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私は鬼龍先輩が好きだ。
最初こそ怖かったものの、お裁縫のこととか教えてくれたり、お弁当作ってもらったり、いっぱいいっぱい優しくしてもらって、本当に、心の底から大好きだった。
「鬼龍先輩、今ラビッツの衣装を作ってるんですけど、ちょっと教えて欲しいところがあって…。すみません、貴重なお昼休みに」
「構わねぇよ。ただ、せっかく来てもらったけどよ、次は体育の授業なんだ。ゆっくりしてられねぇから、教えるのは放課後にしても大丈夫か?」
「いいんですか?ありがとうございます!私は大丈夫です!」
「なら放課後、教室まで迎えに行くわ」
鬼龍先輩は微笑んで私の頭を撫でてくれる。私が犬だったらちぎれるくらいに尻尾を振っていたことだろう。
「優!それ俺たちの衣装だよな?紅郎ちん、俺からもよろしく頼むよ」
「あぁ、いいってことよ」
私たちのやりとりに気付いた二兎先輩が駆け寄ってきたら、鬼龍先輩は私の頭を撫でるのをやめてしまった。鬼龍先輩の大きな手、好きだからもっと撫でていてほしかったな。
約束の放課後、ホームルームが終わっても席を立たずにそわそわと鬼龍先輩を待っていたら、嵐ちゃんが寄ってきた。
「誰かと待ち合わせ?」
「うん、鬼龍先輩が迎えに来てくれるの」
「あらぁ、だからそんなに嬉しそうなのね」
ふふふ、と笑われて顔が熱くなる。なんだか嵐ちゃんには全部バレているみたい。
「今日ね、このあとお裁縫教えてもらうの」
「ふぅん、ふたりっきりで?」
「…うん」
意識すればするほど恥ずかしい。あんなに楽しみだったのに、なんだか緊張してきてしまった。
「あら、王子様来たみたいよ」
嵐ちゃんのその一言で、ガタッと音を立てて立ち上がってしまった。扉の方に顔を向ければ、私が突然立ち上がったせいで鬼龍先輩はすぐ私に気が付いてくれた。ひらりと手を振る鬼龍先輩は世界一かっこよくて、私も手を挙げて返しておいた。
「デート楽しんできてね」
「また明日!ばいばい!」
デートとか言うから恥ずかしくて、つい大声で返してすぐに鬼龍先輩のもとへ向かった。
「すみません、お待たせしました」
「いや、俺こそ待たせてすまねぇな。教室出たとこでちょうど会った蓮巳の旦那にお小言並べられちまってさ」
話しながら私たちは自然と歩きだす。隣を歩く鬼龍先輩は少し見上げるくらい背が高くてかっこいい。足だって長いのに、私の歩幅に合わせて歩いてくれる優しいところが本当に好きだ。
「作業すんの、武道場でもいいか?あそこなら多分空いてるだろうし」
「どこでも大丈夫ですよ。鬼龍先輩の落ち着けるところで」
「じゃあ決まりだな」
2人で並んで廊下を歩くのも、卒業まであと何回あるのだろうか。今すぐ好きだと言って、ずっと一緒にいて欲しいと言ってしまいたい。けれどきっと、鬼龍先輩にとっての私なんてただの後輩で、妹とか思ってるかもしれない。寂しいなぁ。
武道場についてからは衣装を広げ、縫い方がわからないところを鬼龍先輩に手取り足取り教えてもらった。こういう頼りになるところが、本当に好き。
「…なぁ、優の嬢ちゃん」
「はい?なんでしょう」
わからないところだけでなく普通に縫製も手伝ってくれて、鬼龍先輩には感謝しかない。作業しながらもお喋りをしてくれて、鬼龍先輩への好きの気持ちがどんどん大きくなっていく。
「さっき教室で俺待ってる間、何喋ってたんだ?」
「えっ」
「…いや、言いにくいこともあるよな。忘れてくれ」
ビックリしてしまったら、鬼龍先輩が引いてしまった。あぁせっかく鬼龍先輩が私に興味を持ってくれたのに。
「別に…鬼龍先輩に言えないことなんてないですよ?私、やましいことしてないですもん」
「…そうか。…さっき迎えに行ったとき、嬢ちゃんの顔が赤かった気がしてな。熱でもあんのかとちょっと気になったんだが…今はそうでも無いしな。何だったのかと気になっちまって」
あぁ、あぁ、鬼龍先輩が、私のことを気にしてくれている。なんて嬉しいことだろう。
「ちょっと、照れちゃってただけ、です」
ふたりっきりとか、デートとか言われたせいで。思い出したらそういえば今、鬼龍先輩とふたりっきりだ。この空間に私たちしかいないなんて、改めて考えると幸せすぎる。
「…そうか。それはちょっと…寂しいな」
「へ?」
意味がわからなくて間抜けな声を出してしまう。鬼龍先輩の顔を見ても、鬼龍先輩は手元の衣装だけを見つめていて、真意がわからない。
「…嬢ちゃんにああいう顔させられんのは、俺だけかと思って自惚れてた」
待って待って、今何て言った?鬼龍先輩、自惚れてたって、そんな、私の気持ちばれてたの?自惚れさせてしまうほどに?
「悪い、困らせちまったな…。やっぱり忘れてくれ。嬢ちゃんを困らせる気はねぇんだ」
「わ、忘れられるわけ、ないじゃないですか…。鬼龍先輩、言うだけ言って逃げるの、ずるいです」
「…悪いな。あんまり言って、嬢ちゃんに避けられたくないからな」
「私が、鬼龍先輩のこと避けるわけないじゃないですか…!今までだって、避けたことないですよね?むしろ、もっと近付きたいくらいですよ…!」
私は何を言っているんだろう。これこそ鬼龍先輩を困らせてしまう。せっかく手伝ってくれているのに、手を止めさせてしまっている。
「なぁ嬢ちゃん、そういう言われ方をすると、勘違いして本気で受けとっちまいそうになる。撤回するなら今のうちだぞ」
少しうつ向いてしまっていたけど、顔を上げれば鬼龍先輩は真っ直ぐ私を見つめていた。鋭い視線に心が射抜かれる音がした。
「…勘違いじゃ、ないです。教室で照れちゃってたのだって、あれ、これから鬼龍先輩とふたりっきりだなって考えたら、緊張して…それで…デートだとか、思ったりもして…」
とんでもなく顔が熱い。自分が何を言っているのかもわからなくなってきて、なんだか泣きそうになってきた。
「わ、私が、こんな風になるの、いつだって、全部鬼龍先輩のせいですっ…だから、私…」
「…わかった、もういい」
私うるさかったかな。黙らされた気がして、きゅっと胸が苦しくなった。どうしていいかわからなくてうつ向いていたら、手元の衣装をどかされて、ぎゅっと体を抱き締められた。
「近付きたい、ってこういう意味で合ってるよな?」
「あ、合ってます…」
「俺も、ずっとこうしたかった。嬢ちゃんにばっかり喋らせちまってすまねぇな。俺にも喋らせちゃくれねぇか?」
「はい、何でも聞くので…何でも言ってほしいです」
「ありがとな」
大好きな鬼龍先輩の体温と匂いを感じ、嬉しくて涙が溢れてくる。
「単刀直入に言う。俺は嬢ちゃんのことが好きだ。いつからかはわからねぇが、気付いたら目で追うようになって、見れば見るほど、他の奴らに嫉妬してた。たまに照れてくれる嬢ちゃんが好きで、目の前にいても、他の奴の前でもそういう顔すんのかなって思って、ネガティブになってたくらいだ」
「き、鬼龍先輩でも…そんなこと、あるんですね」
「…俺は臆病だからな。だから、関係を壊したくなくて、ただの良い先輩の立場で甘んじてた。けどよ、こんな可愛く近付きたいなんておねだりされちゃ、我慢なんてできねぇよ」
腕の力が緩められ、顎をすくって顔を上げさせられた。
「な、泣いてんのか、すまねぇ」
「謝らないでください…嬉し泣き、なので」
「…嬉し泣き、か。…なぁ、嬢ちゃんの気持ちも、聞かせちゃくれねぇか?」
鬼龍先輩は優しく微笑んで、私の頬を伝う涙を親指で拭う。いつもとは違う、こんなに近くに鬼龍先輩がいて、私の気持ちを聞きたいと言ってくれている。こんなに嬉しいことがあっていいのだろうか。
「私…鬼龍先輩のこと、好きです。優しくて、かっこよくて、温かくて、ほんとに、すっごく大好きです…」
想いを伝えれば鬼龍先輩も嬉しそうに頬を染めて笑ってくれて、もう一度きつく抱き締められた。
「ありがとう、俺なんかのことを好きになってくれて」
「…俺なんか、とか言わないでくださいよう…。私にとっては、大好きで、大事な鬼龍先輩のこと、悪く言ったら嫌です」
「あぁ、すまねぇ…。嬢ちゃんに想われてるなんて、夢みたいでさ。まだ信じられねぇんだ」
嬉しそうな鬼龍先輩の声が心地よく響く。この世にこんなにも幸せなことがあったなんて。
「こんなに幸せなのに、夢にしたくないです。鬼龍先輩、大好きです。私と、付き合ってください、傍にいてください、ずっと、卒業しても、傍にいて欲しいです…」
言えば言うほど涙が溢れてきて、鬼龍先輩のシャツを濡らしてしまう。
「あぁ、約束する。大事にするから、傍にいてくれ」
鬼龍先輩が卒業してしまう前に、好きだと言えてよかった。鬼龍先輩が、私を好いてくれていて、本当によかった。
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