意地悪な君

「修兵、まだ仕事終わんないの?遅すぎ」

俺の同期で現部下の優は、ぶーぶー文句を言うくせに、自分はソファでごろごろしてるだけで働こうとしない。

「遅いと思うなら手伝ってくれりゃいいのにな」
「私が修兵みたいな馬鹿に手助けするわけないでしょー」
「お前、とことん俺のこと嫌いだよな」

そう言うと、優は顔だけこっちに向ける。
だから俺も、つい優の目を見てしまう。

「実はね、私…本当は、修兵のこと、」

優は緊張しているような真面目な表情で思わせ振りなセリフを吐いた。俺の知らない顔を見せられ、突然のラブコメ展開で俺まで緊張してしまう。好きです!ってやつだろうか。

「…好き、でした」

予想は当たりに近いが外れていて、心にグサッと刺さり言葉が出てこなかった。

「でした、って過去形だよ。今は、嫌いです」

期待させておきながら、爽やかな笑顔で嫌いとか言いやがった。というか、昔は好きだったのか!

「ちょー嫌いだよ。ははっ、その顔うける」

馬鹿にしてくるその態度に腹が立つ。殴りたくもなるが、こんなことで冷静でいられなくなるようでは副隊長なんて務まらない。

「修兵の色んな顔は愉快だよね」
「うるせぇ」
「怒った?」

そりゃ、あんな馬鹿にされた言い方されたら普通怒るだろ。というか、部下だし、そこそこ信頼していたのに、とショックも受ける。

「傷ついた顔も怒った顔も真剣な顔も、全部の顔見た人はいるのかな」
「知るか」
「修兵の、仕事熱心な時の顔はかっこいいけど、一番嫌いな顔だ。私と遊んでくれない時の顔だからね」
「…」
「傷ついた顔が一番萌える」

だとするとこの変態は今の俺の顔を見てさぞ萌えているんだろうな。悪趣味など変態め。

「修兵、愛してる」

さっき嫌いとほざいたばかりで、嘘か本当か解らない言葉なのに、ついときめいて嬉しくなってしまう。こんなふざけた奴の言葉なんか真に受けて良いものではないというのに。

「照れた顔、一番好き」

嫌いと言ったり好きと言ったり、情緒不安定な奴だ。
そんな奴の曖昧な感情なんか聞きたくないのに、耳を傾けてしまう。

「修兵、」
「うるさい。お前の冗談はつまんねえ」
「…」

あまり馬鹿にされてばかりでは気に食わないので、反抗して冷たく言いはなってみる。すると堪えたのか、優は眉をひそめて悲しそうな顔をした。別に俺は意地悪ではねぇから、そんな顔させたいわけでもなくて少し罪悪感を覚えてしまう。

「…修兵は、いつになったら、私の気持ちを理解してくれるかな」
「…あ?」
「好きなんだよ。でも、わかってくれないから、嫌い。私を見てくれないから、嫌い」
「…」

好きとか嫌いとか、同時に言われまくったら理解できねぇよ。

「修兵、私を見て」

見てるさ。俺はいつだって優しか見ていない。優こそそれに気付いていないだけだろうが。

「私は修兵好き。修兵は、どうなの」
「…冗談だろ」
「本気だよ。修兵が勝手に嘘だと思いこんでるだけでしょう。でも、修兵がいつまでも振り向いてくれなかったら、嫌いになっちゃいそう」

さっきまでの見下す態度が嘘のように、虚勢がぶっ壊れていて弱々しい声を出しやがる。そんなに不安なら、嫌いだなんて冗談でも言うんじゃねぇよ。

「俺は…お前なんか、大嫌いだ」

嘘をついてみるものの、優が俺のせいで傷ついて悲しんでいると思ったら、なぜか笑みが溢れてしまった。
それを見た優は、少し不機嫌そうにしてこっちに近寄ってきた。

「意地悪。…でも好き。でも、修兵が私が嫌いなら、ふられた腹いせに嫌がらせしてやる」

怒った様子で胸ぐらを掴まれ、強引に唇を奪われた。そういうことできるくらい俺のこと好きなら、最初から素直にそう言えよ。

「…大嫌いな女にこんなことされてさ、もっと嫌いになった?」
「……あぁ。嫌いだから、もっと傷ついた顔が見たくなった」

優のあごに手を添えて、噛みつくようなキスをする。大嫌いなわけがない。嫌いならこんなことしてやるわけないだろう。

「…意地悪。好きだって言ってよ」
「言わねえ」

俺もどうやら悪趣味らしく、優の傷付いた顔に萌えてしまっているので、しばらくは好きだなんて言ってやらないことにした。