子供扱い

「だーれーだっ?」
「おわっ」

背後から突然の襲撃に会った。腰に巻き付いてくる二本の白くて細い腕。これが夜中の墓場だったら悲鳴をあげて逃げ出すところだった。

「優ちゃんだろ?毎度毎度驚かすなよ」
「だっていつも同じじゃつまんないでしょ?」

そう言いながら犬のように擦り寄ってくる女子高生。端から見たら兄妹のじゃれあいに見えるのか、犯罪に見えるのか。

「つーか、優ちゃん学校は?まだ昼だけど」
「テストだったから早く終わったの。石垣は?」
「だから呼び捨てにすんなって。まだ仕事中だから相手してる暇は無いぞ」
「えー、私は暇だから構ってくれないとだめだよ?離さないよ?」

そう言ってぎゅうぎゅうと締め付けてくる。可愛い子だから離すのももったいないが、ずっとこの状態ってのも通行人に変な目で見られてしまう。

「アイスおごるから離してくれよ、戻らないと先輩に怒られるんだよ〜」
「怒られればいいのに」
「嫌だよ!早く離せって、暑いだろ?それに俺汗かいて臭いと思うんだけど」
「良い匂いだよ」

すーっと息を吸う音が聞こえてくる。なかなか恥ずかしい。

「暑いんだけど…」
「私も熱い、火照っちゃった」
「じゃあやっぱアイスおごるからさ、な?」
「…石垣のバカ」

何が気に障ったのか知らないが、更に締め付けてきた。暑いし息苦しいしで倒れそうだ。

「…優ちゃん、あまり言いたくないけど…胸当たってるよ」
「当ててんだよ」
「はぁ!?」

特に気にしてないのかと思ったのにわざとだったとは。なかなかやるな。

「そうやって大人をからかうのは良くないぞ!」
「からかってないよ、本気だもん」
「本気の嫌がらせ!?」
「…嫌だったの?」

やっと優ちゃんの腕から解放された。振り向いてみたら優ちゃんが泣きそうな顔で立っていたから驚いた。

「な、ど、どうした?」
「…石垣、私にくっつかれるの嫌だったんだ…知らなかった…」
「いや、あの、嫌じゃないよ?ただその、女子高生に密着されると警察として世間的にどうなのかっていうところが気になってだな、」
「…人気の無いとこですれば良かったのかな」
「いや、そういう問題じゃなく!高校生は高校生同士で健全な関係を持った方が…」

言葉を遮るように足を踏まれた。優ちゃんは更に俺の腕をぎりぎりと握りしめた。

「石垣の分からず屋!!私が好きなのは石垣なんだよ!高校生高校生って、子供扱いしないで!」

場所が公園なだけあって、道行く奥様方や遊んでいる親子がちらちらとこちらを見てきた。いい大人が女子高生に告白されて狼狽えるなんて情けない。それでも、困るものは困る。受け入れたいけど、警察が女子高生に手を出したとなると、何を言われるか解らない。

「私…石垣が思ってるほど子供じゃないよ」

いつになく真剣な眼差しの優ちゃんに気圧された。俺の腕を掴む優ちゃんの手は、微かに震えていた。

「…本気、なんだよな?」
「当たり前でしょ」
「でも優ちゃんがまだ高校生だってのは事実なんだ」
「だから…!」
「だからもし、卒業する日まで俺のこと思っててくれたなら、その、お付き合いをだな…」

はっきり言えない自分がもどかしい。でも優ちゃんは目を輝かせた。

「そんな約束できちゃうってことは石垣は卒業まで私のこと好いててくれるってことだよね!じゃなきゃそんなこと言えないもんね!ていうか今も実は私を好いてるってことだよね!」
「うぐっ、ちょ、恥ずかしいこと大声で言わないで!」
「わかった小声で言う!」

優ちゃんはにこにこしながら抱きついてきた。そして耳元で囁いた。

「大好きだよ」

俺もこんな女子高生に振り回されるようじゃまだまだだな。熱中症にでもなったのでは、と錯覚するほどに顔が熱い。

「ちゃんと卒業したら責任とるから、待ってて」
「責任?結婚?責任とってくれるなら、結婚を前提としたお付き合い始めちゃって私は構わないよ?」
「こ、高校生とそんなこと…!」
「惚れさせて抱き付かせてその気にさせておいて、それでも付き合いません、なんて言う方が無責任じゃん?」
「いや、だからって、」

優ちゃんは俺の言葉を遮るように、俺の頬をつまんだ。

「強行手段、やっちゃいます」
「え?」

にこっと笑ったかと思うと、優ちゃんは背伸びをして一気に顔を近付けてきて、その距離はあっという間に無くなった。
なんでこんなに雄々しいんだ、なんて余計なことを考えていたら優ちゃんは唇を離した。

「責任…とってね」

断れない状況で、断る理由も無い。そしたらもう答えは一つしか無い。

「当たり前だろ!」

公衆の面前なんて知ったことか。俺は半ばヤケクソで優ちゃんを抱き締めた。細くて華奢なのに柔らかく、真夏だというのに良い香りがした。

「笹塚さんがさっきから向こうで待ってるから、私が彼女だって紹介してね」
「え゛」

振り向くと、パトカーにもたれかかってこっちを見ている笹塚さんがいた。
嘘みたいに一気に血の気が引いた気がした。

「えへ…さっきのちゅーも見られちゃったかな」

なんて、焦りもせず照れている優ちゃんは可愛くて、もう先輩に怒られてもいいか、と思えてしまうほどだった。