誕生日

今日は俺の誕生日だ。誰かが言いふらしたせいで俺の誕生日は6月9日だと思われているが、それは違う。顔に誕生日を刻み込む阿呆がどこに存在するんだ。
俺の誕生日は8月14日だ。でも誰も覚えてくれていない。去年だって、自分から言い出すまで誰も祝ってくれなかった。

「副隊長、考え事?悩み事なら私が聞こうか?」
「そうだな…まずはお前が新入りの五席のくせに馴れ馴れしくタメ口使ってくることが悩みだな」
「新入りって言ってももう半年以上経つし、私の敬語が堅苦しいって言ったの副隊長だし」

確かに堅苦しいとは言った。それはこいつがそれなりの貴族で、敬語を使われると逆に俺が畏まってしまうからだ。

「でも良いじゃん、副隊長友達居ないから、部下でも仲良くしてくれる女の子いたら嬉しくないの?」
「友達くらいいる」
「嘘つき」

誰も祝ってくれない誕生日を過ごしているというのに、友達居ないなんて言われたら本気でへこむ。でもそんなの気付かれたくないから何も言わない。

「副隊長は友達も彼女もいない。それは何故か。永遠の謎。迷宮入りだね」
「やめろ、迷宮入りとか言うな。友達も彼女もそのうちできる」
「そのうちできるってことは両方居ないってことじゃん。ごめんね、悲しいこと言わせて」

貴族とか知らねぇが人としてこいつを殴りたい。

「俺は仕事が恋人なんだ」
「あ、そう。それは悪いことしたなぁ。今日やるべきお仕事は私が寝取っちゃったよ」
「…だから机の上がさっぱりしてたのか」
「ふふ、昨夜はお楽しみでした」

てことは溜まってた仕事は昨日からこいつが片付けてたってことか? 昨夜から? もしかして夜更かしでもして片付けたのか。何のために? 俺の誕生日だから?
いや、でも新入りがそう簡単に俺の誕生日を覚えられるわけがない。

「で、早速恋人を失った檜佐木副隊長。今日は何するの?エア友達と遊ぶ?エア彼女とデート?空気嫁と寝る?」
「最後だけわざわざ空気とか言うな」
「それとも、現実部下と誕生日パーティでもする?」
「…は?」
「残念ながら私程度の人脈では人は集められなかったんだけど、その代わりにお祝いの準備くらいはちゃんとしてたんだよ」

何を言ってるんだこいつは。なんで俺の誕生日を知ってるんだ。

「…何その顔?もしかして、迷惑でしたか?」

こいつはずるい。ちょっとでも優位に立てなくなるとすぐに敬語を使って距離をとる。突然距離をとられたら寂しくなるだろうが。

「迷惑じゃねぇけど、なんで知ってんだ」
「上司の誕生日覚えなきゃ祝えないじゃん。だから覚えただけだよ」

横島は机の下からバスケットを出して、中から手作りと思われるサンドイッチを取り出した。更にワインまで用意してやがった。俺のためにこんなに準備したっていうのか。なんて可愛らしいやつだ。

「…あの、副隊長さ、ただでさえ顔怖いんだから、何かしらの感想言ってくれないとね、私も不安だよ?」
「いや…素直に驚いた。つか、感動しすぎて…」

言葉にできない、ってのはこういうことか。ただ誕生日を祝われてるだけなのに。普段祝われない反動のせいか。

「えっと…誕生日おめでとうございます。檜佐木副隊長と出会えたこと、感謝致しております」
「やめろよ堅苦しい」
「ふふ、でも本音だよ」

横島は嬉しそうにしながらワインを注いでくれた。まだ昼なのに。

「私に敬語やめろって言って来た人、副隊長が初めてなんだよ」
「いや、やめろとは言ってねぇよ」
「私にはやめろって言ってるように聞こえたの」

貰ったサンドイッチを食ってみる。手作りらしい不器用さが見た目に現れていたが、味は文句無しだった。

「こんな風にタメ口で話せる人なんて副隊長しかいないんだよ。だから、副隊長に会えてよかった。楽しくて楽しくて仕方がないよ」
「照れるだろ」
「顔色変えてないくせに」
「つーかよ、お前も友達居ねぇんじゃん」

痛いとこを突いたのか、横島は頬を膨らませた。

「いるもん」
「誰が?」
「…副隊長」
「俺は上司だろ」
「じゃあ副隊長は私のことただの部下としか見てないの?ただの部下が、ただの上司に、ここまでしてあげると思うの?」

まぁ、確かにな。一人でここまでやってくれたのはすごく嬉しいし、ただの上司と部下なら一言おめでとうと言うだけで終わりだろう。

「祝ってくれたのは本当に嬉しい。ありがとな」

せっかくの機会だから横島の隣へと移動してぽんぽんと頭を撫でてやった。

「えへへ…えっと、じゃあさ、私と副隊長はもう友達ってことでいいのかな?」
「ちょっと納得いかねーけど良いんじゃねぇの」

少しは敬えよ、とは思ったが今言うこともないだろう。友達だと認めただけでこんなに喜ぶんだ。

「彼女枠も空いてるぞ」

えへえへと笑っていたくせに突然無表情になった。やっちまった、そう思ったのに段々と横島の顔は赤く染まっていった。

「そそ、そんな、そんな冗談、良くないです!だめです!」
「冗談じゃねぇよ。彼女枠が空いてるって事実を述べただけだろうが」
「…このタイミングで言われたら、友達じゃなく彼女になれって言われてるように勘違いするでしょう!?」
「なんだ?彼女になりたいのか?」

からかいつつ頬をつついてみたら、指を噛まれた。

「意地悪言う人の彼女になんてなってあげません!」
「そうか…それは残念だ。やっぱり俺らはただの上司と部下程度の関係か…」
「だ、だから、友達だって言ってるでしょ!」
「は?お前、男女間の友情が成立するなんて思ってんのか?」
「私と副隊長で成立してる!」
「悪いな、俺はお前に好意を持ったから既に友情は壊れてんだ」
「何だってー!?」

横島は顔を真っ赤にして目を泳がせた。こいつこの年でこの反応って、もしかして箱入り娘で恋愛したこと無いとかか?初々しい反応がいじらしい。

「改めて言う。彼女枠空いてるぞ」
「…わ、私の、彼氏枠も空いてるけど」
「じゃあちょうどいいな。誕生日プレゼントとして、彼女にならないか?」
「…お父様に早速紹介させて頂くことになりますが、よろしいですか?」
「うっ、お、おう…あぁ、よろしいぞ」

仮にも貴族だった。突然父親に紹介とか本気じゃねぇか。いや、遊びで彼氏になる気だった訳じゃねぇけどよ。

「ふ、ふつつかものですが、…よろしくね」
「あぁ…よろしくな」

流魂街出身の俺なんかが軽率だったかな、と不安を覚えた。だが俺よりも、こんな事態こそ初めてであろう横島の方が不安そうな顔をしていた。

「そんな顔すんな」
「だって…私なんかがプレゼントって、そんな価値が有るのかどうか…」
「俺にとっては高価に決まってんだろ。ここまで尽くしてくれる奴、他に居ねぇっての」

俺は横島の肩に手を回す。

「浮気すんなよ?」
「副隊長こそ、もう乱菊さんと、その、イチャイチャとかしないでね?」
「もうって何だよ。イチャイチャなんかしたことねぇよ」
「嘘だ。いつもデレデレしてたくせに」

横島はそう言って口を尖らせる。しゃーねぇだろ、乱菊さん綺麗なんだから、男ならデレデレしちまうだろ。

「つーか、いつも?もしかしてお前、いつも俺のこと見てたのか?で、妬いてたとか?」
「…そ、そんなわけないでしょ!」

そうは言うものの、横島の顔は赤くなっていた。どうやら図星らしい。
さっきは友情だ何だと言っていたくせに、以前から好意を持たれていたのか。やはり男女間で友情なんて成立するわけなかったんだ。

「とっ、とにかく、浮気したら許さないんだからね?」
「肝に命じておく」

やはりここまで純粋で可愛い彼女なんて横島以外にできそうもないし、全力で大事にしてやろうと思った。