眠れないのは


先日、茨くんから軽い感じでCrazy:Bのプロデュースを頼まれた。彼らと関わるのは振り回されて結構な体力を使うので、茨くんもお疲れなのだろう。二つ返事でオーケーしてしまったが、彼らとの打ち合わせやレッスンの日が近付いてくると毎回緊張して寝付きが悪くなってしまっていた。

「おはようございますプロデューサー。昨日はよく眠れましたか?」
「おはよ〜、そこそこかな?」
「そうでしょうね、隈が隠しきれていないのですよ。何かお悩みでもあるのですか?」

HiMERUくんが自分の目の下をさして私の隈を教えてくれる。コンシーラーで隠したつもりだったのに、失敗したかな。

「悩みとかじゃないんだけどね、Crazy:Bの皆とお仕事するのまだ慣れないから、ちょっと緊張しちゃって…」
「Crazy:Bほど軟派なユニットはいないというのに…緊張するような相手なんて居ないでしょう?緊張するだけ無駄ですよ」

まぁそれはそうなんだけど。どんなに緊張したところで燐音くんがゲラゲラ笑ってニキくんと騒いでしまうので、いつも拍子抜けしてしまう。

「それとも、HiMERUと会うのに緊張して頂けてるんですかね?」

綺麗な表情で微笑まれ、ズキュンと射ぬかれる音が鳴る。せめて顔に出さないようにと唇を噛んで誤魔化したつもりだが、くすっと笑われてしまって恥ずかしくなった。

「私のファン心をもてあそばないで…!」
「ふふ、すみません。ファンサでよければいくらでもしますよ」

そうそう、ファンサでよければね。これはファンサ、ただのファンサ。HiMERUくんはそういう男だよ。

「チィーっす!メルメルもプロデューサーも集合が早ェなァ?俺らを出し抜いて密会でもしてたのか?」

HiMERUくんと2人で話していたらノックもなく扉が開いて燐音くんがずかずかと入ってきて、後ろから「ノックもせんと失礼なやっちゃな」なんて文句を言いながらこはくくんとニキくんも入ってきた。

「HiMERUがそんなふしだらなことをするわけがないでしょう。桜河、おはようございます」
「おはようさん」
「おいおい露骨にこはくちゃんにだけ挨拶かよ?リーダーなのに挨拶すらしてもらえなくて悲しいぜ」

全然悲しそうな素振りも見せないし、皆朝から元気すぎて、やっぱり私が緊張していた意味を失ってしまう。ありがたい話だ。

「燐音くんはまだしも僕には挨拶してほしいッス!」
「あ?」
「そう思うなら自分から挨拶をするべきですね」
「それもそうッスね!ちょりーッス!」
「それを挨拶と呼ぶにはどうかと思うのですが…おはようございます」
「ふふ、みんなおはよー」

緊張していたとはいえ今日はレッスンに付き添うくらいだ。割りと自由に動きすぎてしまう燐音くんとダンスうろ覚えなニキくんが皆と揃わなすぎないかをチェックするお仕事、といったところだ。

「せーっかく早起きして集まってんだから、燐音きゅんおはよう!きゃぴ!くらいの挨拶できねェの、優ちゃん?」

HiMERUくんに軽くあしらわれてご機嫌ななめになってしまったのか、燐音くんは難しいことを言ってくる。

「残念だけど私はプロデューサーであってアイドルじゃないので、そういうファンサ能力は備わってないの」
「いやいや、俺たちみんなプロデューサーのファンだからこうしてちゃんと集まってるわけっしょ?塩対応なんかしてたら帰っちまうぜ?」

いや、それは困るけど。たぶんそれで帰るのは燐音くんだけだけど、燐音くんが帰ったらついでにニキくんも帰ってしまうというか連れていかれてしまう気がする。燐音くんのご機嫌を取らなければならないってなんだそれ、やりづらい。

「もー、優さんが可愛いからって意地悪ッスよ燐音くん」
「お?俺っちがいつ意地悪なんかしたってんだ?優しくした覚えしかねェなァ」
「ぐだぐたしとらんとはよ準備せんかい。プロデューサー困らしとったら仕事貰えんくなるわ」

やいやい言いながらもこはくくんのおかげで皆準備を始めてくれて助かった。

「意地悪は否定するのに可愛いは否定しないのですね」

HiMERUくんに囁かれ、意味を理解すると同時に一気に体温が上がるのを感じた。アイドルとファンとプロデューサーの壁を日頃から意識してこちらにも伝わるようにしてくるHiMERUくんだが、たまにこういう意地悪を言ってくる。燐音くんに可愛いと言われたわけではないのに、可愛いを否定されなかったというだけで胸が高鳴る。可愛いと口に出してくれたニキくん本人には申し訳ないが。

「メルメル見たぞ、今優ちゃんのこと口説いてたっしょ?」
「そ、そんなんじゃないよ!」
「お、じゃあ何だってんだ?美人のメルメルに囁かれて照れてたの、ニキも見てたよなァ?」
「えー、お菓子食べてたから見てないッス」
「食ってばっかだな!」

あぁやばい、いつも以上になんだか突っかかってくる。ここで照れたら負けだと思って燐音くんをちょっと睨んでみるけど、それが燐音くんに油を注いだのか余計に楽しそうな顔になってしまい、選択を間違えたことに気が付く。

「まぁプロデューサーとは言えお年頃だもんな?イケメンにちやほやされて照れるのもしょーがねェなァ」
「そ、そういうつもりでお仕事してません!」
「本気にしたらあかんて、燐音はんはからかって楽しんどるだけや」

わかっているんだけど、カッとなって言い返してしまうのは私の悪いところだ。言い返せば言い返すほど、燐音くんがヒートアップするのもわかっているのに。

「そーッスよ、そーやっていつもからかってるから燐音くんだけ睨まれるんスよ」
「……やっぱりか?」

ニキくんの一言で、燐音くんは一気に真顔になった。なんだかそれが怖くて、ゾクッとする。

「前から薄々感じてたけど、俺っちだけ妙に睨まれてる気がすんだよなァ。こはくちゃんたちもそう思う?」
「まぁ、日頃の行いのせいやろ」
「HiMERUもそう思います」

皆してばか正直過ぎて泣けてくる。正直なことは良いことだが、私が悪者みたいな流れができそうでやめてほしい。

「Crazy:Bとは今後も仲良くして欲しいからここらではっきりさせとくか、優ちゃんよォ?なんで俺っちにだけ冷てェの?ふざけた奴は嫌いか?だったら俺らとの仕事なんてそもそも引き受けねェよな?」

嫌いじゃないことがわかっていて詰めよってくるのは卑怯だ。そしてこの人は、私がふざけた挨拶ができないことも、ここでふざけて茶化すことができないことも理解して言ってくるからタチが悪い。

「綺麗なメルメルに近付きたいから、嫌いな俺っちがいるCrazy:Bとの仕事でも引き受けたって訳じゃねェだろ?」
「そんな下心だけで働いてない!」
「じゃ〜なんで俺っちだけ睨まれなきゃならねェのか、ちゃんとした理由が聞きてェな?何かあんだろ?俺っちの言動に気に入らねェことがあんなら言ってくれねェと治しようが無いってもんよ」

問い詰めるために真っ直ぐ見つめられ、もう心臓がうるさくて燐音くんの言葉を半分くらい聞き逃した気がする。あんまり綺麗な顔で近付かれると、無理なんだけど。

「そんな泣きそうな顔で睨まれたら燐音くん興奮しちゃうんだけど?」
「コラ変態、セクハラやぞ」
「…冗談冗談」

そんなに問い詰められても、私が燐音くんに変な対応をしてしまう理由なんてわからない。思い当たることなんて、一つしかない。

「…わ、私」
「おう?」
「私、ずっと前から燐音くんのことが…」

違う、話の切り出しかたを間違えた。こんな告白じみた出だしのせいで、みんなキョトンとしてしまった。

「ち、ちがう、あの、燐音くんのファンなの!」
「あ?」
「燐音くんにファンなんて居たんスね」

余計な一言のせいでニキくんはベシッと頭を叩かれていた。

「プロデューサーになって、燐音くんに会って、言いたかったけど…Crazy:Bなってからの燐音くん素行悪いから、素直にファンって言っても、そのファン心に漬け込んでプロデューサーの権力を利用されるかもとか思ったら言えなくて…」
「燐音はん、やっぱり日頃の行い見直した方がええんちゃう?」
「ギャハハ!今さら良い子ぶっても手遅れっしょ。そんなことより優ちゃんが俺っちのファンだったなんてなァ、握手でもしとく?」

燐音くんは私の右手をしっかりと両手で包むように握って握手してくれた。やばい、燐音くんの手大きくてめちゃめちゃ男らしい、最高。

「でもなんで、ファンだと睨んじゃうんスか?普通ファンならデレデレして甘やかしてくれてもいいのに」
「ニキにしては良いこと聞くじゃねェか!そこんとこどうなのよ、優ちゃん?」

燐音くんはご機嫌そうににこにこしながら、手に力を込めて私を逃がさないようにしながら聞いてくるからずるい男だ。

「全然、普段から睨んでるつもりは無かったの…気に障ったならごめんなさい」
「別に謝らせたい訳じゃねェって。そういうの良くないぜ〜?謝って辞職すれば済むと思ったら大間違いだ。俺は謝罪でも辞職でもなくて、ただ単純に優ちゃんが俺を睨む理由を知りてェんだけど?」

睨んでるつもりはない。でももし、睨んでいるように見えていたとしたらそれは、

「…燐音くんが、眩しくて」
「は?」
「眩しくて、直視できないから、目細めちゃったかも…」

大好きなアイドルを、間近で直視したら眩しすぎて失明するに決まってる。

「…ごめんね?」
「そんな理由でねェ。俺っち会うたびに睨まれて傷ついてたんだけど?こうなったら、これからは睨まず直視して、俺っちの輝きしか見えねェようになってもらわねェとな?」

燐音くんは私のあごをすくって顔を上げさせ、満足げに笑った。私だけに向けられるその笑顔がいつ見た笑顔よりも眩しくて、どうしようもなくて目線だけはそらしてしまった。

「あ、コラ。言ったそばから目そらしてんじゃねェっての!」
「はー、もう見てられへんわ。ニキはん、HiMERUはん、はよレッスンしよか」
「そッスね、なんか燐音くんたち見てたら胸焼けしてきたッス」

燐音くんに遊ばれていたら、なぜたか皆してレッスンにヤル気を出してくれたみたいだ。よかった、これなら私も解放される。

「そうだ優さん、HiMERUのことは睨まずに、唇を噛みしめて赤面するくらいに留めていてくれてありがとうございますね」
「あ?」

一瞬で不機嫌そうな顔をする燐音くんを見て、HiMERUくんはにこりと営業スマイルを見せる。

「あんだよメルメル、赤面する優ちゃんたぶらかして喜ぶなよなァ?」
「たぶらかしてなんかいませんよ。HiMERUは恋愛禁止のタイプのアイドルなので、ファンサまでしかしないのです。あくまでHiMERUは、ですが」
「けっ。今時そんなん古いっての」

目の前で火花を散らされておろおろしていたら、燐音くんはまたこちらに向き直ってばっちりと視線が交わった。

「まぁ俺が嫌われてないどころか愛されてるってわかったことだし、許してやんよ」
「あ、ありがとう」
「ただし、メルメルや他の野郎共に目移りしたら許さねェかんな?」
「それは、あの…ど、どういう」
「そうやって何もわかんねェ赤ん坊の振りしてられんのも今のうちっしょ。そのうち優ちゃんの方から燐音くんしゅきしゅき♪って言ってくるまで待っててやんよ」

今もう既に燐音くんしゅきしゅきなんだけどな、なんて思いつつ黙っておいた。あくまで私はプロデューサーでありファンである。だから燐音くんを好きなこの感情だってただのファン心だ。と、思いたい。

「さぁレッスン始めんぜェ!目線全部優ちゃんに向けてやっから、目ン玉かっ開いてよォく見とけ!」
「言われなくてもちゃんと皆のこと見るから大丈夫」
「だから俺だけ見とけっつってんのに、わかんねェ女だぜ」

そう思っておかないと燐音くんの言動にいちいち振り回されて、また今夜も寝付けなくなってしまいそうだ。