幸せになるため


今日は待ちに待ったUNDEADのダンスレッスンの日だ。大好きな皆に会えるのが嬉しくて、昨日からずっと機嫌がいい。何にやにやしてんだよ、と晃牙くんに気味悪がられてしまったけど仕方がない。薫先輩と一緒に過ごせるんだから。
薫先輩のことだから放課後はデートの予定なんかを入れているかもしれないと思うと鬱だけど、めげてはいられない。
レッスンを優先してもらうことを伝えたいため、お昼休みに3年生の教室を覗きに行った。

「あの、薫先輩今日来てますか?」
「見たから登校はしてるよ。まぁ授業はちょっとしか出てないけどねぇ。校内のどこかでサボってるんじゃない?」
「そうですか…ありがとうございます!探してみます」

近くにいた泉先輩に聞いても、居場所まではわからなかった。探し回っていたら昼休みが終わるかもしれないので、スマホで『今どこにいますか?よければ少しお話したいです』とメッセージを送った。とりあえず屋上を見に行こうかと歩きだしたらすぐに返信が返ってきて、どうやら海洋生物部の部室にいるとのことだった。
すぐに返信が来たのが嬉しくて、急いで部室へと移動した。


「薫先輩」

扉をノックして開けてみれば、薫先輩はソファに座ってただ水槽を眺めていた。

「早かったね。隣座ってよ」
「はい、失礼しますね」

久々に会えた大好きな薫先輩の隣に座れるだなんて。しかも今は2人きりのようだし、胸がどきどきしてしまう。

「今日ずっとここで水槽見てたんだ。ここなら何時間でも過ごしてられそう」
「お魚さんたち綺麗ですもんね。癒されます」

ここの部室は暗めで水槽だけがきらきらと輝いていて綺麗で、2人で水族館デートでもしているような気分にさせられる。きっとそんなに浮かれてるのは私だけだろうけど、そのくらいの幸せを感じることは許して欲しい。

「1人でも癒されるけど、優ちゃんが来てくれてよかったよ。少し寂しかったから」

そんなことを言いながら、薫先輩は私の手をそっと握った。夢かと思ったけど、たしかに手の温もりを感じるし、手を握られているのをしっかりと視認できる。

「か、薫先輩?」
「それで、お話ってなぁに?」

そうだ、話があると言ったのは私の方なんだから私が喋らないと。

「今日のレッスン…忘れてないか、心配になっちゃったので、伝えようと思って」

そう言うと薫先輩はぱちくりと目を丸くさせる。

「なぁんだ、告白でもしてくれるのかな〜なんて期待しちゃって手まで繋いだのに」
「なっ……そ、そんなの期待されても、困ります」
「手を繋ぐのは困らないの?」
「……困ってます」

離してほしい?なんて、意地悪な笑みを浮かべながら聞いてくる。離してほしいわけじゃない。でも誰にでもこういうことするのかな、なんて思うと離してほしくもある。薫先輩は私だけを見てくれているわけじゃない。

「ごめんごめん、本気で困らせるつもりじゃないよ?」
「あ……」

ぱっと手を離されて、つい声が漏れてしまう。

「…ね、やっぱり手繋いでもいい?」
「…だめです。薫先輩は、先輩なので…」
「同い年なら良かった?」
「年齢の問題じゃなくて…。その、私たちは、手を繋ぐような関係じゃないので…」

薫先輩からしたら手を握るのなんてファンサや握手と同じものかもしれない。でも私からしたら、男の人とこの状況で手を握るのは、私の好きな人じゃなくて、両想いの人じゃなきゃ悲しい。

「恋人とか、それならいいってこと?」
「そうです」
「真面目なんだね。優ちゃんのそういうところ好きだよ」

何の特別な感情もないであろう好きという言葉に、体が勝手に反応して顔が熱くなる。

「俺も真面目に…優ちゃんに認めて貰えるよう頑張るから。いつか俺と手を繋いでも良いって優ちゃんが思えるようになったら、繋ぎに来て。待ってるから」
「そ、それ、どういう…え?」
「口説いてるんだけど、伝わらない?」

口説いてるってことは、そういうこと?じゃあさっきの『好き』も本気にしていいやつ?

「俺も卒業したら真面目にアイドルするつもりだし、特別大事にする女の子は1人だけにしようと思って。皆に優しいままじゃ、真面目な優ちゃんには信じて貰えなさそうだしね?」
「わ…、私だけ、特別扱い、してもらえるんですか?」
「優ちゃんがそれを俺に望んでくれるなら、応えるよ」

そんなの、そうしてほしいに決まってる。他の女の子のことなんて見ないで、私だけを見て私だけに優しくしてほしい。

「特別扱い…してほしい、です。でも…私、誰にでも優しくできる薫先輩のことが、好きだから…私のせいで、変わって欲しくない」

薫先輩が本当に本気で私を口説いているのか半信半疑だが、こんな機会でも無いと自分の気持ちを口にできる気がしなかったから、今しかないと思った。変わって欲しくないとか特別扱いしてほしいとか、わがままばかりな自分が嫌になる。

「優ちゃん…俺のこと好きだったの?」

薫先輩は割りと本気で驚いていて、それでいて頬を紅潮させていた。私の気持ちを何も知らずに私のことを口説いていたのかこの人。

「俺も、優ちゃんのこと好きだよ。結構、本気で」

手を掴まれたかと思うと薫先輩の胸に当てられて、手に薫先輩の激しい鼓動が伝わってきた。薫先輩が私のせいでドキドキしているのかと思うと私まで緊張してきてドキドキしてきた。

「…私も、薫先輩が好きです。その、付き合いたいくらいに」
「俺だって、」
「で、でも、私きっといっぱい嫉妬しちゃうと思うんです。すぐ顔に出ちゃうからめんどくさいと思うんです。私は薫先輩と居たら幸せだけど、きっと薫先輩は、妬いてばっかの私のこと嫌になっちゃうと思うから…」

今日だって他の誰かとデートをさせないように釘を刺しに来たわけだし。あんずちゃんにすら嫉妬して、羨ましいなって思って、悔しがってそれで終わり。とても薫先輩に特別扱いして貰えるような、綺麗で純粋な心じゃない。

「俺の気持ち、勝手に決めつけないで。俺は嫉妬して貰えるの嬉しいよ。今日わざわざ会いに来てくれたのも嬉しいし、優ちゃんになら何されても嬉しいよ。浮気とかそういう酷いことされない限り、絶対に優ちゃんのことを嫌いになったりしない。…ていうか、浮気されたら俺の日頃の行いが悪いと思って優ちゃんのことも嫌いになれないかも」
「私は…浮気されたら、嫌いになりますけど」
「嫌われないよう気を付けるよ。絶対に幸せにするから、付き合おうよ」

そんなプロポーズみたいなことを言われると動揺するんですけど。薫先輩はいったいどれだけ先の未来まで考えてそんなことを言うんだ。

「…幸せに、してください。私も、薫先輩のこと幸せにするので」
「うんうん、一緒に幸せになろうね。大好きだよ、優ちゃん」

鼓動を聞かされていた手を包み込むように大事にぎゅっと握られて、幸せそうな微笑みを見せられて、色んな不安が薄れていくのを実感した。

「私も薫先輩のこと大好きです」
「あぁ…もう既に幸せ」

うっとりしながら薫先輩に見惚れていたら、始業のチャイムが鳴り始めた。

「このままサボって俺と2人きりなんて、どう?」
「…そうしたいのは山々ですけど、私の評価が下がったら薫先輩に迷惑がかかるから…ちゃんと出ます」
「…そっか、偉いね。それなら俺も、真面目に授業出ようかな」

握った手を引かれて立ち上がらされる。見上げるくらいに背の高い薫先輩はやっぱりかっこよくて、惚れ惚れしてしまう。

「放課後また会えるの、楽しみだね」
「はい!」

惚けている場合じゃない。私は私のために、薫先輩のために、真面目で立派なプロデューサーにならなくては。
私も薫先輩も、幸せになるために。