知りたい気持ち


「お邪魔しまーす」

放課後になり、友也くんに用事があったので演劇部の部室を訪れた。

「おやぁ、珍しいですね。今日は私一人ですよ。今貴方が来てくれたので二人っきりですね」
「そっか、友也くん居ないかぁ」
「軽く流されると泣いちゃいますよ?しくしく」

今日の渉くんは調子が良く、しくしく言いながらほんとに涙を流し始めた。こんな何でもない会話で唐突に泣けるなんて、演技派すぎて怖いくらいだ。

「演技って解ってても泣き顔辛いからやめてよ〜。ほんとの涙流された時に見抜けなかったら困るよ、狼少年みたいになっちゃう」
「ふふ、これも本気の涙だったらどうします?慰めてくれるんですか?」
「笑いながら言わないのー」

あんまり泣き顔を見ていたくなくて、渉くんの腕を引いてソファに座らせて自分も隣に腰かけた。渉くんは袖で涙を拭おうとするから、その手を止めさせてポケットから取り出したハンカチで涙を拭ってあげた。

「お優しいですね、愛を感じます!」
「そうそう、私は優しくて愛情いっぱいのプロデューサーよ」
「…そうですねぇ」

なんだかじっと見つめられて、少し気まずくて首をかしげてしまう。

「…何、どうかした?」
「さっき貴方が来るまでずっと、貴方のことを考えていたんです」
「えっ!?」
「私たちももうすぐ卒業ですし、気になることもありまして。お聞きしてもよろしいですか?」
「な…何、いいよ」

畏まって聞かれると怖くなってしまう。全然良くないのにいいよと答えてしまったし、渉くんは真剣な顔をするし、怖い。

「…好きな方、いらっしゃいますよね」

ストレートに聞かれ、心臓が跳び跳ねる。居るとも居ないとも言いにくいこの状況で、完全に固まってしまう。

「卒業前に想いを伝えなくて良いのですか?」
「…アイドル活動の、邪魔になりたくないからね。私からは言えないかな」
「そうですか…。アイドルだとしても、愛を伝えて貰えるのは嬉しいものだと思いますけどね?むしろ励みになると思いますが、考え方は人それぞれですしそこに突っ込むのはやめておきましょうか」

嬉しいと言うのなら、それが本気なら私は今すぐにでも愛してると叫びたいくらいだけど。それで困った顔でもされたら泣く自信がある。

「でも貴方の恋心の存在は知ってしまったことですし、せっかくなのでお相手を当ててみてもよろしいですか?」
「え、よろしくないです…教えないよ…」
「いいじゃないですか、私たちの仲ですし?誰にも言いませんから、ね?」

渉くんはにこにこしながら私の頬を撫でてくる。それだけでドキドキしてしょうがないのに、固まっていたらそのまま抱き寄せられた。
これはもうそういう意味だと思って抱き締め返していいのだろうか。大好きと言って抱き締めて許されるのだろうか。悩みながらごくりと生唾を飲み込めば、渉くんに優しく頭を撫でられた。

「どうじゃ、我輩に抱き締められてドキドキするじゃろう?緊張せんでもよいぞ、我輩も嬢ちゃんと同じく、ドキドキしておるからのう」
「……」
「おや、ビックリしすぎて声も出んかの?お主も我輩を好きだと言うのなら、抱き締め返してくれんかえ?」

零くんと至近距離になったことが無いため、耳元から聞こえる零くんの声に緊張してめちゃめちゃドキドキしてしまった。
好きな人を当てると言ってこんなことをされるとは思わなかった。私が驚いている様子を見てさぞ喜んでいることだろう。

「…違う」
「おや、違いましたか。本気で考えたんですけどね?まぁいいでしょう、では…」
「ま、待って、まだ続くの?」

渉くんは私を離しそうにもないし、抱き締められているから顔も見えない。とても嬉しい状況なのに、抱き締め返せないのがもどかしい。
それに、このまま何人も続けられたら消去法で渉くん自身だと気付かれてしまいそうだし、そうなると答えを伝えるしかなくなってしまう。

「じゃあ、あの…俺だったりしますか?俺は優さんのこと、初めて見た時からずっと、好きです。優しくて、頼りがいがあって、可愛くて…。俺なんか年下だし、普通だし、頼もしくもないけど…でも、誰よりも優さんのこと好きな自信はあります!」
「くぅ……ごめんなさい……」

友也くんの声を出され、普通に嬉しい告白をされて思わず抱き締めてしまいそうになる。もし私に好きな人がいない状態でこんなストレートな告白をされたら受け入れてしまったかもしれない。友也くんのことは普通に好きだし。普通に、人として。

「優が好きなのは僕だよね?僕と結婚したら毎日美味しいご飯食べさせてあげるし、綺麗なお洋服も着させてあげるし、毎日僕の顔を拝めるよ!」
「桃李くんに手出したら弓弦くんに殺されるよ…」
「殺したりしませんよ、そんなことをしたら愛する優さまのお顔が見られなくなってしまいますし。わたくしはぼっちゃまのことも、優さまのことも、一生かけて幸せにすると誓いますよ。いかがでしょう、弓弦では満足できませんか?」
「ひぃん……できません…」

遊ばれている。もしかして渉くんの中の本気の選択肢は零くんと友也くんだけだったのだろうか。それでも私のことをよく観察した方だとは思うが、真実にはたどり着けないのか。

「優お姉ちゃん…好きです、大好きです、僕、優お姉ちゃんと離れたくないです」
「うっ」
「僕じゃだめですか…?」
「らめ…」

ぎゅうぎゅうときつく抱き締められ耳も体も溶けそうになる。もういっそこのまま全アイドルからの告白を聞きたくなってしまう。そんなこと、とてもじゃないが渉くんには言えないが。

「いい加減白状したらどうだね?僕がこうして貴重な時間を割いているのだから、手間を取らせないでくれたまえ。好きなものを好きだと言うことがそんなに難しいことかい?」
「…難しい」
「そうなの?僕は優センパイのことが好きだヨ。ほら、センパイも僕の魔法にかかって素直になるといいヨ」

どんなに色んな声で愛を囁かれても、抱き締めてくれる温もりと私を包む香りはどうしたって渉くんそのものでしかなくて、渉くんの声が聞きたくなってしまう。

「渉くん、本当は答えわかってるよね」
「いえ、たくさん考えて絞り出した候補は全て違ったみたいですし…当てずっぽうになってきましたね」

本気でそんなことを言っているのかと疑いたくなる。自分が好かれていると、なぜ思わないのか。渉くん自身が私のことを何とも思っていないから、それが候補としてあがらないのだろうか。

「私が…渉くんに抱き締められて、いつまでも逃げない理由くらい、ちゃんと考えてよ」

渉くんには恋愛感情なんて1ミリも無くて、無いからこそ軽率に私を抱き締めているのかもしれない。そうだとしてもこの機会を大事にしたくて、渉くんの背中に手を回してきつく抱き締めた。

「…私、ですか?」

明らかに困惑したような声を絞り出され、胸が苦しくなりじわじわと涙が込み上げてきた。ああやっぱり、素直になんかなるんじゃなかった。

「あぁっ、すみません、驚いただけで嫌なわけではないんですよ、泣かないでください」
「っ…泣いて、ない」

泣く前から謝られ、大事そうに背中や頭を撫でられたものだから、とうとう涙も溢れてしまった。

「貴方を泣かせてしまうようなこんな私に、愛と驚きを与えてくださりありがとうございます、心から嬉しいですよ。まさか私を愛してくれているだなんて、思いもよりませんでした」

そんな言い訳みたいなセリフが聞きたいわけじゃない。ファンに好きだと言われたときと同じようなお礼を聞きたいわけじゃない。

「好きで、ごめん……だから、言いたくなかったのに」
「なぜ謝るのです?私も貴方が好きですよ。貴方の好きな人が私だったら良いなと思ったことはありますが、色々考えても私よりも零や友也くんに向ける眼差しが羨ましくて、絶対に違うと思い込んでしまっていました…すみません」
「そ…そうだったの?」

そんな素振り見せなかったくせに。渉くんだって私よりも友也くんの方を呆れるくらい可愛がっていたし、妬いてしまうほどだった。

「ほら、気付かなかったでしょう、驚いたでしょう?私と同じですね。真相を知って傷付く覚悟でいましたが…こんなに愛しい気持ちでいっぱいになるとは思いませんでした」
「…普通に好きだって言ってくれればよかったのに…うぅ」

渉くんと両想いだなんて驚きすぎて実感が沸かなくて、渉くんを抱き締める力を強くして体を寄せた。すると渉くんからも強く苦しいくらいに抱き締め返してくれて、夢じゃないんだと嬉しくなった。

「普通に言ってしまったら、もし違った時に私に遠慮して零や友也くんへの気持ちを伝えられなかったでしょう?2人とも私の仲良しですし。貴方は優しいですからね」
「…渉くん、気遣いすぎだよ…」
「当たり前でしょう、優のことを愛していますからね。貴方に好きな方が居るのなら、邪魔はしたくありませんでしたから」

そんな遠慮ばかりして気持ちを隠していたなんて。渉くんは本当の感情を隠すのが上手すぎて本気で気付かなかった。

「私、プロデューサーなのに、ほんとにアイドルにこんな気持ち伝えていいの?」
「構いませんよ。言ったでしょう、愛を伝えて頂くのは嬉しいですし、励みになります。何より、それが私の愛する方からの愛ならなおさら」
「…好き。大好き。私も渉くんに愛されてて嬉しい」
「ふふふ…♪嬉しいですね、幸せですね。一生大事にしますから、一生一緒にいてくださいね」
「…プロポーズ!?」

一生、と言われびっくりして聞き返してしまった。

「おっと、プロポーズの予告をしてしまったら本当にする時にサプライズ感が減ってしまいますね。今のは聞かなかったことにしてください」
「…やだ、私も一生渉くんのこと大事にする」
「優…」

聞かなかったことにするなんてもったいないことできなくて、私も一生という重い言葉を使ってみた。舞い上がってしまっている自覚はあるが、今こうして抱き合えている嬉しさで全然冷静になれやしない。

「…優、結婚を前提に、私とお付き合いしませんか」

まさか高校生の身でありながら、結婚を前提にという言葉を投げ掛けられるとは夢にも思っていなかった。渉くんを好きだという想いはずっとあったけれど、結婚を考えるのは遠い未来の話だと思っていた。

「…結婚する」
「ふふ、ありがとうございます。ですがそれは御両親に挨拶をしてからにしたいので、まずはお付き合いでもよろしいですか?」
「はっ!そ…そう、そうだね、付き合うって返事しようと思ったんだけど、飛び越えた回答が口から出ちゃった…」
「いいんですよ、焦らなくても。私は来年も再来年もこれからずっと、貴方を愛してみせますからね。仲良くしていきましょうね」
「うん、うん…」

恥ずかしくて照れ臭くて、もううなずくことしかできなかった。