恋人未満

「副隊長〜お腹空いた!そろそろおやつの時間だと思うんだけど!」
「さっき昼飯食ったばっかだろ」
「昼飯とおやつは別なの!」

うちの隊の頭の弱い七席。話していると内容が草鹿とそんなに変わらないように思えるくらいには子供っぽいやつだ。

「これ終わったら腹一杯甘いもの食わしてやるよ」
「ほんと!言ったね?約束だよ?」
「だから黙って仕事しろ」

そろそろ次号の瀞霊挺通信を仕上げなければいけないというのに、まだ全然纏まっていない。
うるさいこいつを手伝わせるのは嫌だったが、今回ばかりは仕方がない。

「あれっ?ここ、字間違ってるよ?あとここも文章おかしいよ?まさか副隊長このまま製本するつもりだったの?」
「あ?どこが……、…本当だ」

馬鹿なのは普段の言動だけで、こういう細かいとこに気付いたりとか、頭脳で言えばもしかしたら俺よりも上かもしれないというのがこいつの最大の謎だ。頭は良いのになぜこんなにも馬鹿っぽいのか。性格のせいだろうか。

「あっ。これページの順番おかしいよ?って、なんか1ページ足りないよ?原稿ちゃんと回収した?あ、これ印刷薄くて読めないよ。これじゃみんな満足しないよ。あ、あと、」
「ちょ、ちょっと待て」

俺が誤字と文章を直している間に横島はどんどんミスを見つけていく。

「わかったから、そうだな。間違い見つけたら直すとこまでやってくれ」
「でもこれ副隊長のミスだし…。私が勝手に修正したら副隊長の考えと違う感じになっちゃうかもよ?」
「今はそんなこと言ってられるほど時間ねぇんだって」
「副隊長はいつも自分のやったことには責任持てって言ってくる人なんだけど。実はあなた副隊長の偽物なんじゃないの!?」

急いでんのになんでこんなに馬鹿な発言で時間を削られなきゃいけないんだ、ばか。

「いいか、お前はまだ七席だけど充分なくらい頭は良いし実力はある!俺はたった今お前を俺の右腕として認めた!だからお前のミスは全力で俺がカバーする!そしてお前は俺のミスをカバーしてくれ!お互いに支え合おうじゃないか!」

肩に手を置いて力説してみた。そしたら横島は馬鹿だから目を輝かせた。

「わかった!副隊長がそこまで言うなら私頑張っちゃう!副隊長の右腕として!」
「おう、その意気だ!」

そこまで横島のテンションを上げさせて、再び編集にとりかかる。
横島はやる気になったのか、長い髪をポニーテールにして纏めていた。普段下ろしているから珍しくて、ちょっと可愛いと思ってしまった。



横島のおかげで今日中に作業は終了した。
俺は横島の予想以上の仕事っぷりに感謝してテンションが上がり、くそ高いケーキを数種類買いに行ってやった。もちろん自分も食べたいので相当な量になってしまったが。

ケーキを持って編集室に戻っても、そこに横島の姿がなかった。せっかく買ってきてやったのに。
隊舎内を無駄に歩き回って、副官室に行ってみると、そこにはソファの上で小さく寝転がっている横島の姿があった。

「おい、横島」

ケーキを机の上に置いて横島の前で屈む。すやすやと気持ち良さそうに眠っていた。あれだけ頑張ったんだから当たり前か。
お礼の気持ちをこめて頭を撫でてやっていたら、目を覚ました。

「あ、副隊長〜」

嬉しそうな笑顔で起き上がったくせに、ハッとして機嫌の悪そうな顔をした。

「どこ行ってたの!私ずーっと待ってたんだけど!」
「悪い悪い。ご褒美のケーキ買いに行ってたんだ」
「…なんで一人で行っちゃうかな〜。副隊長と二人でお店まで食べに行けると思って頑張ったのにー」
「どこで食っても同じだろ?」

横島は頬を膨らませる。何が不満なんだよ。

「ほら、食おうぜ」
「…副隊長、腹一杯甘いもの食わしてやる、って言ったよね」
「言ったけど、何だよ」

箱を開けケーキを取り出して、横島の隣に座った。甘いにおいで余計に腹が減ってきた。

「なので私に食わせてください。あーん」

横島は意味不明なことを言い口を開けた。そんなつもりで食わしてやるって言った訳じゃないんだが。おごってやるって意味だったんだが。

「お前は俺の右腕だろ。だからお前は自分で食っても俺の右腕から食わせてもらったのと変わらないということになる。要するに、自分で食え」
「副隊長の馬鹿!」

横島は俺からフォークを奪い取った。なぜか二本とも。

「私は副隊長の右腕だよ。だから私は右腕らしく副隊長にケーキを食べさせるよ。あーんして」
「ちょっと待ておかしいだろ」
「おかしくないけど!」
「いや、おかしい!主にお前の頭が!」

こいつは何が気に入らなくてこんなに鬱陶しいんだ。

「だってだって、私副隊長とデートするつもりだったのに勝手に買ってきちゃうし!食べさせてやるって言ったくせにあーんしてくれないし!副隊長私のこと嫌いなの!?」
「はぁ!?デートっておま、は?つか、 なんで嫌いとかそういう話になるんだよ!」
「だって私副隊長のこと大好きだもん!だからいっぱいわくわくしてたのに副隊長ったら全部裏切っちゃうんだもん!」

大好き!?こいつそんな風に…って、でもこいつ賢いだけで考え方は子供だから、好きって言ってもそういう意味じゃ

「私、副隊長が思ってるほど子供じゃないんだからね!」

横島は勢いよく抱きついてきた。ケーキとは違う、女の子特有の甘いにおいに包まれた。

「私は副隊長が好き。性的に好き。副隊長も私のこと好きって言ってくれたら私これからも編集のお仕事手伝ってあげるし何でもしてあげる」
「お、おい」
「それに私のことも…副隊長の好きにしていいよ」

横島は抱きつく力をどんどん強めていく。体が密着して、普段の横島からは想像できないほどでかくて柔らかいものが横島の華奢な体についていることに気が付いた。好きにしていいってことはこれも俺のものになるんだよな、とかゲスなことを考えてしまう。

「…答えてくれないならもういいもん、ばか」

横島は俺から離れて、ケーキを食べ始めた。やけ食いという言葉を現すかのようにすごい速さで食べていたから、それをやめさせるために横島の右腕を掴んだ。

「何するの!」
「…俺のこと好きって、本気なのか」
「私嘘なんかつかないんだけど?」

それもそうだ。今まで馬鹿なくらい素直だったしここまでしておいて嘘なわけがない。

「俺、今までお前のこと賢い子供としか思ってなかったけど、 そんな俺でもいいか?」
「え、じゃあやだ。」

なぜかきっぱりと断られた。

「なんでだ!」
「私のこと好きじゃない人のために頑張ったり何でもしてあげたりする訳ないでしょ!馬鹿なの?」

横島に馬鹿なんて言われると思わなかった。けどごもっともだ。

「そのうち副隊長から私のこと好きって言わせてみせるんだから待っててよね!」

と、子供らしい笑顔で言ってきた。

「それまで私のボンキュボンは触らせないんだから」
「べ、べつにそれが目当てなわけじゃ」
「ちょーっと見せるくらいはしちゃうけど」

少し襟を開いてチラッと谷間を見せて来やがった。どうやらこいつは性格が子供で童顔なだけだったらしい。

「そういうことすると襲うぞ馬鹿」
「副隊長にならべつにかまわないよ」

横島は楽しそうに笑って、またケーキを食べはじめた。
あんまりそういうことばっかり言われると理性を保てなくなりそうだ。

「副隊長も食べなよ。ほら、あーん」

と、口の前にケーキを乗せたフォークの先が差し出され、俺は迷わず食らいついた。

「私、好きな人とは間接じゃなくて直接ちゅーしたいんだけどね」

チラッとこっちを見ながら、今俺がくわえたフォークでケーキを食べた。意識したら横島の行動がいちいち可愛く見えてきて、勢いで横島を抱き寄せてしまった。

「なぁに?ちゅーしてくれるの?」

横島は俺の方に顔を向けて目を瞑りやがった。このまま思い通りになってやるのも悔しくて、口ではなく額にしてやった。そしたら不満だったのか頬を膨らませた。

「意地悪!」
「悔しかったら惚れさせてみろよ」
「うー…、ばか!副隊長のことなんか、大好き!!」

暴言でも吐かれるかと思ったのに再度告白されて苦しいくらいに抱き付かれた。こういう中途半端な関係も悪くないなぁ、と思いながら横島を抱き締め、匂いと感触を味わうのだった。