囀ずった甘美な毒


「おはようございますプロデューサー殿!髪型を変えたのでありますか?一段とお美しくなられて天使でも舞い降りたのかと思いましたよ!」
「おはよう、ありがとうね」

夢ノ咲を卒業して私はP機関に所属するようになり、Edenの人たちともそこそこ関わるようになってきた。それでやっと茨くんと会話をするようにもなったのだが、彼はとにかく人を褒め殺す。私のことも、あんずちゃんのことも、他の皆のことも。あんずちゃんはそれが苦手なようなのだが、私からすれば一つ年下の男の子から褒められるのは、例えお世辞だとしても気分は良かった。

「茨くん今日は個人カレンダーの撮影だっけ?がんばってねぇ」
「自分なんかのスケジュールまで把握しているとは、さすが敏腕プロデューサーでありますね!応援ありがとうございます!」
「午後からだよね?よかったら見学してもいい?」
「ええ勿論!貴方に見ていて頂けるだなんて腕が鳴りますね!よかったら撮影前に一緒にランチでもいかがですか?」
「あー…ごめんね、今日はこれからRa*bitsのロケについていって皆とお昼食べちゃうから…」

茨くんは度々私をランチに誘ってくれるのだが、狙ったかのように何か先約があって行けない時にばかりだった。本当は行きたくないから私の予定を把握した上で誘ってきているのではと思ってしまうほどだ。

「それは残念ですね。また今度ご一緒させて頂きたいです」

毎回断っているせいなのか、罪悪感は沸いてくるし茨くんがへこんでいるような気さえしてしまう。

「…撮影終わってから、晩ごはんならご一緒できちゃうけど」

代替案を上げてみれば、茨くんは目を丸くさせて一瞬だけ固まった。やっぱりほんとは一緒にご飯なんて嫌だったかな。

「自分なんかとご一緒して頂けるなんて、恐悦至極であります!何か食べたいものはありますか?無ければグルメサイトで評価の高い所を適当に見繕いますよ」
「んー、茨くんがいつも行くようなおすすめのお店教えて欲しいかな」
「自分のおすすめ…ですか、…了解致しました!仕事が終わるまでには決めておきますね」

茨くんとの初めてのご飯がどんなお店になるのか、わくわくしてしまう。

「いけない、そろそろ行かないと。それじゃ、また後で撮影の時にね」
「ええ!また後で」
「楽しみにしてるねぇ」

ばいばい、と手を振ると茨くんも笑顔で手を振り返してくれて、浮かれた気分でRa*bitsたちの元へと向かった。



ロケで美味しいスイーツを食べまくり、お昼はパンケーキなんてハイカロリーで甘々な食事をして、満足感でいっぱいだった。
幸せな気持ちのまま茨くんの撮影されるスタジオに向かえば、割りと真面目な雰囲気が漂っていてびっくりする。さっきまでのゆるふわキュートロケとのギャップで緊張してしまう。

「おや、プロデューサー殿!お早い到着でありますね」
「楽しみにしてたからねぇ」

嘘ではないのに、茨くんは少し怯んだような気がする。

「そこまで言うなら、ちゃんと見てしっかりと目に焼き付けていってくださいね?プロデューサー殿を自分のファンにしてみせますよ」
「うん、がんばってね」

現時点でも茨くんの魅力は知っているしEdenごと好きだから充分ファンと言えるとは思うのだが、茨くんのやる気を損ねるのも申し訳ないので応援だけにしておいた。

今までは、音楽番組でEdenやAdamとしてライブをやる姿くらいしか見たことがなかったので、アイドルらしいアイドルをする茨くんしか知らなかった。カレンダーにする用の写真撮影ということで、今日はアイドル衣装のみならず、スタイリストさんが用意した色んな服で撮影されるようだ。

「七種さん、目線外してくださーい」

カメラマンさんの指示で茨くんはカメラから目をそらして憂いを帯びた色っぽい顔をしてみせる。舞台の上では見たことのない色んな表情をしていて、なんだか新種の動物でも見つけたような気分だ。
ふと、茨くんと目があった。その瞬間、不敵な笑みを見せてきてどきりとする。撮影に集中してよなんて思うのだが、茨くんは髪をかきあげたりなんかしちゃって。Adamを名乗るだけあって、茨くんの男の子な仕草に興味をそそられる。カレンダーができあがったら、友也くんや光くんあたりに見せてかっこいい顔のお勉強をさせてみようかな。

数時間に渡って茨くんだけを色んな角度から見ていたが、本当に隙がない。どこから見てもかっこいいし、カレンダーになる12枚程度に写真を厳選するのは大変というか、選ばれなかった写真がもったいなさすぎる。

ここのスタジオで撮る予定の分は撮り終えて、休憩しながらモニターに表示されたたくさんの茨くんの写真を眺めた。

「茨くんも色んな顔できるんだねぇ」
「不安ではありましたが、割りとうまくいきましたね」
「あ、これかわいー、生意気な顔してる」
「…絶妙に褒め言葉には聞こえませんがねぇ?」
「そう?褒めてるよ」

どの写真もよく撮れていて可愛いのだが、生意気そうな顔が普段の茨くんらしくて可愛くて、ファンの皆にも見て欲しくなってしまう。
ペットボトルにさしたストローから黙って水を吸い上げる顔はなんだか不服そうで、というか少し疲れているようにも見える。

「あの、写真結構あってチェックだけでも大変なので、持ち帰ってこちらで厳選してもいいですか?」
「あはは、勿論いいですよ。今から全部チェックしてたらそれだけでも夜になっちゃうよ」
「ありがとうございます」

データを持ち帰る許可を貰うと、物珍しそうな顔で茨くんがこちらを見ていた。

「プロに判断して貰った方がよいのでは?」
「そう?でも茨くんもどんな写真撮られたか見たくない?」
「まぁ、一応」
「でしょ?私も見たいもん」
「貴方も見るんですか」

さっきから何をそんなに不思議そうに聞いてくるんだ。

「もしかしてお節介だった?」
「あ、いえいえ!そういうわけではありませんよ。アイドルになってから誰かにお世話をされるということが無かったもので、なんだかむず痒くて」
「たまにはいいでしょ、お世話されるの。それより私たちも撤退しようか、茨くんも疲れただろうしシャワーでも浴びてきなよ。データは私が手配しておくからさ」
「見学だなんて言っておいて、しっかりプロデューサーの顔でありますね。ではお言葉に甘えさせて頂くとしましょうか」

うんうん、素直でよろしい。
2人でスタッフの人たちに挨拶をして回り、茨くんをシャワーに送り出して、私は今日のデータを確認しやすいように関係者共用のクラウドに上げた。


退勤後、コズプロの事務所に行けば茨くんはまだパソコンのモニターとにらめっこをしていた。

「お疲れ様。まだ働いてるの?」
「プロデューサー殿!お疲れ様であります、もうこんな時間だったんですね、気付きませんでした」
「慌てなくていいよ、ゆっくりで」
「いやぁ、すみません、迎えに来て頂いてしまって」

茨くんはカップに残っていたコーヒーを一気に飲み干して、机を片付け始めた。待っていてもやることがないし、「片付けておくね」と告げてコーヒーカップを給湯室へと持っていき洗っておいた。
事務所の方に戻ると、荷物をまとめ終わったらしい茨くんがこちらに向かってきた。

「片付けまで手伝わせてしまってすみません、ありがとうございます」
「気にしないで。ご飯、行こっか。お腹空いちゃった」

そんなことを言いながら2人でエレベーターに乗り込んだ。なんだか今日はほとんど茨くんと過ごしている気がする。なんとも珍しい1日だ。

「今日は朝から晩までずっと一緒にいるみたいですね」
「ふふ、私も今そんなこと考えてた。たまにはこういうのも面白いね」

きっとEdenのプロデュースなんかは一ミリもさせて貰えないんだろうけど、個人のお仕事を覗き見るのは新鮮で面白い。Edenの他の人たちのお仕事も、口出しはしないって約束して見学させてもらおうかな。

それからタクシーで茨くんの案内した店まで連れていかれた。売れっ子の茨くんのことだからお高いお店とか好きなのかなぁなんて思っていたけど、普通に入れるような個室居酒屋だった。

「おすすめとは言われましたが、人の視線を浴びずに落ち着いて食べたかったのでここにしました。お酒大丈夫ですか?」
「うん大丈夫、明日休みだしいっぱい飲んじゃおうかな」

適当に酒と料理を注文して、お疲れ様と言って乾杯した。

「今日ね、見学できて楽しかったよ。茨くん今までお仕事全然関わらせてくれなかったから、私嫌われてるのかと思ってたの」
「そんなまさか!確かにEdenの仕事に関しては自分で管理したい気持ちがあるので遠慮して頂きたいですが、個人の仕事に関しては自分の目の届く範囲内でなら構いませんよ」
「そーなの?じゃあEdenの他の皆のお仕事も今度見学させてね」
「本当に見学だけですよ?」
「はーい、ありがと!」

仕事にも関わらせて貰えないし、お世辞と社交辞令ばかりを並べられていて正直壁は感じていたのだが、喋ってみれば意外と普通に喋ってくれているように感じる。

「…自分も、貴方には嫌われているものだと思っていました」
「そうなの?私何かひどいこと言っちゃったことあった?」
「いえ、そういうわけではありませんが。何度ランチに誘ってもさらっと断られて、そのくせ他のアイドルたちとはよく一緒にご飯を食べていてモヤモヤしていました」
「それは茨くんが誘ってくれるタイミングがことごとく悪かっただけだよぉ、ごめんね?」
「別にいいです」

そんな可愛くすねられると困っちゃうんだけどなぁ。

「それならさ、また、空いてるときご飯誘ってもいい?」
「勿論、構いませんよ」
「ふふ、よかった」

茨くんがどんな人なのか、今まで全然わからなかったけど、喋れば喋るほどに茨くんが可愛く思えてしまう。病気かな。

「今日の自分、どうでした?ちゃんとファンになって頂けましたかね?」
「もうファンだよ〜、今日の茨くんの写真待ち受けにしたいくらい」
「それほどまでに気に入って頂けるとは思っていませんでした。さっき誰が見ても微妙な写真だけひとまず削除しておいたんですが、ファンの目から見て完璧な写真はありますかね?」

スッと差し出されたスマホの画面には今日の茨くんの写真が大量に並んでいた。茨くんを迎えに行った時にまだパソコンを触っていたのは、私が見るための写真整理だったのかもしれない。

「茨くん自体が綺麗だからこれもうカメラマンの腕って感じもするよねぇ。あ、そーいえば撮影中私の方すごい見てきたでしょ。あの顔すごい良かったけど、こっち見てたから写真では撮れてないんだよねぇ」

ザッと見てみても、不敵な笑み、みたいなキリッとした顔が多めでかっこいい。どの写真を選んでもカレンダーは馬鹿みたいに売れる気がしてしまう。

「あ、これかわいー、気の抜けた顔してる」
「そんな間抜けな顔、使えませんからね」
「えー?でも可愛いよ?ほとんどキメ顔だから、ギャップでキュンとしちゃうなぁ」
「それ、貴方のことを見すぎてカメラマンに目線くれって注意された瞬間の顔です」
「え」

とんでもないことを言われてドキッとした。めちゃめちゃ可愛い瞬間が、私のせいで発生していただなんて。しかもその瞬間を撮ってくれていただなんてカメラマンさんありがとう。

「…え、最高」

それだけでなく、その直後のやってしまった感のある気まずそうな顔がめちゃめちゃ可愛くて。

「…前から思ってたけど、茨くんって可愛いよね」
「前から思ってたんですか」
「うん。見かけるたびに挨拶してくれるし、髪型変わったとかネイル変わったとか痩せたとか、なんか細かく気付いて褒めてくれるの嬉しいしね。わんちゃんが可愛く鳴きながら寄ってきてくれる感じと似てるかな」
「犬ですか」
「あ、褒めてるよ?」

茨くんと違って褒め殺しの才能が無いからなかなか上手く言えないな。

「それ返してください」
「え、ごめん、気を悪くした?」

茨くんは無表情のままスマホを手に取り、少し操作してまた机に置いた。

「貴方のスマホ、見てください」
「私の?」

バッグからスマホを出して画面を見ると、七種茨の名が表示された通知が来ていた。ホールハンズを開くと、さっき可愛いと言った2枚の写真が高画質のまま送られてきていた。

「あの、これ、」
「そんな顔、貴方にしか見られたくないので候補からは削除させて頂きますね」

なんて言いながら、クラウドのフォルダからその2枚を本当に削除してしまっていた。

「もったいない…」
「自分、可愛さを売りにしたアイドルではありませんので。今送った2枚、他の誰にも見せないでくださいよ?」
「…うん、大事にするね、ありがとう」

ホールハンズから写真をダウンロードして本体に保存し、念のため私個人のクラウドにも保存しておいた。これでこのデータを失うことはそうそう無いだろう。

「いつか、可愛いではなくかっこいいと言わせられるようなアイドルになってみせます」
「へ」

机に置いてあった左手を、茨くんの手に握られた。スマホから茨くんに視線を移せば、やけに真剣な表情になっていた。

「いつまでもそんな余裕そうにしていられると思わないでくださいね?油断していたら、ドキュンと一発お見舞いしてしまいますよ」

どうやら茨くんは策士でも、私の思考を予測するのは苦手らしい。口にするのは可愛いという言葉ばかりだけど、初めて見た時からかっこいいと思っているのでかっこいいのが当たり前過ぎて言わないだけだし、私が余裕そうな雰囲気を出しているのは皆になめられないようにするためだ。本当は、手を握られただけで、心臓はバクバクと激しく鳴ってしまっている。

「楽しみにしてるね」

攻略した、なんて思われるのは悔しいから、私もお返しに茨くんの指に自分の指を絡めてぎゅっと手を握り返した。