現状維持

「寒い!!!!」

寒いのを我慢して黙って仕事をしてみたものの、手がかじかんで動かなくなり限界がきた。叫んだら檜佐木副隊長はビクッとして私を見た。

「しょうがねぇだろ、暖房壊れてんだから…」
「早く直してくれる!?そのせいでみんな編集の仕事やってくれないじゃん!!印刷までまだまだ余裕あるからいいけど、忙しくなったら二人じゃ製本までいかないよ!?」
「修理頼んだが早くて明後日らしいから、それまで頑張ってくれないか」

そう素直に頼まれてしまうと私も断れない。それに、もしかしたら明後日修理が来るまではずっと副隊長と二人っきりで仕事できるんだ。しかも、冬限定普通の死覇姿だ。いつもバカみたいにノースリーブを着ている副隊長が寒さに負けて腕を隠しているんだ。
珍しすぎて写真撮りたい。というか、もう撮った、勝手に。

「もう寒いし疲れた!副隊長も休憩しましょ、休憩!」
「休憩なんかしてる暇ねぇよ、お前だけ休んどけ」
「…そう、じゃあ遠慮無く」

私は遠慮無く、副隊長の膝の上に座らせてもらった。固くて座り心地の悪い太ももだ。しかし胸筋とかいう背もたれは、なかなか心地よい。

「…何してんだ」
「休憩」
「仕事できねぇだろ」
「それは知らない。でも私は休めって言われたから」

頭上から副隊長の低い声が降り注ぐ。もたれているせいで背中から低音が響いてくる。このまま気持ちよく寝れそうなくらい幸せだ。

「お前、いい匂いするな」
「…はぁ!?突然何!?セクハラです!?」
「いや、こんだけ近けりゃ匂うって」

すごく近くで副隊長の鼻息が聴こえる。自分からここに来たくせに、耐えられない。

「っ…、ず、ずるいです!私も副隊長の匂い嗅ぐ!」

バッと振り返ってみると、ありえないほど近くに副隊長の顔があって赤面した。

「やややや、やっぱりやめる!ばか!こっち見んな!」
「お前がこっち見たんだろ…」
「ていうか副隊長、こんなことしてていいの!?他の人に見られたらどう思われるか!」
「お前がやって来たんだろ」
「ぐぬぬっ」

そうだ、全ては私が仕掛けたことだ。何を言おうが全て私の行いだ。副隊長に非は無い。

「…副隊長?」
「ん?」
「手、セクハラですか」

副隊長の両腕は、さりげなく私の腰に回っていた。がっちりホールドされていて、動くにも動けなくされてしまった。

「俺も休憩しようかと思って」
「…だからって、その、他の人に見られたらどうするの」
「困るならどいたらどうだ?別に力入れてねぇし」
「…副隊長は、困らないの?」
「別に」

素っ気ない返事をされて戸惑ってしまう。私はここをどくべきなのか、否か。

「…寒いんで、このままでもいいですか」
「暖まったら仕事しろよ」
「…私、実は冷え症なので。時間かかります」
「そうか。その割には顔は熱いみたいだけど大丈夫か?」

ぴたっと頬を触られると、副隊長の手がとても冷たく感じた。どれだけ熱くなってるんだ私は。

「ていうか…副隊長が冷えすぎなんじゃないの」

副隊長の手を握ってみると、私の手も冷えているはずだが、副隊長の方が冷たかった。ここまで冷えていたら私の顔が余計に熱く思えるだろう。

「しょうがないから、副隊長が温まるまでくっつくことを特別に許します」
「それは…寒いから特別にってことか?それとも、俺だから特別ってことか?」
「…よく、そんなこと軽々しく聞けるね」
「真剣に聞いてんだけど」
「…そんなの、考えたらわかるでしょ」

私は一途で純粋な子だからこんなにくっついていいのは副隊長だけだ。副隊長だけ特別扱いしてるに決まってるじゃないか。

「わかんねぇからこのまま休憩するわ」

解らない訳ないでしょうが。副隊長は私の肩に顔を埋めて、私をきつく抱き締めてきた。髪の毛があたってくすぐったい。

「温まったら、仕事始めるからね?」
「おう」
「寒い時だけだからね?」
「おう」
「副隊長だけにしか、こんなにくっつかないんだからね」
「…おう」

ここまで言ったらさすがに私の副隊長への想いなんてバレバレだろう。それなのに副隊長は私に特別なことなんて言ってくれないし、私にされるがままだから副隊長の気持ちが解らない。私のことを何とも思ってないのか、ただこの関係を崩すのが嫌だから何も言わないのか。
それは私が考えても解らない。
どっちにしろ副隊長からこの関係を変えてくれない限り、臆病者の私が現状を変えることなんて一生できないんだ。