さよならの前に

「山崎っ!」

夜中、いつも通り寝ていたら焦った声で俺の部屋にやってきた優。夜這いというやつだろうか。それにしてはうるさすぎるけど。

「どうしたの、こんな夜中に…。眠いんだけど」
「山崎…」

優はどこを走ってきたのか、息を切らしていた。そしていきなり、抱きついてきた。

「ちょっ…、優?何?えええ?」
「…」
「…優?」

ただ抱きついてくるだけで、何も言おうとしない。びっくりしたけど、不安になったから優の体を抱きしめ返した。始めて腕の中に収める優の体は柔らかくて、それでいて華奢だったし、いい匂いがした。

「何かあった?」
「…山崎。ごめんね」
「何が?」
「ごめんね…。私…、山崎のこと好きだよ。ありえないくらい、好きになっちゃった」
「…ええ!?」

夜這いとともにそんな告白を受けるだなんて思わなかった。ただでさえうるさかった心臓が、激しく動きすぎて口から出そうだった。

「だから…ずっと山崎と一緒に居たかった」
「…優?」

告白の割には悲しそうな優に不安を覚え、何だか、胸騒ぎがした。

「でも、もう無理なの」
「…何、が」
「…私、出て行かなくちゃいけない。もう、帰って来れない」
「どうして、」

優を手離したくなくて、ぎゅっときつく抱き締める。

「なんで、そんなこと言うんだよ。俺だって、優のこと…」
「ごめんなさい。私、本当は」

バンッ、と優の言葉を遮るように部屋の戸が開かれた。

「山崎!!そいつから離れやがれ!」
「なっ、副長!?」

びっくりして思わず、優を抱き締めていた手を離してしまった。そのせいで優は立ちあがりすぐに俺から離れてしまった。

「なんでっ、」
「私が、嘘つきだからだよ」

優は月明かりに照らされながら、悲しそうに笑った。頬を伝う涙がきらりと光ってこぼれ落ちるのが見えた。

「そいつは、横島優は、高杉の手先だ」
「そんな…」
「…ごめんね。山崎、大嫌いだよ」

優は開いていた窓から外へ逃げて走っていった。

「追え!!」

副長の指揮で隊士達が優を追って外へと飛び出していった。

「…嘘だ」

攘夷志士だなんて、帰って来ないなんて、大嫌いなんて、嘘に決まってる。

「優…」

本当に嘘つきなら、告白だって嘘でもいいから、全部嘘だって言って戻ってきてよ。俺はただ、優に傍に居てもらえれば幸せだったんだから。