麗しき君


今この学園にはプロデューサーが2人存在する。1人は2年生のあんずちゃん。1人は3年生のこの私だ。
そんな私の最近の悩みは、アイドルに惚れてしまいそうで怖い…というものだ。顔の良い、そして性格の良い、実力もあるアイドルたちに囲まれて、ドキドキしないわけがない。もちろん私はプロデューサーの立場であるため、そんなもの表に微塵も出さないように気を付けているし、全員なるべく平等に相手しているつもりである。

「優」

学校に着き教室に向かう途中で、1人の男に話しかけられた。声で誰だか分かっているので、普通に振り向いて「おはよう」と挨拶した。

「おはよう。髪の毛が乱れているよ」

開口一番に見た目を指摘してくるのは同じクラスの麗しき宗くん。指摘してくるだけでなく、その麗しい指で私の髪に指を通し、乱れているらしい箇所を直してくれる。美しいアイドルにそんなことされて、朝から心臓が口から飛び出しそうになるが、グッとこらえた。

「最近風強いからね。直してくれてありがとう」
「君はせっかく美しいのだから、見た目を気にしたまえ。勿体ないよ。…手を出して」
「へ?あ、はい?」

流れるように美しいだとか言ってくるのは本当にどうにかしてほしい。私は宗くんに美しいと言ってもらえるほどの美貌を持っているとは全然思えないのだから。
言われた通りに手を出せば、宗くんの大事なマドモアゼルを預けられた。

「リボンも曲がっているよ。鏡も見ずに家を出たのかね?」
「う…うん、急げばいつもの電車乗れそうだったから、急いでて…」
「それなら玄関に鏡を置くべきだね。急いでいても身だしなみの確認くらい一瞬でできるだろう」

私の身だしなみを正すために、マドモアゼルを私に預けたようだ。宗くんは私のリボンを真っ直ぐに直して襟元も何やら正してくれたて、それをされている間、目のやり場に困ってマドモアゼルを見つめるしかなかった。

「ごめんね、ありがとう」
「礼を言われるのは理解できるが、謝られる理由は無いのだよ」

宗くんはマドモアゼルを受けとるとまた歩き始めた。教室まで宗くんの隣を歩くなんて、緊張する。

「優?どうかしたのかね」
「な、なんでもない」

落ち着くために立ち止まって深呼吸していたら、宗くんも立ち止まって振り向いた。深呼吸は失敗したけど、怪しまれないように私も宗くんの隣を歩きだした。
あんずちゃんのことは小娘とか呼ぶのに、なんで私のことは名前で呼んでくれるんだ。

「宗くん今日は朝から来てるけど、授業出るの?」
「いや、衣装作りが終わらなくてね。今日は部室にこもる」
「…昨日も結構やってたのに、そんなにいっぱいあるの?」
「演劇部に頼まれた衣装と僕たちが着る人形屋敷の衣装だけだ。当日までには出来上がるさ」

当日まで毎日こもって衣装作りをするつもりなのだろうか。宗くんの体力でそんなに頑張ったら絶対に体を壊しそうだ。

「私も、手伝ってもいい…?」
「構わないけれど…君には君の仕事があるだろう?Valkyrieの専属プロデューサーという訳ではないのだから、そこまで気にして貰わなくても大丈夫だよ」
「迷惑ならやめておく。迷惑じゃないのなら、手伝う」

宗くんは物事をはっきり言える人だ。人に勘違いされるくらいには。だからこそ、はっきりとした返答が聞きたくて、私もはっきりと言いきった。
しばらく私を見つめて考えた宗くんは、眉尻を下げてため息をついた。

「授業はどうするつもりかね?」
「宗くんが出ないなら出ない。普段真面目に出てるから、1日くらい大丈夫でしょ。それより宗くんの出席日数の方が心配だけどね」
「僕はアイドル活動で補うから問題無いのだよ。たまにしかサボれない貴重な1日を僕の手伝いに使うのはどうかと思うがね」
「アイドル支えるのがプロデューサーのお仕事なので。宗くんの助けになるならお安いご用だよ」

迷惑だと言われなくてよかった。なるべく力になって、宗くんが倒れないようにしないと。まぁ、私が心配するまでもなく宗くんも体力をつけていたりするかもしれないけど。でも、心配なものは心配だ。

手芸部の部室につくと、宗くんはマドモアゼルをソファに座らせて、奥から作りかけの衣装やらデザイン画、型紙を持ってきた。

「なんか…いっぱいあるね」
「着る人数が多いからね。放課後には青葉も来ると言っていたから、奴以外の衣装を頼もうか」
「うん、任せて」

手伝うのは全然問題無いのだが、よく考えたら朝からずっと宗くんと2人きりになるということか。みかくんも授業には出るだろうし、もしかしたら校内アルバイトでもしていればここに来るのは遅いだろう。

「宗くん、いつも授業さぼってるとき1人でこうやって裁縫してたりするんだよね。こんなに大変なら、いつも頼ってくれればいいのに」
「いつも頼っていたら君は出席日数が足りなくて留年か、ひどければ退学になるだろうね」
「土日とかあるじゃん。授業さぼらなくてもできるよ?」
「君には君の予定があるだろう」
「宗くんが頼ってきたらびっくりして他の予定蹴って駆けつけちゃうかも」

実際、土日もアイドルたちのことを考えてレッスン内容練ったりとか、差し入れ考えたりとか、手芸品の買い出しに行ったりとかで遊んだりしているわけではない。1人で構想しているだけの時間なので、呼ばれればいつだって駆けつけられる。

「それなら今週の土曜日も、手伝ってくれないだろうか」
「へっ!?あ、いいよ、もちろんだよ」

そんなに素直にお願いしてくるとは思わなくてびっくりした。

「正直、長時間こもって作業をするとさすがに疲れてしまうからね。時間も忘れて没頭してしまうし、時間の管理をして欲しい」
「ご飯食べずに無理するってみかくん嘆いてたからねぇ」
「異物を取り込まずに生きられる体が欲しいものだね」

うちの近所のパン屋さんのクロワッサンが美味しかったから、土曜日はそれを持ってきてあげようかな。男子高校生のお昼ご飯としては足りなさそうで心配だけど、宗くんあんまり食べてくれないからなぁ。
ていうか、土曜日も2人きりっていうことかな。宗くんには何の深い意味も無さそうだけど、ただ緊張する。休日にわざわざ美しい男の子と2人きりになるなんて。私の精神はもつだろうか。

他愛のない話をしながら作業をしていたら、そこそこ時間がたつのも早く、時間が経った分、衣装も少しずつ出来上がってきた。


「君が居ると作業が捗るよ、助かる」

急にそんなことを言われて、呼吸を失敗して息が止まりそうになった。教室とかで普段つんけんしている分、素直なことを言われるとびっくりしてしまう。というか、私に対して素直すぎて本当にびびる。鬼龍くんやみかくんにもこのくらい素直に可愛いことを言えばいいのに。

「力になれてるみたいで何よりです」
「何より目の保養になる。存在するだけで価値のある人間はなかなかいないよ」
「…そ、それは、どうも」

目の保養って何?それはむしろ私の台詞だし、目の保養にされるほど見られていたのかと思うと恥ずかしすぎる。手元ばかり見ていたから宗くんの視線なんて気にしていなかった。

「…影片にはまだ言っていないのだけれど、僕は卒業したら海外に行こうと思う」
「へっ!?そうなの!?」
「そう驚くことかね?」

宗くんは自分の芸術を広く世界に伝えたいのだと言う。宗くんならできるだろうと、思えてしまうほどに宗くんに不安は無さそうだった。

「君は、卒業後の進路は決まっているのかね?」
「…まだ、決まってない。プロデューサーとしてやっていけるなら自分の力を試したいし、でも、まだプロデューサーになってから1年も経ってない私なんかの力を、プロが欲しがってくれるとは思えないし…。進路のこと、もっと考えなきゃって解ってるんだけど、自信が無くて…」

いろんな事務所へ就活しに行く道はもちろんある。特化した力があれば、デザイナーだとか作曲家だとか、そういう道に進むこともできる。けれど私は全てにおいて自信が無いから、何も決められずにいた。

「それなら、僕についてきてくれないか」
「…え?どこに?」
「今話したばかりだろう、海外へ行くと」
「…宗くんについて、一緒に…海外に?私が…?」
「そう言ったつもりだけれど、伝わっていないのかね?」

この人は何を言っているんだ。私がついていって何になる。何の得がある。私なんてただの、お荷物じゃないか。

「僕のプロデュースは僕がやるけれど、名目上はプロデューサーとしてね。さすがに1人で活動をしていると限界があるだろうし、君の手を借りたい時が出てくるだろう、今みたいに。君が日本に居ては呼ぶのにも一苦労だから、手の届く所に居てくれるとありがたい」

それは、今思い付いたことなのだろうか。それとも、前々から考えていたことなのだろうか。私は、宗くんの中で、そんなにも大きな存在として認めて貰えていたというのだろうか。

「どうせ活動をするのなら、新たに出会う仕事仲間よりも、僕の理解者に傍にいて欲しい」
「…ほんとに、私でいいの?」
「私で、という言葉を肯定すると語弊が生まれるね。君で良いのではなく、君が良いのだよ、優」

優しく微笑んでそう言われ、なぜか涙が溢れそうになった。Valkyrieのただのファンでしかなかった私が、プロデューサーになって、宗くんに認められ、私の力を欲してもらえるだなんて。

「もちろん、これはただの僕の我が儘だから、迷惑なら断ってくれたまえ。だが、来てくれるというのなら、きちんと君を養うよ」

そんなプロポーズ紛いのことを言われて、動揺しないわけがない。自信が無くて動けない私を有効活用してくれると言うのだ。嬉しくないわけがない。これからの人生の大事な相棒に、私を誘ってくれているんだ。

「そ…それは、宗くんの元に、永久就職、みたいな、あれなのかな」

動揺してひどいことを口走った気がするし、何より顔が熱い。

「そうだね、君が逃げさえしなければ、ずっと手元に置いておきたいよ」
「そっかぁ…」
「手離すつもりは無いからね、ゆっくり考えてくれたまえ。まぁ、暢気に考えていたら選択肢も減って、僕と共に来る以外の選択肢は消えているかもしれないがね」

楽しそうに話しているけど、宗くんはどういうつもりなんだ。照れているのが私だけなんて、私だけがおかしいみたいじゃないか。

「その愛らしく真っ赤に染まった顔を見た限りでは断るとは思えないから、期待して待っているとしようじゃないか」
「…愛らしいとか、軽々しく言うのどうかと思うよ、ほんとに」
「おや、僕が軽い気持ちで愛だ何だと喚いていると思っているのなら心外だね。僕は美しいものにしか美しいと言わないし、愛するものにしか愛していると言わないよ」

そんなことは知っている。今までの言動を見ていればわかる。ただ、自信の無い私を美しいだの愛らしいだのと褒めるから、半信半疑だっただけだ。

「それを踏まえた上で改めて言おうか。僕はこの先の人生を、君と過ごしたいと考えているよ、優」

あの宗くんに、そこまでのことを言ってもらえるなんて。好きだから付き合おう、なんて普通の恋愛を夢見ていたけれど、そんな平凡な夢よりも遥かに、宗くんの誘いの方が素敵に思えた。

「僕が世界で成功するまで寄り添ってくれていたのなら、君に純白のドレスを作ろうか」
「…宗くん、私のこと大好きじゃん…」
「そんな凡俗な言葉で僕の気持ちを表しきれるとは思えないけどね。表して欲しいならどうにか言い表してみせようか?」
「…いいよもう、キャパオーバーだよ、続きは明日にしようよ」
「…そうだね。そんないっぱいいっぱいの様子で僕の言葉を聞き逃されたら堪らないしね」

宗くんは私を連れていってもきっと、というよりも絶対に、アイドル活動に専念して、宗くんの芸術を世界に知らしめていくのだろう。夢に見るような甘い男女のそれなど無しに、ただ純粋に宗くんを支える生活になるのも目に見える。それでも、そうだとしても、私は宗くんの力になって、支えてあげたい。できることなら、なんでもしたい。

「優、手が止まっているよ」
「…宗くんのせいで手が震える」
「…それはすまないね。隣へおいで」

今でも、宗くんと向かい合っていて真っ赤な顔を見られて死にそうなほど恥ずかしいのに、宗くんの隣なんて。これ以上近付いたら心臓が爆発するんじゃないかと思ったけど、宗くんのせっかくのお誘いを断りたくなんかなくて、よろよろと立ち上がって宗くんの隣の椅子へと移動した。

「聞き分けの良い子は嫌いじゃないよ。ほら、手をお出し。今は僕たち以外誰も居ないからね、君の震えが止まるまで休憩としようか」

言われた通りに手を出せば、優しく包み込むように手を握られた。今までこんなにも意識して宗くんと触れ合ったことが無かったから、異常なほどに緊張した。

「…宗くんがこんなに積極的だなんて知らなかった」
「君しか知らない姿なのだよ、光栄に思いたまえ」

そりゃもうめちゃくちゃ光栄ですよ。余裕が無さすぎて宗くんの手を握り返すことすらできないけれど、宗くんはこれから私とずっと一緒に居たいと言ってくれているのだ。ゆっくり慣れて、私からも宗くんに返していけるようになりたいな。