溢れるほどの愛を


私の青春は終わってしまった。プロデューサーとして過ごしたこの1年間、本当に楽しくて遣り甲斐もあって、最高としか言いようがなかった。ただ一つ心残りになってしまったのは、私の行き場のない恋心だった。相手はアイドルで私はプロデューサー。そして、先輩と後輩。私が触れるにはあまりにも遠すぎて、手が延ばせないまま先輩は卒業をしてしまった。

「優、最近なんだか無理をしてないか?」

出来上がった演劇部の衣装を北斗くんに届けに行ったとき、顔を見るなりそう言われてしまった。え、何が?とでも返せれば良かったのだが、否定できなくて固まってしまった。

「あの部長が居たときは振り回されて無理をしていたのは知っているが、今は優を振り回す奴はいないだろう。厄介者の相手をする時間が無くなったとは言え、その分仕事を増やしていたら体も休まらないぞ」
「…その通り、なんだけどさ」

プロデューサー科が本格的に出来上がり、私がいろんなユニットをプロデュースする機会はとても少なくなってしまった。それに合わせて、無茶苦茶な日々樹先輩が居なくなったことにより、私の学園生活から忙しさがぐっと減った。その喪失感に不安を覚えてしまったせいで、校内アルバイトをしまくって、使い道もわからないほどに稼いでいた。

「動いてないと落ち着かなくて…。平凡な日常に流されてたら、他のプロデューサーたちに追い抜かれそうで怖いの」
「あいつに驚かされまくる日々なんか送っていたからそう思うだけじゃないのか?優はどのプロデューサーよりも俺たちのことをわかってくれているからな、心配せずとも大丈夫だ」
「…ありがとう」

それでも、不安だった。驚きと愛に満ち溢れていた私の学園生活は、日々樹先輩の卒業により、ただの平凡な日常になっていた。大好きな日々樹先輩に可愛がられて、私を驚かせるために試行錯誤してくれていたあの日々を思い出すと、寂しくて泣きそうになる。

「これ、次の北斗くんの衣装。友也くんのドレスはもうちょっと時間かかるけど、今週中には渡せるようにがんばるね」
「あぁ、いつもありがとう。着てみるから少し待っていてくれ」

日々樹先輩がいなくなってから、お姫様に困るようになり、女装をしたことのある友也くんがお姫様をやるようになった。日々樹先輩の無茶振りもなくやるお姫様役は普通に様になっていて、日々樹先輩に鍛えられた甲斐があったようだ。
私の作った王子様衣装はサイズぴったりだったようで、北斗くんも嬉しそうにしてくれた。今までは日々樹先輩の衣装も作っていたのに、それが無くなったのはやっぱり寂しい。
北斗くんにさよならして、なんだか一人でゆっくりしたくなったので屋上へと上がった。よくここでさぼっていた羽風先輩の姿も無いし、先輩たちが抜けた寂しさは募るばかりだ。
今日はレッスンも何も無いし、気が済むまで屋上に居座るつもりでベンチに寝転がった。

「寂しい…」

プロデューサー科ができたおかげで、私はアイドルの皆と同じ教室で授業を受けることもできなくなったし、物理的に距離ができた。皆が遠くて、悲しい。
太陽が眩しくて目を瞑っていたのだけど、ふと暗くなって影がさした。空は快晴だったから雲では無いし何だろうと思い目を開けると、

「おはようございます優さん!」
「うわぁ!!ひっ、日々樹先輩!?」
「そうです!あなたの日々樹渉です…☆」

満面の笑みを浮かべた日々樹先輩が、太陽を遮るようにベンチに手をついて私を見下ろしていた。

「な、なんでここに!?」
「なんではこっちの台詞ですよ?いつでも連絡してくださいって言っておいたのに、連絡もくれないし会いにきてもくれないし、寂しかったんですからね?耐えられなくて私の方から会いに来てしまいました!」

そりゃあたしかに連絡してとは言われたけど、そんなのただの社交辞令で、ほんとに連絡しても許されるなんて思っていなかった。私は日々樹先輩が大好きだったけど、日々樹先輩からしたら私なんて、ただの後輩の中の一人だと思っているんだから。

「…日々樹先輩、会いたかったです」

そんな大好きな先輩が、寂しくて会いに来たと言ってくれている。どこまで本当なのかわからないけど、それでも嬉しくて、視界がぼやけた。

「おやおや、泣かないでください。会えて嬉しいなら思いっきり笑いましょう!私は笑顔の優さんが好きですよ」
「うっ、うぅ…私も、日々樹先輩の笑顔大好きです…。もう、何ヵ月も先輩に会えなくて、喋れなくて、顔も合わせられなくて、すごい寂しかったです…」
「それはすみません、でも私も優さんから会いたいって連絡がくるの楽しみに待ってたんですよ。私に一番懐いてくれていた優さんから音沙汰がなくて、私はどの後輩からも慕われていなかったのかと不安な日々を過ごしてしまいました」

日々樹先輩の大きな手が、あやすように私の頭を撫でてくれる。久々の感覚に胸が締め付けられて、余計に泣けた。

「私…日々樹先輩のこと、好きです…。先輩が居ないと、毎日何か足りなくて、寂しくて…、もっと、同じ時間を過ごしたかった…」

せっかく会いに来てくれた先輩の前で泣いて、困らせるようなことを言ってしまう自分に嫌気がさす。それでも、今言わないと一生会えずに言えないまま終わってしまう気がして、我慢できなかった。

「Amazing!まさか優さんから愛の言葉を聞かせていただけるなんて…!ほら、泣いている場合ではありませんよ、泣いていたら私の与える驚きを見逃してしまいますよ!」

ハンカチのようなもので目元を拭われて、手短に涙をとめられる。少し視界がクリアになって、怖かったけど日々樹先輩の顔を見てみれば、珍しく頬を染めて優しく頬笑んでいた。

「やっとこちらを見てくれましたね。私も優さんのことが好きですよ、愛しています。だから今日は、それを伝えたくて会いに来たんです」
「嘘…」
「こんなにも会えなくなるなら卒業式の時にでも伝えておくべきでしたね。ほら優さん、起きてください、嘘かどうか、その耳に聞かせてあげますよ」

日々樹先輩は私の肩を支えて体を起こさせて、その勢いのまま私を腕に閉じ込めた。ぴったりとくっついた先輩の胸の鼓動が、異常なまでに速くなっているのを聞かされてしまった。

「貴方に好きだと言われて驚いてしまいました。私たち、両想いってことでいいんですよね?」
「日々樹先輩が私を好きなら、そういうことになりますよね…」

先輩の鼓動と声が間近で聞こえる状況が信じられなくて、私まで鼓動がうるさくなってきた。

「優さん」

先輩は私を抱き締める力を緩め、顔を見合わせた。薄く染まった頬と微笑みが美しくて、また泣いてしまいそうになる。

「迎えに来るのが遅くなってすみません。私とお付き合いをしてくれませんか?」
「私こそ、連絡できなくてすみません。私でよければ、よろしくお願いします…!」

答えるとまたぎゅう、と抱き締められて、愛しそうに頭に頬擦りされた。

「いいんです、空白の数ヵ月なんてこれからの愛で埋めてしまえばいいんですからね!優さんが会いたいと言ってくれればものの数秒で会いにいきますよ!」
「わ…、私だけじゃなくて、日々樹先輩にも、会いたいって…言ってほしいですけどね」
「ふふふ、私は毎日優さんのことを考えて過ごしていたので、毎日でも毎時間でも会いたくて鬱陶しがられてしまいますよ」
「…私だって、毎日日々樹先輩のことを想ってましたよ」

毎日寂しくて、毎日日々樹先輩のことを考えて、付き合ってもいなかったくせに未練に押し潰されそうだった。そのくらい、日々樹先輩が好きだ。

「…仕事で忙しくても、毎日連絡させてもらいますね。私も優さんも、寂しくならないように」

日々樹先輩はふふふと笑って何も無い手のひらから薔薇を生み出した。

「毎日、笑顔にさせてみせますからね」

にこにこしながら何個もぽんぽんと薔薇を出してきて、私の膝の上には薔薇の山ができてしまった。

「先輩が居てくれるなら、いつだって笑顔になっちゃいますよ」

薔薇で表された先輩の愛の量が嬉しくて、私は笑顔で日々樹先輩に抱きついた。先輩はすぐに私を抱き締め返してくれて、胸が温かくなった。

「これからはずーっと愛で満ち溢れた毎日にしていきましょうね!」
「もちろんですよ、私はずーっと先輩のこと大好きでいる自信があるので」
「Amazing!愛する人にそうまで言ってもらえるだなんて、私はなんて幸せ者なんでしょう…☆」

大好きな先輩が嬉しそうに喜んでくれて、私も幸せだった。未練たらたらで先輩のことを大好きなままで本当によかった。