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「あ…はい」
そう言って笹塚さんから渡されたのは書類の束。あまりの量にくらっとする。
けれど仕方ないと思って作業に取りかかった。冬の寒さからか、ペンを走らせることもキーボードを打つことも、指先が冷えて思ったように動かせなかった。
しばらく仕事をしてから、ふと斜め前の席を見てみると、石垣くんがいつものように仕事をさぼりながら雑誌を広げてプラモを作っていた。ずるい。私も仕事をさぼって遊びたい。真面目に見えるからこうやって仕事を増やされて任されるけど、私だって疲れるんだ。私だって、プラモ作ったりゲームしたり雑誌読んだりしたい。
そんなことを考えながら石垣くんを見ていたら、向こうも気付いたのか目が合った。ん?と首を傾げる石垣くん。
「横島もプラモ作る?楽しいぞ!」
何を思ったのかそんなことを言ってきた。そりゃ作りたいよ。でも笹塚さんに頼まれた仕事をしなきゃいけない。
「しないよ」
「えー」
私がまた仕事に取りかかると、石垣くんはまたプラモを作り始めた。
「お前も少しは横島を見習え」
笹塚さんは重そうな分厚いファイルを製作途中のプラモの上に置いて押し潰した。
「ゲルググー!!!」
「仕事しろ」
石垣くんは粉々になったプラモの破片を泣く泣く集めて箱に戻していた。
「横島、適当に昼休憩していいからな。石垣はそれ整理し終わるまで席を立つなよ」
「えー!先輩、ヒイキっすよ!」
「真面目な奴に優しくすんのは当たり前だろ」
笹塚さんは自分の仕事に戻っていった。私は真面目なんかじゃないのに。そんな風に思われちゃうから、その通り真面目にしなきゃいけないのかと思ってしまう。自由にできる石垣くんが羨ましい。
笹塚さんに頼まれたのを半分くらい片付けてから、私は昼休憩をとるために食堂へと向かった。席を立った時にちらっと石垣くんを見てみると、手際は悪く役立たずで少し涙目になっていた。可哀想だから後で手伝ってあげよう。
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冷えた体を温めるためにラーメンを食べた。それでも、指先は冷えたままだった。こんなんじゃちゃんと仕事できないな。時計を確認してみると、ここへ来てから30分しか経っていなかった。昼休憩は一時間だけど、あと30分もすることが無い。まだ仕事が残ってるし石垣くんの分も手伝ってあげたいし、戻ろうかな。
そう思って食堂を出ようとしたら、ちょうど石垣くんが現れた。
「あれっ、昼休憩もう終わりなのか?」
「うん、もう食べたから」
「でもまだ一時間経ってないだろ?」
「そうだけど、することないし」
仕事場に戻ろうとしたら、腕を掴まれた。
「することないならちょっと付き合ってよ。俺、一人で飯食うの寂しいし」
「…いいけど」
石垣くんはランチを注文しに行った。その間に適当に場所をとって座って待っていると、石垣くんがやってきた。
「お待たせ。これ食う?」
「べつにいい」
「そう言わずにさぁ」
と、私の前に食後のデザートらしきチョコアイスを置く。こんなもの食べたら余計に冷えてしまう。けど美味しそうだから食べることにした。
「横島はさぁ、なんでそんな真面目に仕事してんの?楽しくもないのに」
「…真面目なんかじゃないよ」
「でも頼まれたこと全部やってんじゃん。俺なんか腹痛のふりして逃げるくらいなのに」
私だって石垣くんくらい仕事さぼりたい。だけど、友達も趣味も無い私は仕事をさぼってまですることがない。
「…私も、もっとさぼりたい」
「そうなの?」
「寒いの、嫌いだし。冷え症だから指動かないんだよ」
今だってアイス食べたおかげでまた指先が冷えてきた。暖房がついてても寒くてつらい。
「うわ、冷たい」
石垣くんは私の右手を握ってきた。石垣くんの手はカイロのように温かかった。
「アイスよりもココアとかの方が良かったか」
「べつにいい…離して」
手を離してもらった。恥ずかしくなって、落ち着かない両手を机の下に隠した。
「さぼりたいならもっとさぼれば?そんな手じゃ普通に仕事できないっしょ」
「…うん。でも、さぼって何すればいいの」
「えー。携帯いじるとか漫画読むとかプラモ作るとか」
「…」
私は不器用なのかもしれない。頼まれたことをするしかできなくて、うまく仕事をさぼることもできない。
「外眺めるとかボーッとするとかさ。あ、ゲームとかする?オススメのゲームあるけど。ていうかゲームしようよ。通信してさ、協力プレイしようよ」
「…ゲームなら、いろいろ持ってるよ」
「まじで!?何持ってる?」
「えっと…」
そんな感じでしばらくゲームのことで話に花を咲かせた。周りの人がちらちらこっちを見ていたけど、私のこと変な風に思ったんじゃないかな。
「…あ、そろそろ休憩終わりだから戻るね」
「え。まだあと30分あるけど」
「……え?いや、私の昼休憩は終わり…」
「いいじゃんいいじゃん。あと30分も俺一人で何しろって言うんだよ。それに、さぼりたいなら付き合えよな」
「でも…」
まだ仕事が残ってる。それに怒られちゃう。
「せっかくだから、さぼりデビューすれば?」
「…」
考えていたら、石垣くんはまたゲームの話をしだした。
「…ちょっとだけだよ」
「よっしゃ!」
しょうがないから、石垣くんの休憩が終わるまで付き合おうかな。さっき握られた右の手が、熱をもったように熱かった。さぼるのがこんなに楽しいなら、これからももっとさぼっちゃお。
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