大好きな笑顔

最近なんだか千秋くんの様子がおかしい。いつでも明るくて元気でヒーローって感じの彼なのに、たまにその全てをどこかに忘れてきたのではないかと思えるほどの無表情になる。それがただ心配でならなかった。


「だから、心配なんだよね…どう思う?」
「それを僕に聞くのはどうかと思うがね」

後ろの席の宗くんに相談してみれば、冷たくそう返された。

「宗くんて冷たいよね。零くんに告げ口しちゃうもんね。零く〜ん、宗くんが構ってくれないよ〜う」
「馬鹿馬鹿しい…」

宗くんと零くんを繋ぐ糸電話に告げ口してみたけれど、タイミングが悪かったのか零くんから返事は返って来なかった。

「マドモアゼルはどう思う?私の思い違いかなぁ?」
『そんなに気になるなら千秋くんに聞いてみればいいと思うわ。アイドルの悩みを聞くのもプロデューサーのお仕事よね。そうでなくても、お友達なんだから、お話聞いてあげましょうよ』
「…それもそうだね。ありがとうねマドモアゼル、と宗くんも」
「ふんっ」

宗くんにもお礼を言って、私は少し離れた席の千秋くんに近付いた。

「千秋くん、調子悪いの?」

席に座って何かを考え込んでいる千秋くんに声をかけた。千秋くんはハッとして私を見上げ、そのまま数秒固まっていた。

「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ、今とても元気になったところだ!ありがとう優!抱き締めてやろう!」
「えっ、わっ、ちょっと!」

千秋くんは無邪気な笑顔をしたかと思うと立ち上がり、私をきつく抱き締めた。教室の真ん中で何をしてくれるんだこの人は。

「さすがプロデューサーだな、俺を一瞬で回復させてしまうとは!」
「わ、私何もしてないし…!」
「何もせずとも優が存在するだけで回復できたんだ、すごいことだな!」

ぎゅうぎゅうと絞められて、若干息苦しいし体も痛い。抱き締めてくるのはいつも通りと言えばいつも通りだけど、今日はなんだかいつもと違う。絡み方が濃くて、率直に言えばめんどくさい。苦しくて軽く千秋くんの背中を叩いていたら、その手を誰かに握られて、勢いよく引っ張られた。

「おわっ」

千秋くんが驚いて力が緩んだ隙に、私はそのまま引っ張られて千秋くんから開放され、今度は別の男の腕の中に収まった。

「女の子の嫌がることしたらダメでしょ?ねぇ優ちゃん?」

私を千秋くんから開放したのは薫くんだったけど、結局薫くんの腕の中に居るのでは意味がない。無言で抵抗したけど、薫くんの力もなかなかに強くてほどけなかった。

「羽風、優が嫌がっているから離してくれないか」
「それ君が言う?ていうか優ちゃん、無言で暴れられると俺も傷付くから何か言ってよね?」

ほんとに傷付いたのか、抱き締めるのはやめてくれた。

「私、フリーハグのサービスとかしてないので2人とも私との距離感考えてくれるかな」
「俺もダメだったのか!?」
「なんで自分だけ良いと思ったの…?」

千秋くんは割りと本気でびっくりしていたし、反省したのか少しへこんでいた。ごめん、薫くんがいる手前そう言うしかないんだよ。千秋くんに抱き締められるの、ほんとは嫌いじゃないよ。

「すまない…俺はいつも優に迷惑をかけたいたんだな」
「め、迷惑とまでは言わないけど」
「迷惑じゃないんだ?じゃあ良いじゃん、俺はいつでも優ちゃんと触れ合ってたいよ」

するりと肩に手を回してくる薫くんをぺしっと叩いて阻止してみる。薫くんは気を許すとすぐ触ってくるから警戒してしまう。

「…優」

千秋くんが力なく名前を呼ぶからそちらに顔を向ける。千秋くんは弱々しい表情で私を見たまま動かなくて、数秒間見つめ会う不思議な時間ができてしまった。

「え、何?今呼んだよね?呼んだだけ?」
「え?あ、すまない、見とれていた」
「は?」

薫くんと同じく間抜けな声を出しそうになったのをぐっと堪えた。見とれていたとはどういうことだろう。いつも真っ直ぐな千秋くんに、言葉以上の意味があるとは思えない。まさか本当に、私にただ見とれてぼーっとしていたのか。

「ちょっと、優ちゃんのこと俺の前で口説かないでくれる?」
「羽風の前だと何がいけないんだ…?」
「俺の優ちゃんなんだけど」
「そうなのか!?」

本気で驚く千秋くんに向かって首を横に振る。人の言葉を信じることはいいことだけど、騙されやすすぎないか。心配になってしまう。

「あーごめん、めんどくさくなってきた。千秋くんも薫くんも席につきましょう」
「優」
「なぁに?」
「もう一回名前を呼んでくれないか?」
「?千秋くん?」
「もう一回」
「千秋くん」

どうしたのだろう、やっぱり千秋くん様子がおかしい。いつも意味のわからない行動はするけれど、いつもと方向性の違う謎だ。

「ねぇ、千秋くん本当に大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。やっぱり不思議だ、優が俺を呼ぶだけでなんだか力が沸いてくる。今なら何でもできそうだ」

なんて、嬉しそうな笑顔で言ってくる。

「何それ?もりっち、優ちゃんのこと好きなの?」

すると薫くんが、茶化すように口を挟んできた。そういうの、高校三年生にもなって人前で言うやつじゃないでしょう。なんて叱ろうと思ったのだが、千秋くんは目を丸くして驚いたあと、ぱあっと笑顔を輝かせた。

「そうか、そういうことか!教えてくれてありがとう羽風!俺はずっと優のことが好きだったんだな!だからところ構わず抱き締めたくなってしまうし、愛らしくて見とれてしまうし、眩しくて直視できないときがあったんだな!もやもやが取れてとても清々しい気分だ!」

ははは!と嬉しそうに笑う千秋くんだが、その告白を教室で受けてしまった私はどうしたらいいんだろうか。なぜか私より薫くんが慌てているし、泉くんとかにはうざそうに睨まれるし。

「好きだぞ優!抱き締めてもいいだろうか?」
「だだだだめだよ!!」
「羽風には聞いていないのだが…。そうか、それなら優、俺の彼女になってくれないだろうか?そうしたら、抱き締めてもいいよな?それと、他の男に抱き締められていたら、正々堂々と文句を言っても許されるだろうか」

千秋くんの彼女に。こんな公衆の面前で恋に気付いて告白してくるような、鈍感な男と、お付き合い。

「…一つ聞いてもいい?」
「ああ、何でも聞いてくれ!優の知りたいことなら何でも話すぞ!」
「…最近ずっと、考え事してたり、元気が無かったりしたのは、私のせい?」

千秋くんはきょとんとしたあと、少し考えてから柔らかい笑みを浮かべた。

「そうだな、そういえば最近、ずっと優のことを考えていた気がする。それより……優は、そんなに俺のことを気にかけてくれていたんだな。心配してくれてありがとう。大好きだぞ」

嬉しそうに微笑み、頬を染めてそんなことを言うものだから、私までつられて頬が熱くなる。千秋くんの彼女になら、なってもいいかもしれない。というか、なりたいかもしれない。こんなに真っ直ぐに愛してくれるんだから。

「こんなところで告白してしまってすまない。好きだと気付いたら我慢できなくなってしまった。ゆっくり考えてみて欲しい。待ってるから」
「…うん」
「ただ…、俺には夢がある。可愛い彼女にお弁当を作ってもらいたいんだ。できれば、卒業するまでに実現してくれると、俺はとても嬉しいぞ」
「うん…わかった」

返事をしたら、肩を掴んで揺さぶられた。

「わかったじゃないでしょ優ちゃん!目を覚まして!ほんとに!?もりっちなんかの彼女になるの!?俺じゃなくて!?」
「…薫くんより千秋くんがいい」

冷静じゃない頭で考えたことを口にすれば、薫くんの手が止まった。あぁ、脳震盪になるかと思った。

「え?もうこうなったら先に手出した方の勝ちじゃない…?」

薫くんは据わった目をして私に顔を近付けてきた。しかし千秋くんが私の腕を引いてくれてそれは未遂で終わってくれた。

「すまん羽風。お前に優は渡したくない」

千秋くんはそう言うと顔を近付けてきた。思わず目を瞑ったけど、柔らかい感触は額に触れた。

「もりっち…!」
「すまん、優。…嫌だったか?」

嫌じゃない。千秋くんに触られるのも抱き締められるののもキスされるのも、全部全部、嫌じゃない。千秋くんのことを嫌だなんて思ったことは一度もない。
首を横に振れば、千秋くんは安心したように笑ってくれた。私にだけ見せてくれる、ヒーローではなく私の彼氏としての千秋くんの笑顔を、私が独り占めにしても許されるだろうか。