我慢できない程

夢ノ咲学院のアイドル科は男だけ。そう聞いていたのに、俺が入った流星隊のプロデュースをしてくれるというプロデューサーは女の人で、「なんで女の人が居るんスか!?」と問えば、顔を近付けられてドキッとするような柔らかい笑顔で「これでも男だよ」とからかわれた。もちろん女の人で間違いなかったし、隊長に「からかうんじゃない」と怒られていた。


「翠くん、ちょっとキレが無いから、千秋の動き真似してみて」
「守沢先輩の真似…?馬鹿がうつりそう…」
「本番でちゃんとできたらゆるキャラのぬいぐるみ作ってあげるから、がんばろ?」
「優さんの手作り?俺のために、作ってくれるの?それなら、頑張ろうかな」

優の姐御は、皆の扱いがうまかった。無茶を言う隊長に振り回されつつも、皆をまとめてバラバラにならないように繋ぎ止める。やる気の無い翠くんですらやる気を出してがんばってくれる。俺にはできないことだし、むしろ俺も引っ張ってもらう立場だから、素直に尊敬していた。

「鉄虎くん、元気良くていいね!ただあとちょっと、音程だけ気をつけてみて。そしたらもっともっと良くなるから」
「あ、すんません!気を付けるッス!」

5人で歌っていてもちゃんと俺の声を聞いてくれていて感動する。ただ今回のは、俺だけ音が外れていて目立っていたのかも知れないけど。

レッスンが終わって、座ってタオルで汗を拭いながら水を飲んでいたら、優さんがにこにこしながらやってきた。素敵な笑顔のはずなのに、初対面で男だよとからかわれたあの感覚を思い出して少し身構えてしまう。

「鉄虎くんお疲れ様!レッスン中でも君の笑顔は眩しいねぇ、偉い偉い」
「わわ、ダメッスよ、汗かいてるんで…!」

そんなこと気にしないとでもいった様子で、優さんは俺の頭を撫でてくる。たしかに俺の方が2つも年は下だけど、これでも男だから、そういう可愛がられ方はされたくない。

「汗は努力の結晶でしょ?綺麗綺麗!」

そういう馬鹿みたいに明るいところは、なんとなく隊長と被る。だから隊長とも仲が良くて、流星隊とうまくやっていけるんだろうなぁなんて、大人しく頭を撫でられながら考えていた。

「その通りだ!優もプロデュースありがとう、疲れただろう?抱き締めてやろう!」

横からやってきた隊長が、優さんを腕の中へと閉じ込める。おかげで頭を撫でる手も外れたが、優さんの意思でやめたわけではないのでなんだか不服だった。

「千秋!今鉄虎くんの番だから邪魔しないの!」
「む、俺は何かの邪魔をしてしまっていたのか?それはすまない、気付かなかった!」
「鉄虎くんと仲良くしてたの見えなかったかな?っていうか、汗かいたまま抱き着いてくるなんてどうかしてるよね?これでも私女の子なんだけど??」
「汗は努力の結晶だ!綺麗だぞ!」
「か〜〜〜〜っ、超うざ〜い!」
「なんだ?瀬名の真似か?」

目の前で繰り広げられるイチャイチャに嫌気がさす。翠くんと忍くんの方を見てみれば、哀れみの目を向けられていた。忍くんがおいでおいでと手招きしてくれたから、この2人から離れよう。
ため息は漏れてしまったけど、無言で立ち上がろうとしたら、優さんに腕を捕まれた。

「こら千秋!千秋が喧しいから鉄虎くん行っちゃうじゃん!千秋も私じゃなくて後輩に構ってあげなよ」
「それもそうだな。名残惜しいが仙石たちも可愛がってやろう…☆」

隊長は優さんを解放すると、翠くんたちの方へと向かった。もちろん翠くんは嫌そうな顔をしていた。

「見苦しいものを見せてごめんね?千秋ちょっと馬鹿だから」
「別に、そのままイチャイチャしてても良かったんスよ?」

別に2人を邪魔する気は無いし、そういう風なら俺が去ればいいだけのこと。

「あらぁ、鉄虎くんにトゲがあるなんて珍しいねぇ?もしかして焼きもち妬いちゃった?」
「やっ、焼きもちなんか!そんなわけないっスよ!」
「全力で否定されるのは寂しいな〜?」

なんて、困ったように笑うもんだから、罪悪感がわいてくる。

「…ほんとは、ちょっとだけ妬いたッスよ。横入りされたんで」
「ごめんね、千秋のことしつけとくね」
「…俺だって、隊長と同じくらい、優さんと仲良くなりたいんスよ。隊長ばっか、ずるいッス。年齢とかあるから、違う対応になるのも分かるッスけど…」

俺らしくもなく、ぼろぼろと愚痴を溢してしまった。こんなの、男らしくない。

「すんません、愚痴っぽくなっちゃって。聞き流してくれていいッスよ」

ちょっとだけ無理に笑って見せれば、優さんは俺の頭を包み込むように抱き締めた。突然のことに動揺したし、顔面に当たる感触に狼狽えて一気に顔が熱くなるのを感じた。それに、呼吸をすると優さんの匂いしかなくて、全身が優さんに侵食されるようだった。

「人間は明るさだけでは眩しくて生きていけないからね。そういうの、ちゃんと言っていいんだよ。偉い偉い」

抱き締められたまま頭を撫でられて、俺の言ったことも受け止めてもらえて、胸の奥が暖かくなった。

「どう?千秋と同じくらい抱き締めてみたけど」
「……」
「鉄虎くん?」

気付いてしまった。気付かされてしまった。隊長と同じくらい優さんと仲良くなりたいとは言ったけど、隊長と同じくらいでは足りなかった。
返事をしない俺を心配したのか、優さんは体を離して顔を覗きこんできた。真っ赤な顔はもう見られてしまったし、今さら何を隠せばいいのか。

「足りないッスよ。隊長と同じくらいじゃなくて、もっと、もっと特別扱いして欲しいッス」

真っ直ぐ優さんの目を見つめて言えば、優さんもほんのり頬を染めていた。

「君が許してくれるなら、私は誰よりも鉄虎くんと親密になりたいよ。この意味、わかるよね」

優さんははにかみながら俺の頬に手を滑らせる。直に触れる体温が、こんなに熱く感じるだなんて。

「俺…自惚れてもいいんスか?」
「遅いくらいだよ、私はずっと鉄虎くんのことが」

他の音が何も聞こえないくらい、優さんの声だけがクリアになって聞こえているようだった。緊張して生唾を飲み込めば、「ちょっと待ってくれ!!!!!」という拍子抜けするような隊長の声が響いてきた。

「す、すまん…!悪気は無いんだ!い、いや、それもすまん、悪気はある、俺は悪いやつだ、それ以上聞きたくなくて邪魔をしてしまった…!あとで俺をやっつけてくれ!ただその前に一つ、いや二つ言わせてくれ!まず一つ、何を話すのもお前らの自由だが、俺たちが聞いていることを忘れないでくれ!」

隊長たちまで顔を赤くして俺たちのことを見ていた。そういえばそうだ、ここはまだレッスン室で、まだ誰も帰っていなかったのだから。

「忘れてないよ、見せつけてたんだもん」
「なんだと!?優はいつから悪いやつになったんだ!?悪いやつに洗脳されたのか!?」
「残念ながら正気だよ」

言いながらも優さんは俺の頬を撫でているのが地味に恥ずかしい。

「それで、あと一つ何を言い残したかったの?」
「こんなこと言うべきでは無いのは俺でもわかる、だが死ぬ前に言っておかないと未練で成仏できないだろうから言っておく!俺はずっと優が好きだった!言わずに我慢できない俺をどうか許さずやっつけて欲しい…!」

今まであれだけ優さんのことを抱き締めておきながらまだ告白もしていなかったのかとびっくりする。というか、もう付き合っているんじゃないかと思っていたくらいだ。

「我慢できないくらい私のこと好きだったんだよね。嬉しいよ、ありがとう。でもごめんね、私、一目見たときから鉄虎くんのことが好きだったの」
「ひ、一目惚れ…ってやつッスか?」
「そうだよ。だから…千秋のものにはなれないよ。だけど、千秋のことも皆のことも、流星隊が好きだから、まだ皆のプロデューサーで居たいんだけど…ワガママかな?」

ユニット内で三角関係だなんて、大きな亀裂が入ってもおかしくないことだった。それなのに優さんも、俺も、隊長も、我慢できずに突っ走ってしまった。これでギクシャクしてしまったら、愚痴を溢してしまった俺のせいだ。

「俺のことを許して、まだプロデューサーで居てくれると言うのか…?」
「千秋がそれを許してくれるなら」
「許すも何も、俺はプロデューサーを辞めろなどと言っていないからな!悔しい思いもあるが、優には傍に居て、俺たちの行く末を見守っていてほしい!優が居てくれれば、俺も、南雲も、他の皆も、幸せだからな」

隊長は少し声を震わせていた。我慢できないくらい好きな人に振られたんだ。それでも涙を見せないのは、男らしくてかっこよかった。

「そうッスよ。俺らが流星隊である限り、優さんは流星隊のプロデューサーなんスから」
「…ありがとう。あと半年くらいで、私も千秋も奏汰も卒業だけど…プロデュース頑張るから、皆で、もっともっと輝いていこうね」

そう、あと半年しか、このメンバーで活動ができないんだ。大好きな皆と、最後までやりきりたい。

「…だから、その、鉄虎くんも、流星隊として活動している間はみんなと対等に扱うけど、ごめんね。活動に差し支え無い程度で、デートとかしよう」
「はっ、はい!喜んで!」
「くっ……すまない!今日だけはこの場から逃げ出すのを許してくれ!今の俺は、流星レッドではなく男子高校生守沢千秋だ…!」

隊長は騒ぎながらレッスン室を飛び出して行った。流れとはいえ俺のせいで、隊長を悲しませてしまった責任はあるから、またしても罪悪感に襲われた。

「…鉄虎くんごめん、千秋追いかけてもいい?鉄虎くんのことは大好きだけど、千秋も大事な親友なの」
「謝らなくてもいいッスよ。泣いている人がいたら駆けつけるのがヒーローの役目ッス。きっと優さんにしか、隊長を救うことはできないッスから」
「ありがとう。大好きだよ鉄虎くん、また明日ね」

そう言って優さんは、立ち上がるついでに俺の額にキスをして、レッスン室を出て隊長を探しに出てしまった。

「…南雲くん、顔真っ赤だよ」
「あの…とても申し上げにくいのでござるが、南雲殿、まだ優殿に好きと言えてないでござるよ…」
「…ほんとッス!!隊長に邪魔されて、優さんにも言われっぱなしッス!」

明日、朝一番で優さんに会いに行って、絶対に好きだと伝えるんだ。言われっぱなしでは男が廃る。いっぱいプロデュースしてもらって育ててもらって、可愛がってもらった分を、これからどんどん返していくつもりで、今度は俺が優さんを存分に愛して、可愛がってあげるんだ。