特別な味


昼前になって、そろそろお腹が空いてきた。
授業は銀八先生の国語で、退屈すぎて眠い。みんなは周りの人としゃべったりしてるけど、俺の隣は横島さんとペドロさん。前はエリザベスで、とてもしゃべれるような人ではない。

ふと左の横島さんを見てみれば、先生からは見えないように体と机の間で携帯をいじっていた。携帯と言っても、携帯電話ではない。携帯ゲーム機だ。プレイステーションほにゃららとか言うアレだ。
真面目そうな見た目なのに、授業中にそんなことをするのかと正直驚いた。しかも机の中の左の方にお菓子の袋が置いてあって、食べながらのプレイだった。

「山崎くん、」

横島さんの手元ばかり見つめていたら、名前を呼ばれた。見ていることを気づかれていた。

「食べる?」

横島さんはポッキーを俺の方に差し出してきた。

「あ、うん」

手をのばしたら、俺がポッキーを掴む前にそれは俺の口の前まで持ってこられた。

「口あけて」
「…」
「はやく」

あーん、ってやつか!?俺は迷ったが、素早く教室をぐるりと見回して、誰もこっちを見ていないことを確認してそれを口にくわえた。
うまい!と感じる前に、何かが飛んできてポッキーが折れた。

「授業中に何食ってんだ。俺にも分けなさい」

飛んできたチョークで折られて1cmほどになってしまったポッキーを、噛み砕いて飲み込んだ。
今の状況、先生に見られたかも。でもそのことに関して何も言わないし、見てなかったのか?

「優、俺にもくれよ」

銀八先生は近づいてきて、横島さんの前で少し屈んで口を開けた。横島さんは頷いて先生の口にお菓子をいれた。でもそのお菓子は、ポッキーにしては短いし、赤かった。
机の中を覗いてみれば、ハバネロと書かれた辛そうな袋があった。

「ああああ!辛っっ!ざけんな!」
「あ、間違えちゃった。てへっ」
「もういい!内申下げるからな!」

銀八先生は俺を指差しながらそんなことを言ってきた。

「なんで俺!?」
「歯向かったからさらに減点!」
「えぇぇ」
「先生、差別はダメだよ?」
「うっ」

先生は横島さんに弱いみたいだ。弱みでも握られてるのかな。

「優のばか!お前らテスト難しくしてやるからな!」
「先生そんなのひどいアル!私日本語苦手ヨ!」
「お前が苦手なのは国語だけじゃねーだろ」
「暴言アル!ぴーてぃーえーに訴えてやるネ!」

国語は難しくされても、得意だからいいか。

「お菓子、次はばれないように食べなきゃね」
「…そうだね」

まだ食べる気か。こりないなぁ。

「ついでだしもう一本食べる?」
「うん」

横島さんは、今度はポッキーを口にくわえてこっちを向いてきた。どういうつもりなのか、それを食らいつけとでも言いたいのか?冗談だろう。でも無言で見つめてくるし、でも今授業中だし。

「…」

横島さんはポッキーを食べ進めているので少しずつ短くなっていく。それを食うとか、そんなことしたら顔が近すぎて爆死するぞ。
残り3cmくらいになったところで、唇を突き出して首を傾けてきた。あんまり話したことないとかそんなことどうでもよくなるくらい、そのポッキーに今すぐ食らいつきたい衝動に刈られる。それほどに、横島さんは魅力的で可愛く見える。可愛く見えると言うか、実際可愛い。
だからと言ってみんな居る教室でそれに食らいつけるほどの勇気は無い。お預けされている犬の気持ちだ。

「…ふふっ」

そうこうしているうちに、さくさくっ、とポッキーは横島さんの口の中へと入っていった。

「山崎くん、照れちゃった?」

横島さんは子供みたいに意地悪な笑みを浮かべてそう言ってきた。
そりゃこんな可愛い人に、と言うか女の子にそんなことされたら照れる。ただでさえ地味でモテないのに。

「意地悪」
「ごめんごめん。はい、どうぞ」

と、ポッキーの入った袋をこっちに向けてきた。最初からそうしてくれれば何も悩まないのにと思いながら、一本抜き取って食べた。
さっきと同じポッキーなのに、食べさせてもらった時の方が美味しかった気がした。