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最近掴んだ情報に寄ると、桂一派に足を突っ込んでいる女がいるらしい。こそこそと動き回る隠密派のあいつらだから、スパイか何かでも雇ったのだろう。
ということで、俺がその女の動向を探れと命じられたわけだ。副長に渡された写真のその女は、どこかで見たような顔だった。だが俺にこんな清楚系の知り合いは残念ながらいないので、気のせいだろう。
その女がよく出入りしているらしい駄菓子屋付近で待ち伏せしていたら、さっそくそれらしき人物が駄菓子屋から出てきた。実物のその女はやっぱりどこかで会った気がしてならないが、それを本人に聞いて確かめるのはただのナンパだと思われるから絶対に聞けない。
そんなことを考えてもたもたしていたら、女は周りを気にしつつ路地裏へと入り込んだ。慌てて追いかけてその細い道を覗きこんだら、胸ぐらを掴まれて路地裏の奥へと引き込まれた。
「あんたねぇ、ストーカーするくらいなら堂々と求愛しろっての!こそこそとかっこわるい!」
事を荒立てたくないから刀を抜くか迷っていたのに、全く検討違いなことを言われてしまった。確かにストーカーのようなことをしていたが、別に好きだからとかじゃなく仕事だからだ。
「…ん?あんたどっかで見た顔だね?あ、別にナンパじゃないよ」
どうやら俺だけじゃなく、この女も俺に見覚えがあるらしい。ということは俺は、桂一派のこの女と知り合いだということなのか。
「ていうか……真選組?もしかしてただのストーカーじゃなかった?」
「…私服で来るべきだったかな」
俺を真選組だと認識すると、女の目付きが鋭くなり、俺の胸ぐらを掴む手に力が入るのが解った。相手が女だとは言え、この状況だと少し苦しいかな。
「私が桂の仲間だからストーカーしてたの?それで、捕まえにでも来たの?」
「理解が早いね、その通りだよ。ていうか、桂の仲間だって自白してくれるとは思ってなかった」
「自白したところで、あんたは私を捕まえられないよ」
「…どういう意味?」
女は余裕たっぷりの笑みを浮かべる。まさか既に仲間を呼んでいて、俺が危機に晒されている状況におかれているのか?
「私のこと覚えてないの?チェリーボーイのマウンテン殺鬼」
昔の通り名(自称)で呼ばれて頬がひきつるのが解った。なぜこの女が俺の黒歴史を知っている。あの頃の面影なんか無いはずだし、何のために見た目を地味にしたと思ってるんだ。
「まさか……」
「思い出してくれた?」
俺がブイブイ言わせてる時に、同じく夜叉のごとく暴れまわっていた横島優だ。年下だったが本名フルネームで堂々と喧嘩を売るスタイルがかっこよくて気に入っていたあの女だ。
「久しぶりだね、なんでこんな地味になってんの?チェリーだから?チェリーのくせに粋がってるの恥ずかしくなった?」
「うるさいな!俺にも色々あるんだよ!」
「口調も柔らかくなっちゃってさぁ、つまんないにも程があるんだけど。童貞のくせに偉そうなザキが好きだったんだけど」
「どどど童貞ちゃうわ!」
「え、ごめん……本当にまだ童貞だったんだ。ごめんね、軽々しく好きとか言って。ていうか、なんでこんな丸くなっちゃったの?童貞だから?私が好きだったザキはどこへ行ったの?」
ほらまた軽々しく好きとか言う!別にどうも思わないけど!!昔の喧嘩仲間だからって、今は敵だからどうも思わないけど!!
「でも地味なザキもこれはこれで可愛いな〜!童貞っぽくて!控えめで!それなのにあんな荒々しい本性があると思うとギャップに萌えるね!!」
「童貞童貞うっせぇよ!お前なんか清楚系ビッチみたいな見た目になりやがって」
「お?ザキってばあの頃のガチビッチみたいな見た目した私のが好みだった?ごめんね、桂が清楚系が好きって言うからそれに合わせててさ。ていうかこんなに清楚なのに桂ってば私に手出さないんだよ?あいつお堅いから結婚しないと抱いてくれないのかな」
「ビッチが……」
「そう見える?でも桂に出合ってから桂に初めてを捧げるつもりで貞操守ってきたからまだ純情よ」
こいつ桂に惚れて仲間になったのか。不純すぎる。なんか意志があったりするのかと思ったのに。
「で、いつまで胸ぐら掴んでるんだよ」
「だってザキが名前も呼んでくれないから寂しくて……」
「あの頃だって呼んだことないだろ」
「ねぇ知ってる?私って昔から強い男が好きなんだ」
「だから何」
「あの頃、私の周りじゃザキが一番強い男だったんだよ」
すごく遠回しな告白にも聞こえることを言われた。あの頃そんな目で見てなかったけど清楚系で大人しい振りをする今の横島優は普通に可愛くて、少しだけときめいた。
「童貞のザキでも、私の言ってることわかるよね?」
そう言いながら顔を近付けてこられて、次第に唇が重ねられた。温かく柔らかいそれは未知のもので、混乱して息が止まりそうだった。唇を割って入ってくる舌が生々しくて、情けなくも腰が砕けた。
「ねぇザキ、名前呼びたいよ。名前何て言うの?」
「…山崎、退」
「あはっ、可愛い名前だね、退。私の名前も呼んでよ」
「……優」
名前を呼ばれて名前を呼んで、恥ずかしさとくすぐったさで消えてしまいたくなった。俺は敵と、いったい何をしているんだ。
「退、そんな簡単に敵に名乗るなんて馬鹿だよね。仕事も忘れて私に惚れちゃった?」
「……惚れてない。つーか、お前こそ桂に惚れてたんじゃないのかよ」
「残念だけど桂は人妻が好きみたいだから、人妻になろうと思って退を利用したかったんだけど……惚れてくれなかったんならしょうがないね。退の本妻にはなれないか」
「ほほほ本妻!?人妻!?」
「あぁごめん、チェリーにはまだまだ早い話だったかな」
優は俺の胸ぐらから手を離し、今度は俺の指に指を絡めてきた。
「ねぇ退。桂と不倫されること前提で私と結婚してみない?」
「最低のプロポーズだな!」
「だってそうでもしなきゃ桂の好みになれないんだもん」
人妻にならないと好きになってもらえないくらいの女、ただ桂の好みじゃないだけだろう。優が桂の好みだったら、人妻になる前に手に入れるだろうし。
「俺は結婚したら不倫させるつもりないけど」
「じゃあばれないようにこっそりするね」
「そういう問題じゃないよね!?」
「別に良いじゃん。人妻になっても桂が振り向いてくれなかったら諦めもつくし、そのまま退に養ってもらえるし」
「本音が汚い」
でも桂が振り向かなかったら俺の嫁のままでいてくれるのか。いや、でもこの俺が結婚とか、女の子と手も繋いだことも無いこの俺が……って今手握られてた。女の子とキスもしたことないこの俺が……ってさっきされたばっかだった。いや、でも、普通のお付き合いもしたことないし結婚とか早すぎるだろ、みんなに何て説明するんだ。
「こうなったら賭けしない?私が人妻になって、桂が振り向いてくれたら私の勝ち。桂に見向きもされなかったら退の勝ち。まさに人生ゲームだね」
「見向きもされなかったら、桂の仲間じゃ居られなくなるけどいいのかよ」
「私はそのとき一番好きな人と一緒に居られる道を進みたいだけだから、桂が私を見てくれないなら潔く諦めて私の人生は退にあげるんだってば」
仲間だとかそういう意識じゃなく、恋愛感情だけで桂一派に絡んでいたのか。大した奴だ。
つーか、桂がダメなら新しい男を探すんじゃなくて、俺になるのか。もしかして今でも俺のこと、ちょっとくらいは好きなのか?
「桂と出会う前までは、退に近付くためにヤンチャしてたんだよ」
「…なんか、率直に言わないところがずるい」
「なに?好きって言って欲しい?私は退が大好きだよ、桂の次にね」
こいつのことなんか別に好きじゃないのに、わざわざ2番目に好きと言われると悔しくもなる。
「でも俺より強いやつなんか五万といるよ」
「たとえ強くても退んとこの局長みたいなゴリラ男、好みじゃないんだよ。顔も大事なの。……それとも、強いやつなんかいっぱいいるし俺はお前なんかいらないから他をあたれ、って言いたかったの?」
「ちが、そうじゃな……」
「違うんだ?てことは退、私のこと嫁にもらってくれるんだ!やった〜!退結婚しよ、今すぐ!」
なんてはしゃぎながら俺に抱きついてくる。いやいや、でもこいつが一番好きなのは桂だし、くそ、こいつ、ふざけやがって。
「嬉しいな〜!ウェディングドレス選ぼうね、でーっかい結婚式場がいいな〜!」
「寝取られるかもしれない嫁にそんな金使えるかよ」
「えー?いいじゃん一生に一度の結婚式だよ?私が寝取られようが寝取られまいが退なんて二度と結婚式挙げられないんだからよくない?」
「この機会を逃したら二度と結婚まで持ち込むのは不可能だとでも言いたいのかちくしょう」
「あははは!そりゃそうでしょ!」
馬鹿にしやがって。誰がこんなやつの結婚式に金なんか出してやるか。自分の嫁だとしても腹立つ、絶対払わねぇ。こんな女、桂でも見向きしないだろ。
「退の良さなんて、私以外の女は気付いてくれないよ」
「…俺の良さってそんなに無いかな」
「別にいいじゃん。好きな子一人が退の良さに気付いてくれて退のこと好きって言ってくれるならそれでよくない?」
「その子が堂々と不倫発言してるから良くないし、誰もお前のこと好きだなんて言ってないからな」
「え?退、私のこと好きじゃないの?」
その質問の返事がうまく出てこなかった。好きじゃない。ただその一言が全てだというのに。
「まぁいいや。結婚さえしてくれれば事は進むんだし」
「しないって言ったらどうするつもり?」
「人妻になるのは諦めて、一生桂に寄り添ってサポートして桂と共に日本の夜明けを見る!革命を起こすよ!」
堂々と攘夷活動するつもりか。過去の実力を考えるとこいつが敵になると厄介そうだ。
「しょうがないけど結婚しようか」
「そんなこと言ってほんとは私と結婚する気満々なくせに〜」
「それはこっちの台詞。人をからかいたいなら顔色隠して言えっての」
こんなしょぼいプロポーズなんかで赤面して、どういうつもりだよ。結婚できるなら桂じゃなくてもいいんかい。
「しょうがないでしょ。プロポーズされるのなんて初めてだし、こんなのでも、予想以上に嬉しかったんだから」
なんて恥ずかしがる優が今まで見たどの表情よりも可愛くて、俺も優の体に腕を回してきつく抱き締めた。
「えっ、あのっ、退?」
「それで、プロポーズの返事は?」
「あの……よ、喜んで」
こんなに好感触なんだし、俺だって頑張れば優を振り向かせることだってできるだろう。桂なんかに渡してたまるか。それに攘夷活動に参加なんてされたら、したくもない争いをする時があるかもしれないし。殺したくなんてないけど、今の世の中だと、殺さなければならないような事態にもなるかもしれない。
「桂のとこにさえ行かなければ、俺が守るから」
「…あ、ありがとう」
まぁ、この様子を見れば、敵に回る心配なんてしなくてもいいかもしれないけどね。
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