殺しかけたとしても助けてくれるというわけか。とても嫌な実験だ。
きっと藍染くんも東仙も、こいつの相手はしたくないだろう。となると、私が協力するしかないのか。それに、藍染くんにそんな危ないものを使ってほしくない。

「私がザエルアポロに協力して、メリットはあるの?」
「どうでしょう。では協力して頂けたら、僕が貴方の命令を素直に聞く、というのはいかがですか?」
「…怪しい」

ザエルアポロに素直という言葉が似合わないのが問題だ。いまいち信用できない。

「私に何かあったら藍染くんに叱ってもらうからね」
「殺すようなことはしませんよ」

不安だったから書き置きで、ザエルアポロの投与実験に付き合うから私に何かあったら奴を殺して、と残しておいた。

「ちゃんと実験室でやって。何かあったらすぐ治せるように」
「付き合っていただけるのですね、ありがとうございます」

うさんくさい笑顔をつくるザエルアポロについていき、実験室までたどり着いた。ザエルアポロの従属官以外の目につかない場所というのはかなり危ない気もするが、いざとなれば藍染くんがザエルアポロを殺してくれると信じたい。

「座ってください」

言われるがままに寝台に座れば、先ほどの注射を取り出したので、大人しく袖を捲って腕を出した。この薬で私がどうなるのか、何時間苦しむのか、先に聞いた方がよかったかな。

「死にそうになったら、ザエルアポロも道連れだからよろしく」
「おぉ怖い」

上っ面の言葉を吐きながら、針を私に刺した。死ぬときはどうやってこいつを殺そうか。

「どうです?」
「そんなすぐに効果が出るの?」
「出ると思いますがね」

ザエルアポロは真っ直ぐに私を見つめて様子を伺ってくる。とても居心地が悪く、いやな汗が流れてくる。なんだか体が熱くなってきた。

「…楽になる薬って、永眠とかそっち方向じゃなかったの?」
「まさか。そんな危ないものを貴方に使うとお思いで?」
「…こっちの方が危ない。あんたの思考が一番危ない」
「震えていますよ、大丈夫ですか?」

そっと手に触れられ体がはねる。こんな奴ごときに、動揺してたまるものか。

「耐えていないで、仕事を忘れて楽になりましょうよ」
「…対死神用とかいいながら、私以外に使えないようなもの作って遊んでる奴は、あとで藍染くんに殺されろ…」
「口が悪いですよ」

手袋をはめたままの指先で、唇をなぞられる。どうせなら手袋を外して、なんて考えてしまうのも薬のせいだ。

「すぐに楽にして差し上げますよ」
「その上から目線、だいきらい」
「きらいなら、拒否していただいても構いませんよ」

会話しながら羽織を脱がされ帯に手をかけられ、やばいと思っていても抵抗する気にはなれなかった。

「…だいきらい」
「ありがとうございます」

唇を塞がれ、ぞくぞくとした刺激が走る。こんな奴相手に、快感なんて感じたくなかった。身体に触れられるたびにどんどん頭が馬鹿になるように、抵抗するという考えすら無くして受け入れてしまっていた。

「藍染様とも、こういうことなさってるんですか?」
「するわけ、ないよ…そういう関係じゃないし」
「てっきり、貴方は彼のものなのかと」
「…そう思いながら手を出すの、よくない」
「弱味を握った方が次回の実験に繋げやすいと思ったので」

ザエルアポロみたいな薄い体、ほんとはきらいだ。抱かれるならもっと筋肉のある男がよかった。それなのに体を重ねてしまうのも、もっとひどくして欲しいのも、全部薬のせいで、全部ザエルアポロのせいだ。



「ふぅ…そろそろ熱は冷めました?」
「…もっと」
「ん?」
「一回じゃ、足りない。もっと」

こんなこと言いたくないのに、体が疼いてやめられない。

「それが、貴方からの命令ということでよろしいですか?」
「なんでもいいから、もっと、ちょうだい」
「…喜んで」

ザエルアポロなんかだいきらいだ。その想いは変わらない。薬のせいで火照った体を冷ましてくれれば誰でもいい。こんな奴じゃなくたって、いいはずだ。

「ねぇ、私のこと、好き?」
「えぇ、好きですよ」

だいきらいなはずなのにその言葉が嬉しいのはどうしてだろう。

「貴方は?」
「ザエルアポロのことなんか…だいきらいっ」
「くっ…」

だいきらいだと言ってるのにモノが大きくなるのも理解できないし、嬉しそうなの顔をするのも理解できない。中に注がれて私が嬉しく感じるのも、理解できない。

「ねぇ…もっと、めちゃくちゃにして…」

頭がおかしい今だけは、大好きだと思わせて。