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「銀さん……あの、お疲れなんですか?いちご牛乳でもいれますか?」
「あぁ?んな甘ったるいもん飲めるか」
「あ、じゃあコーヒーいれますね…」
「おう」
昨日までと同一人物とは思えなくて、自然と敬語を使ってしまう。神楽ちゃんや新八くんたちはみんな、銀さんが更正したと喜んで、二人とも今は仕事に出掛けている。大人しく銀さんの言うことを聞いていることにも驚いてしまう。
「…銀さん、何か辛いことでもあったの?」
「あ?」
「疲れてるなら、肩でも揉もうか?何かあったなら、話くらい聞くよ?それとも、余命宣告でもされた?あの、本当に心配だから、何かあったなら言ってよ」
いつもはこんな丁寧な対応なんかしたことないが、銀さんのあまりの変わりっぷりは心配だし怖い。
銀さんはしばらく真面目な顔で私を見つめてきた。今まで一度もときめいたことのないこの男に対して、不覚にもときめいてしまった。全然好みじゃないはずなのに、鋭い目付きにどきどきした。
「お前……意外と優しいんだな」
「意外は余計でしょ。私はいつも優しいよ」
「…そうだっけ」
「そうだよ。だから、何か隠してないで話してよ」
何も無いのに、時間に厳しくて仕事に真面目で規則正しい生活をする男になってしまうわけがない。
「…何でもねぇよ、心配すんな」
「嘘。そんなわけない。絶対なんか、あるでしょ。頭ぶったとか、拾い食いしたとか…」
「確かに頭は打った。けどな、病院も行って異常は無いって言われたから何の問題も無い。何かおかしいように感じてるのかしらねぇが、数日もすりゃ慣れるしたぶんいつもの調子に戻るさ」
え、戻っちゃうの?私、今の銀さんの方が好きなんだけど。好きって言ったら、このままでいてくれたりしないかな?
「わ、私……銀さんが良い方向に変わってくれて嬉しいよ。あんなダメ男だったのに、時間は守ってくれるし、給料は払ってくれるし、上司らしい態度で居てくれるし、糖尿病も治せそうだし、見た目もきちっとしてるし」
「そ、そうかよ」
「今の銀さん、すごくかっこいいの。顔は銀さんなのにいつもと違うし、なんかこう、男の中の男ってオーラで、頼もしいし、頼りがいあるし、真面目だし、凛々しいし」
言い出したら止まらなくなってきて、銀さんの手を握った。銀さんなんかに触ることが、こんなにも緊張することだったなんて、初めて知った。
「今のままで居てほしい。ずっと、このかっこいい銀さんで居てほしいよ。私のわがままだから、無理してほしくはないけど……今の銀さん、すごく、好き」
「や、やめとけよこんな下品で貧乏なブサイク……他にいい男いるって」
「顔じゃないの!そりゃあ顔だっていつもよりかっこいいけど、でも、中身が、何よりもかっこいいし誰よりも好きだから…」
「…から?」
「だから……その、今の素敵な銀さんに、私のこと、女として見てほしい」
たとえ今だけでも、頭を打った銀さんの頭がおかしくなってかっこよくなっていただけだとしても、それでもいい。かっこいい間だけ、私のものになってほしい。
私だけでなく銀さんまで頬を染めていて、可愛くて耐えられなくて、銀さんの唇に自分のを重ねた。こんな風に銀さんのことを見たことはないし、こんな風に触りたいだなんて思うのも、初めてだった。
唇を離しても、銀さんは嫌がることなく真っ直ぐに私を見つめてきた。それがまた私の感情を奮い起たせ、私はまた銀さんに唇を寄せた。唇を割って舌を割り込ませれば、銀さんもそれに応えてくれて、私たちは何度も唇を重ねた。
「はぁ……銀さん…」
こんな風にこの人の名前を呼ぶなんて、昨日までの私は思ってもみなかったことだろう。
「優……ごめん」
「……何が?」
「慕ってくれるのは嬉しいが……俺は、きっと数日も経てばいつもの馬鹿でクズでまるでダメな男に戻っちまうはずなんだ」
「え…な、なんで」
「どうしても、戻らなくちゃならねぇ理由がある。それに、今したことも、こうして話してることも、全部坂田銀時の記憶からは消えると思う。でも…俺は、忘れねぇから」
「…意味わかんない。消えるの?忘れないの?どっち?」
「消えるけど忘れねぇんだよ。…とにかく、わかんなくてもいい。今の坂田銀時はそのうち居なくなるけど…絶対、またお前に会いに来るから」
全く意味がわからない。でも銀さんは真剣な目でそう訴えてきたから、その言葉を信じるしかないのかもしれない。
「…だから、しばらくは、今のことも無かったことにしといてくれ」
「……はぁ?何それ。だったらさぁ、せめて、好きだって伝えたんだから、返事くらい聞かせてよ…」
「それは……」
「…好きでもないのに、何とも思ってないのに流されてキスしたんだ?ふーん、更正してかっこよくなったと思ったのに、そーいうとこは男らしくないんだ?」
ちょっとムカついたから真顔で追い込んでみたら、銀さんは少し悩んでから私を思いきり抱き締めてきた。
「なに?」
「ちゃんと言うから……俺が本当の俺に戻るまで、待ってくれ」
「はぁ?だから本来のダメ男な銀さんじゃ嫌だって…」
「そうじゃない。納得できねぇとは思うが…とにかく今はダメなんだ」
詳しく説明してくれないことにも腹が立ったけど、余りにも真剣な声で言われてしまうから、いつものように喧嘩腰で言い返す気も無くなってしまった。
そして私は言われた通り、それから真面目に仕事に取り組んだ。銀さんが真面目な人間になってから万事屋の仕事量が増えていた。人探しとかペット探しとか、小さなものでもたくさんあれば疲れるし、それでなくても銀さんはいつも何か悩むように考え込んでいるから心配だった。それでも私は銀さんの相談に乗ることもできなかった。何も教えてくれなかったから。
私は銀さんのことを心配する気持ちとムカつく気持ちと恋する気持ちが入り交じり、まともに話もしなくなっていた。それでもやっぱり気になるし好きだから、毎日黙ってお茶をいれたりコーヒーをいれたり、今までより腕をかけて料理をしたり家事をこなして銀さんにアピールした。会話をしなくても目が合えばかっこいいしドキドキするし、つい見つめ合ってしまうこともあった。
しかしそんなモヤモヤする生活にも、終止符が打たれた。
「おい、起きろ天パ……」
子守りの依頼が入って数日間万事屋に顔を出していなくて、久々の出勤だった。少し寝坊して9時に出勤したというのに、銀さんはだらしなく腹を出して眠っていた。嫌な予感がして叩き起こせば、それはもう私が惚れてしまった銀さんではなくなっていた。
「天然パーマは士道不覚悟で切腹だよ、殺す」
「てめぇまだそんなこと言ってんのか?万事屋法度とかもう処分したからね?」
「…銀さんの馬鹿」
本当にこんな馬鹿に戻らなくてよかったのに。あの時言っていた通りだと、この数日間の記憶なんかこの男の脳には何も残っていないんだろう。悔しい。切腹しろ。
ちょっぴり泣けてきたから急いで居間に戻れば、心配したのか銀さんが追ってきた。
「どうした?銀さんなんか悪いことしたか?」
「銀さんの人間性が悪い!!今日も仕事の予定なんだから早く着替えて顔洗って出ていけ!」
「な、何怒ってんだよ…」
銀さんは渋々、私に言われた通りに行動を始めた。
元通りになってしまえば、私の生活も今まで通りに銀さんを適当に扱う日々に戻るんだろう。それは少し、寂しかった。
「なー優、今日の仕事どこだっけ?」
「カレンダーに書いてあるから自分で確認して」
「んだよ、冷てぇな…」
「…冷たくないよ。平熱36度だもん」
「体温の話なんかしてねーっての」
「ほら、温かいでしょ」
自ら銀さんの腕の中に飛び込んでみた。けどやっぱりこのダメ男な銀さんではときめきを得ることはできなかった。
「どどどどどうしたよ?え、何?朝から盛ってんの?」
「ダメ男に戻った記念に私のこときつく抱き締めてもいいよ。もう2度と、金輪際するつもり無いけどね」
「……何?優ちゃん冷たいけど本当は俺のこと好きだったの?ツンデレか何か?」
銀さんは戸惑いつつも私を抱き締めた。それでもやっぱりドキドキしなくて、むしろ早く離して欲しいくらいだった。それに、この前とは力加減も抱き締め方も違って、悲しくなった。
「ごめん。銀さんとか微塵もタイプじゃないからやっぱドキドキしないみたい」
「てめ、俺をもてあそんだな!?」
「はぁ?本気にしたの?馬鹿じゃん。早く仕事行けっての」
全然面白くなくてムカついて、銀さんを万事屋から追い出した。一人になった万事屋で、この前の銀さんのことを思い出してみるも、銀さんがかっこいいなんてことがおかしいから、私の頭がおかしくなってしまっていただけなのかもしれない、なんて考えた。
忘れてしまうのが一番だと考えていたら、不意に呼び鈴が鳴った。めんどくさかったけど玄関に行って戸を開ければ、真選組の副長さんが立っていた。
「えっと…今私一人なんですけど、何か用でした?伝言くらいならできますけど…」
「…いや、お前に用があって来た」
「え、なんで。私悪いことしてないですからね?何かあるなら話し合いで解決しましょうね?何の容疑がかかってるんですか?」
とりあえず土方さんには万事屋にあがってもらった。
「あの……お茶でもいれましょうか?」
「いや、大丈夫だ。それより、その……あれだ、話がしたくて」
何その乙女ゲームみたいな台詞は。話がしたくて来ちゃった!って?この顔で何可愛いこと言ってんだ。
「…ここ数日のこと、万事屋に何か聞いたか?」
「聞いてないですけど……え、まさか話って、銀さんが何か悪いことしたんですか?あの、でもここ数日の銀さんめちゃくちゃ善良で真面目で凛々しかったので絶対犯罪とかしてないと思いますよ」
「そうじゃねぇ。……すまんが、嫌だったら殴ってくれ」
「え」
土方さんは唐突に私を抱き締めてきた。土方さんとはそんなに話したこともないし、抱き締められたことだってもちろん無いはずなのに、身に覚えのある抱擁だった。
「本当に迷ったんだが…会いに行くって約束したから、来させてもらった。姿形も変わっちまってるから、嫌なら拒否してくれ」
「…それ、銀さんとした約束」
「…信じられねぇだろうが、あいつと俺の魂が入れ替わってたんだ。馬鹿みてぇって思うならそれでいい。けど、あの数日間、お前の作った料理の味も、お前としたことも、全部覚えてる」
「そんなの信じろとか、警察のくせに頭おかしいんじゃないですか…?」
そう言えば土方さんの腕の力が緩んだ。顔を上げれば、土方さんの寂しそうな表情が目にはいる。
「でも、あの日と同じこと、できたら信じてあげてもいいですよ」
私が大人しく目を瞑ると、すぐに唇は塞がれた。あの日のように、というかあの日よりも情熱的に求められて、これだけで腰が砕けそうになった。
しばらくお互い夢中になってしまったけど、苦しくなってきて離させてもらった。呼吸を整えるのに時間をもらい、落ち着いてからもう一度土方さんを見上げた。
「土方さんって、意外と大胆なんですね」
「こうでもしねぇと、信じてもらえねぇだろ」
「…ふふ、ここまでされなくても、さっきの抱擁と土方さんの雰囲気でなんとなく解ってましたよ」
「…やっぱり優しくねぇな」
「優しくないのは土方さんだよ。詳しいこと、前もって教えてくれてもよかったのに」
「…すまん」
困って目をそらす土方さんも可愛くて、思わず笑みをこぼしてしまう。
「それで、土方さん。好きだって言って女の子にこんなことまでしたんだから…責任とってくれるんですよね?」
「そのつもりで会いに来たからな」
「そっか。それじゃあ改めて聞きますよ。私は土方さんのこと大好きになっちゃいましたけど、土方さんは私のこと好き?」
「…好きだ」
男らしくなく呟かれたけど、まぁ良しとしよう。これだけ赤面してれば本音だと思うし。
「…真面目に働く土方さんかっこいいから、お仕事頑張ってくださいね。けど非番の時くらいは、ちょっとで良いので私に土方さんの時間くださいね」
「言われなくても、また会いに来る」
「待ってます」
今だって隊服だから、すぐに仕事に戻らなければならないのだろう。その前に少しだけでもと思い土方さんに抱き付いた。土方さんも私と同じ思いなのか、しばらく私を離そうとはしなかった。
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