欲張り


「聞いてくださいよ〜!!」
「うんうん、聞いてるから大声出さないの」

一人でお酒を軽く飲もうと居酒屋に来たのだが、偶然にも檜佐木くんと阿散井くんがいて、相席することになってしまった。
話によると、阿散井くんが仕事でやらかして怒られて、それを慰めるために檜佐木くんが愚痴を聞いてあげていたらしい。私は巻き込まれてしまったのだ。
しかも阿散井くんの隣に座ってしまったせいで嫌でも愚痴が聞こえてくる。

「そりゃあ朽木隊長はつえぇしすげぇしなんでも一人でできるかもしれねぇっすけど〜」
「うんうん、そうだねぇ」

愚痴を聞くのが面倒で檜佐木くんが酒を勧めたんだろうけど、悪化させてどうするんだ。

「檜佐木くん、ちゃんと責任もって阿散井くんのこと送り届けてよ?私最後まで面倒見ないからね?」
「おう…」
「檜佐木さんとばっか喋ってねぇで俺の話も聞いてくださいよ!」
「一言しか喋ってないでしょ!?」

いかん、酔っぱらいに怒ったところで虚しいだけだ。言わせるだけ言わせておけば、きっと明日青い顔した阿散井くんが謝りにくるだろう。

「もう副隊長なんだから、あんまり醜態晒すと隊の人に見られちゃうよ?」
「どーせ俺のことなんか誰も見てねぇっすよ」
「じゃあ私が見ててあげるから落ち着こう?失敗しちゃったかもしれないけど、頑張った結果なんでしょ?頑張ったんだから阿散井くんはえらいよ」
「…そうっすか?」
「そうだよ、えらいえらい」

少しはおとなしくなるだろうと、阿散井くんの頭を適当に撫でてあげた。思惑通り、静かになった。

「そうだ、檜佐木くんこの前現世から楽器持ち帰ってきたでしょ?私もあれ弾いてみたいんだけど」
「…難しいぞ?」
「檜佐木くんより器用だから大丈夫だよ」
「横島さん」
「へ?」

話を遮るように呼ばれ、阿散井くんに顔を向ければ、なんだか焦点の定まらない目で見つめられた。

「俺、がんばります」
「あ、はい。がんばって」
「がんばるので、がんばったときにはまたがんばったねって言ってほしいんすけど」
「…うん、いいけど」

なんだろう、頭撫でられるの気に入ったのかな。

「それで、あの、」
「…なぁに?」

檜佐木くんが酔わせたせいで、今の阿散井くんは何を言うか解らない。変なこと言ったら困るのは明日の君だぞ。

「おい恋次、俺が居ること忘れてないだろうな」
「…わかってますよそのくらい。何すか、檜佐木さんも横島さんに撫でてもらいたいんすかぁ?」
「なっ、んなわけねぇだろ!」

にやにやする阿散井くんに、慌てて否定する檜佐木くん。二人とも撫でてほしいとか子供なの?お酒のせい?

「檜佐木くんも撫でてあげようか?今なら安くしとくよ」
「金とるのかよ」
「今日のご飯代出してくれるならいいよ」
「そのくらい最初から払うつもりだったし」
「あ、そーなの?」
「巻き込んで迷惑かけちまってるしな」

と、檜佐木くんは阿散井くんをチラ見する。

「じゃあとりあえず頭撫でたげるね!」

机に身を乗り出して手を檜佐木くんの頭の方に伸ばしたのだが、その腕をなぜか阿散井くんに掴まれた。

「…阿散井くん?」
「檜佐木さんの頭なんか撫でる暇あったら俺に構って欲しいんすけど」
「もー、わがまま言わないの!めっ!」

私も酒のせいなのか、やちるちゃんを叱るときのような言い方をしてしまった。だがこれも阿散井くんがわがまま言うせいだ。

「だって横島さん、さっきから檜佐木くん檜佐木くんって…そんなに檜佐木さんがいいんすか」
「な、何その言い方」
「俺だってもう檜佐木さんと同じ副隊長なんだから、ちょっっっとくらい俺のこともみてくれたっていいじゃないすか!」

なんでこう、寂しがりみたいな構ってちゃんみたいなこと言うかな。副隊長の仕事でそんなに疲れてるのかな。

「うん、だから偉いねって言ってるでしょ。ていうか、ただの席官に、えらいね〜すごいね〜がんばったね〜って言われて嬉しいの?悲しくならない?」
「横島さんはただの席官じゃないっすもん」

阿散井くんは掴んだ私の腕を引き、手のひらに頬擦りをした。強制的に阿散井くんの頬を撫でさせられ、少し動揺する。

「横島さんだから、何言われても何されても嬉しいんすよ」

頬擦りをしながら嬉しそうな顔をしているし、まぁその通りなのだろう。素直すぎることを言っているが、それ明日になってから後悔しないのか?阿散井くん明日から元気に働ける?

「だから、何もされないのが、一番悲しいんすよ」
「…だからとりあえず構って欲しいのかな?」
「そうっす」
「私じゃなきゃだめなの?」
「そうっす」

檜佐木くんの前でよくそんなこと言えるなぁ。まぁ言わせてるのは私だけど。

「私ともっと仲良くしたいの?」
「そうっす」
「…じゃあ明日、シラフでそうやって言えたらもっと仲良くしてあげるし、構ってあげるね」
「がんばります」
「うん、がんばったら頭いっぱい撫でてあげるね」
「はい!」

我ながら頭の弱い感じの会話をしているなぁと思う。檜佐木くんも呆れ顔だし。

「でももし明日言えなかったら、明後日檜佐木くんとデートするし檜佐木くんの頭撫でるし檜佐木くんと二人でご飯食べるしご飯おごってもらうし、檜佐木くんが嫌がったとしても手繋いで阿散井くんに会いに行くからね」
「檜佐木くん檜佐木くん言わないでください!俺のことも少しは呼んでください!」
「じゃあそれもシラフで言ってきてね。明日、今のこと覚えてなかったなんてなしだからね?」
「もし、恋次って呼んでくださいって言ったら、呼んでくれるんすか?」
「うん」
「じゃあ俺も優さんって呼んでいいっすか?」
「いいよ。明日からそうやって呼んでね、恋次くん!」
「はい!!」

明日どんな顔して会いに来てくれるのか楽しみだ。青い顔で、忘れてください!って言うか、赤い顔で優さん!って言ってくるのか。考えるだけでわくわくする。

「横島が思ってるほど恋次は度胸ねぇぞ」
「じゃあ明後日は檜佐木くんとデートだね。楽しみにしてるね」
「…おう」
「檜佐木さんなに照れてんすか!優さんとデートするのは俺っす!」
「あ、なんか楽しくなってきた。よし、明後日はギターの弾き方教えてやるよ。俺の部屋でいいよな?」
「わーいありがとー!」
「勝手に話進めないでください!!!!!」

私としては、シラフの恋次くんに優さんって呼んでもらいたいんだけどね。