毒蛇出没注意


高校を卒業してから毎日ESでプロデューサーとして働いているのだが、この仕事には土日という概念が無いようなものだった。土日でも仕事の話は舞い込んでくるし、打ち合わせだってあったりする。きちんと二連休が取れたのは何週間前のことだっただろう。

「疲れた…」

表舞台に立つアイドルたちの方が忙しくて精神削って生きているのだろうとは思うのだが、それを管理する私もさすがに体力が足りないし脳みそも三個くらい足りない気がしていた。影分身の術でも使えたらもっと効率よく働けるのかな。
誰にも見られていないのを確認して庭園のベンチに深く腰かける。創くんがお世話してくれているお花たちの香りに包まれて、香りに集中しようと思って目をつぶれば、もうそこからの記憶は飛んでいた。


……



「やば、寝ちゃった…」

昼間の暖かい日差しを浴びていたのに、気が付くと空は鮮やかなオレンジ色に染まっていた。寝たおかげで頭はすっきりしたけど、午後に予定は無かったかと焦って血の気が引いた。急いで予定表を確認すれば、17時からコズプロ会議の予定があった。それまであと30分しかなくて、慌てて建物に入ってエレベーターに駆け込んだ。
コズプロの階に着けば、時間にうるさい茨くんの姿がまだあったのでほっとした。

「お疲れさまです〜」

ちょっと早いけど来ちゃいました、みたいな余裕オーラを醸しながら挨拶をすれば、みんなもいつも通りに挨拶してくれるし私のさぼり居眠りは勘づかれなかったようだ。

「あれ?優ちゃんが三つ編みなんて珍しいね?fineのすちゃらかな彼とお揃いなんて、恐ろしく趣味が悪いね!」
「へ?」

日和くんによくわからないことを言われて混乱する。渉くんと私が何?お揃い?
ふと自分の肩に流れる髪の毛に視線をそらせば、結んだ覚えの無い三つ編みが垂れ下がっていた。いつの間にこんなものが。

「たまには、気分転換にイメチェンしよっかなって思ったの」
「うーん、それなら思いきってポニーテールにでもした方が可愛いね!」
「そ、そうかな?じゃあ明日はそうしてみようかな」
「うんうん!僕の言うことに間違いはないからね!」

気が付いたら三つ編みができていた、なんて本当のことを言ったら居眠りがバレると思って言えなかった。なんとか隠し通せたのでいい日和。

「別に三つ編み似合ってると思いますけどねぇ?おひぃさんが言ったからって、髪型くらい自分の好きなようにしてくれていいんすよ?」
「それはジュンくんが三つ編みが好きなだけだね?自分の好みを押し付けて僕のアドバイスを否定するなんて悪い日和!」
「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。俺はただ優さんが気を遣ってしたくもないポニーテールをせざるを得なくなったら気の毒だから言ってるだけっすよぉ」

なんだか2人が私抜きでわちゃわちゃし始めたので、それとなく抜け出して会議に必要な資料をまとめるため自分の席へと向かった。

「お疲れさまであります、プロデューサー殿!これはまた珍しい髪型をしていますね?どんな髪型でも似合うだなんて、さすがプロデューサーでありますね!」

茨くんがいつもの営業スマイルで近寄ってきた。
過去にひなたくんが居眠りしたときも三つ編みができていたことがあったと言っていた。マヨイくんにそれを話したら、茨くんが犯人だと教えてくれたので知っている。今回の犯行も、白々しく笑う茨くんがやったに違いない。

「渉くんとお揃いにしちゃった」

えへ、と笑って見せれば茨くんの笑顔が一瞬強張った気がした。それもそのはず、茨くんのイタズラを他のアイドルとのお揃いなんて都合の良いことを言って喜んで見せてるんだから。

「それはあまり趣味がよろしくないような気がしますが、自分が突っ込むことではないですね。でもあまり大声でそういうことを言うと贔屓だとか嫉妬だとかという無駄な感情がアイドルたちに沸きかねないので気を付けて頂きたいですね」
「それはたしかに。気を付けるね」

ということは茨くんも渉くんに嫉妬したのかな。やっぱりよそのアイドルとお揃いなんて、もう言わないようにしよう。fineのことは好きだけど、贔屓なんてしていないし。髪型すら自由にできないなんて、ちょっと息苦しい。

「でもこれ、ほんとはどう?似合ってる?変じゃない?」
「お美しい貴方に似合わない髪型などありませんよ。もっと自信を持ってください」

茨くんはいつも私を褒める言い回しをするので、いちいち恥ずかしくなってしまう。照れたことがバレないようにするのも難しいんだから。

「あれ?今日の優さん、なんだか可愛らしいね」

横から声がしたので顔を向ければ、凪砂くんが私の三つ編みを手に取って見つめていた。綺麗な顔の急な至近距離にびっくりして、動けなくなってしまった。

「そっか、茨が結んであげたんだね。それなら可愛らしさに磨きがかかるのもよくわかるよ」
「閣下!何を仰るんですかね?その三つ編みはプロデューサー殿がご自身で結ったと先ほど仰られていましたよ」
「そうなの?いつも茨が私にしてくれる三つ編みと同じな気がしたんだけど、勘違いだったかな」

茨くんは罰の悪そうな顔をしているし、やっぱり茨くんが三つ編み結ったんだ。寝てる間に女性の髪をいじるのはどうかと思うんだけど、悔しそうな茨くんが可愛くて全部許してしまいたくなる。

「私が自分でやったんだよー。上手?」
「うん、上手。私も三つ編みするときは優さんにやってもらおうかな。茨が忙しくてできないときとかになるけど」
「うん、いいよぉ。三つ編み練習しとくね」

嘘をつくのは忍びないけど、こう言っておかないと日和くんあたりが騒ぎそうだ。毒蛇がやったの!?2人はそんなに仲が良かったんだね?なんて言われたら否定も肯定もできなくて困ってしまいそうだ。

「あ、茨くん」
「何でありますか?自分、そろそろ会議の準備をしなければならないのですが」
「知ってるよ。だから私もお手伝いしようと思って」

この場から逃げ出そうとする茨くんに話を合わせれば、茨くんはまた顔を強張らせた。

「これ運べばいいよね?」
「…、ええ、ありがとうございます!お手を煩わせてしまい申し訳ないですね!」

2人で運ぶ程でもない量の資料等を手分けして持って、会議室に向かった。


「…謝りませんよ」

歩きながらぼそっと言われたそれがあまりにも子供っぽくて、つい笑みが溢れてしまい、「何笑ってるんですか」なんて怒られてしまった。

「怒ってないから別にいいよ?三つ編み可愛いから許しちゃう」
「…まぁ、自分がやったわけではないですがね?」
「あれ?認めないんだ」

謝らないのは別にいいけど、三つ編みをやったことを認めて敗けを認めて欲しいんだけどな。

「これ気に入ったから、また茨くんにやってもらおうと思ったのにな」
「日々樹渉とお揃いなのがそんなにお気に召しましたか?」

茨くんは足を止めてまでわざわざそんな嫉妬のような言葉を紡いだ。少し先に進んでしまった私は振り返って茨くんを見上げれば、気まずそうにしてまた歩き始めた。

「そうやって嫉妬してくれる茨くんを気に入っちゃった」

意地悪を言ってみれば、茨くんは一瞬私に視線を向けたけどそこから無言になってしまった。意地悪すぎたかな、なんてはらはらしながら2人で会議室に入ればわざわざドアを閉められた。

「あの!!」
「ひゃいっ」

防音なのをいいことに大声を出されてびっくりする。

「俺が妬いてるのわかっててわざと惑わすようなことを言うの、やめてもらえませんかね?調子が狂ってやりづらいので!」
「え、あの、ごめんね?でも、嘘は言ってないよ?」
「ほう、じゃあ俺を気に入ったなんていうのも本音ってことでありますね?」

自分の言った言葉で意地悪し返されるなんて私もまだまだだ。

「俺も、優さんのことは気に入っていますよ。寝顔を盗み見て勝手に髪に触れてしまうくらいにはね」

公の場で言われる褒め言葉とは違う何かが、私の心をドキュンと貫いた。照れないと決めていたのに、なぜだか頬が熱くなるのを感じた。

「次またあんな無防備に寝姿を晒していたら、今度は髪だけなんて容赦はしませんからね」

さらりと髪を撫でたあと、親指で唇を押さえられた。

「ここは毒蛇が出ますので、噛まれないようにご注意を」

それだけ言うと茨くんは会議室を出ていった。
私も冷静を保ったふりをして会議の準備に取りかかるのだが、触れられた唇の感触が私の精神をじわじわと侵食する。それが嫌な感じではなく、むしろ心地よく感じてしまって、いつか毒蛇に噛まれに行こうかな、なんて思わされてしまうほどだった。