惚れたもん負け


「あれ?山崎くん今日はお仕事お休み?」

街中で突然背後から声をかけられドキリとする。私服なのになぜ俺だとバレたのか。

「よく俺だって解りますね」
「え?普通解るでしょ」

振り向いた先に立っていたのは、仕事中に知り合った優さんだった。
普通は地味で何の特徴も無い私服の俺に気付くということがおかしいのに、優さんは俺がおかしなことを言っているような感じで首を傾げた。

「暇ならご飯付き合ってよ。可愛い山崎くんのためならお姉さんがおごってあげちゃうよ?」
「女性におごられなくても充分なくらいは稼いでますよ」
「あら残念。そんなこと言う山崎くんは彼女におごりまくって貢ぎまくって破綻しちゃえばいいよ」
「更に残念なことに彼女なんていないんで破綻はしません」
「この歳で?それは残念だね」

優さんはくすくすと笑ってくる。人のことを馬鹿にしてくるくらいだし、きっと優さんには彼氏がいるんだろう。期待させてくるのはやめれくれ。

「でも彼女いないなら一緒にご飯食べても誰も怒らないでしょ。お暇なお姉さんに付き合いなさい」
「ってことはお暇なお姉さんにも異性と食事して怒ってくるような彼氏はいないんだ?」
「いませんよー、それにその程度で怒るような奴とはお付き合いしたくないね」

俺が彼氏だったら他の男と食事されたら嫌だけどな。まぁ彼氏でも何でもないからそんなこと気にしたってしょうがないけど。

「ま、そういう訳だからさ、付き合ってくれるよね?」
「言い忘れてましたけど俺仕事中なんですよ」
「なっ…なんて意地悪な子なの…!それ最初に聞いたんだからもっと早く言ってよね!」
「そんなに俺とご飯食べたかったんですか?」
「当たり前でしょ!じゃなきゃここまで口説かないし…」

優さんは不満そうに膨れっ面になる。大人の癖にそういう子供らしい一面を見せられると微笑ましい気持ちになる。

「あーっ、もう!お仕事邪魔してすみませんね!時間の無駄でしたーっ」
「本当は仕事中じゃないですけどね」
「…からかってるの!?人の弱みにつけこんで!」
「優さんに弱みなんてあったんですか?」

うっ、と言いにくそうな顔をされる。

「そんなことより、山崎くん意地悪だけど、私とご飯行きたくないの?お姉さんすねちゃうよ?すねて君の上司にアプローチしに行っちゃうよ?」
「それは困りますね…」
「…困るんだ?」

しまった、余計なことを言ってしまった。

「困っちゃうようなら、しょーがないからご飯誘うのは山崎くんだけにしといたげるよ」
「お暇なんですか」
「失礼な!山崎くんに良い返事を出してもらうことでいつも忙しいよ。山崎くんてばなかなか頷いてくれないんだもの」
「…やっぱ暇なんじゃないですか」

俺に構う暇があるならもっと他の男を誘いにいけば良いのに。それこそ、副長とか沖田隊長とか。そんなことされたら気になって夜も眠れなくなるだろうけど。

「あのね、私は山崎くんだからこんなに鬱陶しいくらいしつこくしちゃうんだよ?」
「別に鬱陶しくなんかないですけど」
「あ…そう、そっか、鬱陶しくなかったか、へへ……じゃなくて!私は、山崎くんにしかこんなに迫らないし口説かないし誘わないの。この意味が解らないほど子供じゃないよね?」
「…意味、解んないんすけど」

そんなにも期待させるようなことを言って俺をどうしたいんだ。この人が俺に気があるだなんてそんなの勘違いに決まってるのに、なんでこんなにドキドキしてんだよ。

「…もういい、山崎くん馬鹿だから口説くのやめる」

優さんはまた膨れっ面で、今度は少し泣きそうだ。

「そのうち、惚れさせてやるんだから…私から言うの悔しいから、山崎くんの口から好きって言わせてやる…。それで盛大に振ってやるんだからね!」
「…俺のこと嫌いなんですか?」
「そんなわけないじゃん好きだよ!?…って、ああっ!言っちゃった!」

言葉ではっきり言ってもらってやっと自覚できた。優さんは俺のことが好きだ。俺の勘違いでもなく、事実だった。

「聞かなかったことにして!山崎くん私のこと好きじゃないの知ってるからさ!だからお願いだから今まで通りの関係で…」
「聞かなかったことにできないんで、とりあえずご飯食べに行きましょうか」
「えっ、あの、この状態で食べに行くのは精神的に辛いというか食欲が失せるというか…」

この人は意外と頭が弱い。俺が優さんを好きじゃないわけがない。

「落ち着いたとこじゃないとゆっくり話せないでしょう?」
「振るなら今すぐ振ってくれた方がありがたいんだけど…」
「誰が振るなんて言いましたか。俺も優さん好きなんで、お付き合いするかどうかを話したかったんですが」
「…今何て!?お姉さんもう歳かな!?幻聴聞こえたかな!?」
「お姉さんもういい歳なんだから騒がないでください」
「だ、だって…」

どこかゆっくり食事をできるところを探して歩きだした。
不安そうにだが優さんも俺を追いかけてきて隣を並んで歩きだした。

「山崎くん、歳上なんて嫌じゃないの?若くて可愛い子ならいっぱいいるのに…」
「そうですね。でも、歳上なのに可愛い人なんてそうそういませんからね」

優さんは恥ずかしそうに頬を染める。歳上だと言っても指折り数えれる程度だ。気にする程じゃない。

「歳上をからかうんじゃありません…」
「からかってませんよ、本当に可愛いと思ったから可愛いって言っただけです、優さん可愛いですよ」
「ややややめてよ!?照れるよ!!」
「照れた優さんも可愛いです」
「や、山崎くんの馬鹿!好き!」