兄の友達

「ただいま」
「おじゃましまーす!」

思えばあれは、運命の出会いだったんだと思う。

「一兄おかえり!友達?」
「ああ、同じクラスの横島だ」
「へー、はじめまして。妹の夏梨です」

彼女はどう見ても小学生だったし、どう見ても一護の妹でしかない顔をしていた。それでいて可愛くて、少年のようにも見える風貌にも、なぜか惹かれてしまった。
そのときはうまくやり過ごしたのだが、それから夏梨ちゃんのことが頭から離れなかった。彼女は小学生で、友達の妹だ。手を出したら一護に殺される。そう思いつつも、黒崎家に遊びに行くことをやめられなかった。


「横島さん!」

高三になっても一護とは変わらず友達で、変わったことと言えば夏梨ちゃんが成長して中学生になったことくらいだ。
家に帰ろうと歩いていたら、愛しの夏梨ちゃんが俺を呼ぶ声が聞こえた。振り向けば、買い物袋を持った夏梨ちゃんが小走りでこちらへ向かってきていた。

「晩御飯の買い物?」
「うん、今日は私が当番だから」
「それ持つよ」

夏梨ちゃんの手から半ば無理矢理に買い物袋を奪い取る。無理矢理しないと、夏梨ちゃんは遠慮して手伝わせてくれないからだ。

「ごめんね、ありがとう」
「このくらい軽いから平気だよ」
「あ、もしよかったら晩御飯食べてく?作ってる間、ちょっと待たせちゃうかもしれないけど…」
「いいの?」
「いいよ、持ってくれたお礼」

嬉しいな。夏梨ちゃん天使かよ。俺のために毎日味噌汁作ってくれないかな。

「夏梨ちゃん結構髪伸びてきた?伸ばしてる?」
「うん…もうサッカーとかしないから、長くても邪魔にならないし」
「髪の毛綺麗だよねー、ポニーテールとか似合いそう」
「そ、そうかな?横島さんがそう言うなら、してみようかな…」

消え入りそうな声でそう言う夏梨ちゃんがとても可愛くて、可愛いと声に出して言いたくなる。でも言ったら引かれるかもしれないし、一護にばれたら殺される。あぁつらい。

「夏梨ちゃん中学入って彼氏とかできない?」
「で、できないよ!一兄にすら彼女いないのに、私に彼氏なんかできるわけないじゃん!」

一護が基準なのか。というかあいつには、井上さんもいるし有沢もいるし、普通にモテるしいつでも彼女作れそうだぞ。

「それより、横島さんは彼女いるの?」

てんぱった夏梨ちゃんに、そんなことを聞かれた。言ってから後悔しているような様子だが、そんな聞いちゃいけないことでもないんだから。彼女いないのなんか別に悲しくねーし。一護にすら彼女いないんだから俺に彼女がいるわけねーよ。

「残念だけど…」
「…そっか、それは残念」

夏梨ちゃんの言葉がグサリと刺さる。残念な男でごめんね、彼女いなくたってしょうがないよね、俺が好きなの夏梨ちゃんだもん。なんて言えれば楽なのに。
ため息をついて夏梨ちゃんを見れば、なんだか落ち込んだ様子だった。なんだか、元気が無いような。

「え、夏梨ちゃんは何を残念がってるの?」
「え!?な、なにが!?全然残念じゃないよ!?横島さんに彼女いるのなんて別に当たり前だしいて当然だし、別に、残念なんかじゃ…」

顔を赤くして慌てて弁解する夏梨ちゃんだが、今の台詞はどう聞いても俺に彼女がいて残念だ、という風にしか聞こえない。

「誤解してるね。残念だけど、俺に彼女はいないよ」
「えっ、そうなの?それはよかった!…じゃない、よくないよね、ごめん」

俺に彼女がいないと夏梨ちゃんは嬉しいのか?なんでだ?
それは夏梨ちゃんに彼氏がいなくてよかった、と思う俺の気持ちと同じなのだろうか。

「…夏梨ちゃん」
「な、なに?」
「彼氏いないなら、俺なんかどう?」

控えめに聞いてみたら、夏梨ちゃんは顔を真っ赤に染め上げた。夏梨ちゃんでも、そんな女の子らしい表情ができるのか。

「わ、私…まだ、中学生だよ?」
「そんなこと言ったら、俺が大学生になったら夏梨ちゃんはまだ高校生だし、俺が社会人になっても夏梨ちゃんはまだ大学生だよ。何年経ったって年の差は埋まらないよ」
「で、でも…」
「…年上じゃ嫌だよな。兄貴とタメじゃ恋愛対象にはならないか」
「そんなことないけど…」
「えっ、じゃあ俺のことそういう目で見れるの?まじで?」

ぐいぐい攻めたいところだが、夏梨ちゃんが照れまくるからこれ以上踏み込めない。照れる夏梨ちゃん可愛い。こんなに可愛い夏梨ちゃんをほっとくような男子たちに夏梨ちゃんを渡せるものか。

「…まぁ、急ぐのはやめとくよ。夏梨ちゃんのこと悩ませたくないし」
「ご、ごめん」
「夏梨ちゃんが悩んでたら一護が心配するだろうし」

夏梨ちゃんがまだ誰かと付き合うってことを考えられないなら、それでいい。まだ誰とも付き合わないなら、誰のものにもならないなら、それでいい。

「…まぁ、俺のこと彼氏にしたくなったらいつでも言ってよ。夏梨ちゃんがその気になるまで待つからさ」
「まだ…待ってて。その、まだ、全然、女らしくないし…彼女とか、よくわかんないから…」

女らしくなるまで待てって?もし女らしくなったらすぐ付き合ってくれるのか?というか気持ち的には今すぐ付き合えるのか?まさか夏梨ちゃんって結構俺のこと好きなのか?

「夏梨ちゃんは今のままで充分魅力的だよ」
「…よく、そんな恥ずかしいことを」
「夏梨ちゃんにしか言わないよ」

夏梨ちゃんがその気になるまで、どれくらいかかるかな。待っている間に、俺も一護に反対されないくらいしっかりした男になれるように頑張らないと。

「…横島さんも、すごい魅力的だよ」

あんまり可愛いことを言われると、衝動的に好きだと言って抱き締めてしまいそうだ。俺に我慢はできるだろうか。