貴方だけに


「ああ、あの、すみません…十一番隊の執務はどなたがやられているのでしょうか…?」

隊長と副隊長がそんなものやるとでも思ったか。執務室で業務を遂行していたら、一人の女が訪ねてきた。

「あ、私、十番隊の横島優と申します…。隊長に書類を頼まれたので、お持ちしたのですが…」
「僕がやるから、持ってきて」
「失礼します…」

横島はビクビクしながら僕に近付いてくる。そんなにビビらなくても僕以外誰もいないのに。

「日番谷隊長に頼まれたってことは、君は席官なの?君みたいな子いたっけ」
「つい最近なのですが、五席まで昇格させていただきましたっ。以後お見知り置きを…」
「ふぅん。おめでとう」

横島から手渡された書類は意外と量があって、やる気が失せた。なんで僕がこんな仕事しなくちゃいけないんだ。上がもっとちゃんとしてればもう少し楽できたのに。なんて思ってることが隊長たちにばれたら怒られそうだ。

「あの、なんかすみません、お仕事増やしてしまって…」
「…。悪いと思うならさ、ちょっと息抜きに付き合ってよ」
「え?あの、でも、えっと…」

書類にばかり目を向けていたけど、横島はよく見ると割りと美しい顔立ちをしていた。身なりも整っていて、非の打ち所が見当たらない。
横島をソファまで誘導して座らせ、自分も隣に腰かけた。

「あ、あの…」
「僕も五席なんだ。これからよろしくね、優ちゃん?」
「はっ!?はい、存じております…よろしくお願いします…」

笑顔で名前を呼ぶだけで、恥ずかしそうにして目をそらす。実にからかい甲斐のある反応だ。

「近くで見ても肌は綺麗だし、髪もさらさらで艶やかなんだ…すごいね」
「い、いえ、そんな、綾瀬川さんほどではないです」
「まぁね」

優ちゃんの髪に指を通してみるが、驚くほどに指通りが良い。長髪なのにここまで手入れが行き届いてるなんて。

「触らせてね」
「えっ」

許可を取るつもりは更々無く、一方的に頬を触らせてもらう。うっすらと施された化粧のせいで肌触りはいまいち解らないが、頬の弾力と柔らかさには癖になるものがあった。

「そ…そんなに、触られると、恥ずかしいです…」
「何なら僕のことも触っていいよ」
「そ、そういうことではなくてっ…」

頬を触るついでに耳たぶを掴むと、ふにふにで柔らかかった。本人は耳が多少弱いのか、ぎゅっと唇を締めていた。

「君のこと、気に入っちゃった」
「へ?」
「こんなに僕好みの素材で出来上がってる子に会うの初めてだよ」

優ちゃんをソファに押し倒して真上から見下ろしてみる。顔を真っ赤にして焦る姿がまた僕の心をくすぐってくる。

「はじめましてで、こういうことするの、よくないと思いますっ…」
「じゃあ会うのが二回目以降なら何してもいいの?」
「う…そういうわけでは…」

長くて綺麗な黒髪を手に取り顔を近付ける。女の子らしい甘い香りが僕に幸福を与えてくる。

「わ、私をオモチャにしないでください…」
「そう思うなら抵抗したら?押さえ付けてるわけじゃないんだから」
「うぅ…だ、だって…」
「だって…何?」

近くに耳があったから囁きながら耳をあまがみしてみると、優ちゃんは高い声を漏らした。自分でもその声に驚いたのか、慌てて口に手をあてた。

「嫌なら嫌って言いなよ」

もう一度優ちゃんの顔をちゃんと見てみると、顔を真っ赤に染めて涙目になっていた。それなのにどうして抵抗しないんだ。

「あ…綾瀬川さんが、すごく楽しそうな笑顔してるから…もっと、見ていたくて…」
「見惚れてたの?」

優ちゃんは目をそらすだけで、否定も肯定もしなかった。

「そんなに僕の笑顔が見たいなら、もっと僕を喜ばせてよ」
「…難しい、ですね」
「そう?僕は優ちゃんがこれから毎日会いに来てくれるだけでも簡単に喜ぶと思うけど」
「…また、来てもいいんですか?」
「またこういうことしちゃうかもしれないけどね」

優ちゃんの頬を撫でながらくすくすと笑うと、優ちゃんは戸惑いながら僕の手に自分の手を重ねた。

「わ、私で良ければ…」
「いいの?」
「…綾瀬川さんがそれで楽しんでくれるなら、私も、嬉しいです…」
「初対面でよくそんなこと言えるね?」

初対面の子にこんなこと言わせてしまうなんて、美しいって罪だなぁ。

「対面するのが初めてでも、私は、もっと前から綾瀬川さんのことを存じておりました…」
「ふぅん?」
「一目見た時から、会ってお話をしたいと思ってしまったので…、こうして相手にしていただけて、私は嬉しくて嬉しくてっ…」

一目惚れしたのだと告白しているようなものだが、気付いていないのだろうか。

「それならまた遊びにきてよ。いつでも相手にしてあげるから」
「は、はいっ」

優ちゃんの頬から手を離して、体を起こしてあげた。

「イタズラして悪かったね」
「いえ、そんな、悪くなんてなかったです…」
「なら良かった。それじゃ、お仕事頑張ってね」

優しく頭を撫でてあげて、ついでに額に唇を寄せてみた。すぐに離して顔色を伺ってみると、耳まで顔を赤くさせて照れていた。

「また来てね」
「っ…」

にこりと笑って見せれば、優ちゃんは口を閉ざしたままこくこくと頷いて、立ち上がり一礼してから慌てて執務室から出ていった。
あの子は僕が好きみたいだし、僕もあの子を気に入った。こうなったら僕のものにする以外の選択肢は現れない。誰かが先に手を出す前に、あの子を独占してしまおう。