最大の賭け事



「優殿、また会ったな」

不敵な笑みで話しかけてきたのは、指名手配中の攘夷志士、桂小太郎。
私の仕事は攘夷を捕まえること。
わざわざ話しかけてくるのはなめられているとしか思えない。

「私が真選組って解ってる?」
「見れば解る」
「だったらなんで自分から近寄ってくるかな?そのくせ追いかけられると逃げ切るとか、からかってるの?」

一歩ずつ桂に近付きながら手錠を取り出す。
幸いなことに、もう時間が遅いおかげで周りに人の姿は無い。
全力で追いかけても邪魔者はいないはず。

「優殿が俺に会いたいのではないかと思ったから、わざわざこうして密会しに来てやってると言うのに何だその言い方は」
「はっはー、密会って言い方は気に入らないけど、すっごく会いたかったよ」
「そうだろう」

なめやがって。
少しずつ距離を詰めても桂は逃げようとしない。
馬鹿にするのもいい加減にしろ。

「俺もお前に会いたかったからな」

謎の一言を吐き、桂は微笑んだ。
まさかこれは罠なのかと思って辺りを見回すが、人の気配すら感じられない。

「何を警戒している?誰も居らんぞ」
「…どういうつもり」
「二人きりで会いたかった。それだけだ」
「…なんで」

いつも逃げていたくせにいきなり何なんだ。
調子が狂う。

「お前は他のカス共とは違う臭いがする」
「女だからね、男臭くてたまるか」
「そうではない。優殿はいつも俺を逃がしてくれるだろう?感謝しているんだ」

わざと逃がしてんじゃねーし桂の逃げ足が速いだけだろうが。喧嘩売ってんのか。

「それで、話がある」
「何」

桂は私に近寄ってきた。
捕まえられたいのかこいつ。
不審に思っていたら、急に両腕を掴まれた。

「てめぇ…!」
「真選組をやめて、俺の仲間にならないか?」
「…は?」

拍子抜けだった。

「真選組に何の意味がある?世界はどうなった?どんどん天人が増えるだけで、状況は良くなったか?」
「そ、それは、」
「俺はこの国を良くしたいのだ。幕府などあてにならん。俺は自分自身の力で、この国を変えてやりたい」

そんなことを言われても困る。
いや、困らない。
返事はノーと決まっている。

「馬鹿言うな。今さら天人なんかどうしようもないだろ。つーか、お前らが騒ぐから忙しくて天人に手が回らねぇんだって」
「嫌なのか?」
「当たり前だ。たとえお前の言ってることが響いても、私は仲間を裏切ることはできない。私は幕府の下で働くと決めた、誓ったんだ」

桂の手を振り払い、手錠を構える。
こんな奴の言うことなんて聞いてられない。
私は真選組として、攘夷志士は捕まえなければならない。

「では言い方を変えよう」
「まだあるのか」
「俺はお前が欲しい。俺のところに来ないか」

やはり仲間にしたいだけではないか。先ほどの誘いと言い方が変わっただけではないか。

「だから、行かないって」
「仲間になれと言っている訳ではない」
「は?じゃあ何なの」
「嫁に来ないか」

桂は至って真面目な顔をしていた。
こいつは本当に何を考えているかわからない。

「そんなこと言って私をたぶらかそうだなんて百年早い!私は色恋なんてどうでもいい!」
「強がるな。年頃の女がそんなわけないだろう」
「強がってなんかない。そんな浮わついた気持ちで真選組が勤まるか」
「だが俺は本気だ。お前の誠実で真剣で真っ直ぐなところに惹かれた」

敵のくせに、よくそんなことが言える。
信じてしまいそうになるが、それはダメだ。

「私がお前の秘密を暴こうと近寄ったら、逆に私が真選組のことを洗いざらい吐かされるんだろ?そのくらいの未来は見える」
「残念だったな。俺が知りたいのは真選組ではなくお前自身のことだ」
「…私はお前に興味無い」
「さっきは会いたかったと言ったくせに」
「そういう意味じゃないだろうが」

顔の良い男に口説かれるのも悪くない、などと思ってしまう。
私がここで正気を保たないと、真選組の未来が危ない。

「俺が会いたかったと言ったのは、下心も含めてだ」
「…変態め」
「真選組の人間に惚れた時点でそれには気付いていた」
「ほ、ほれ…」
「何だ?好きだと言わないと伝わらないか?」

充分すぎるくらい伝わっている。
桂は馬鹿だという情報も入っていたから、これが深い意味のある作戦だとは思えない。
桂の言うことを信じてしまいそうになる。

「すぐに返事をしろとは言わん。思う存分悩んでくれ」
「悩む必要なんか…」
「あるだろ?今だってすぐに答えを出せず悩んでいるではないか」

桂はふふっと笑って私の頭を撫でる。
捕まえるなら今がチャンスなのに、躊躇ってしまう。

「明日のこの時間、またここへ来る。その時、俺についてくるか、大勢で俺を捕らえに来るかはお前の好きにすればいい」
「…一つ、聞いていいか」
「何だ?」

私は最大のチャンスを捨て手錠をしまった。

「私が真選組を裏切ってお前について行ったら、仲間に対して誠実でも真剣でもなくなるんだ。お前が好きになった私はいなくなることになる」
「ふむ…確かにそうだな。だが夫婦生活に誠実で真剣になってくれれば問題無いな」
「…私は、真選組をやめたくない。仲間を裏切るようなこと、絶対にしたくないし、しない」

どんなに真剣な男が現れても、仕事を捨てなければならないのは嫌だ。
だが私はもう、桂を捕まえたくないと思ってしまったので、仕事を捨てたも同然かもしれない。

「ならこうしよう。俺は毎日お前を口説きにくる。そしてお前の仕事が無くなるようにこの国を変えてみせる。変えることができたその時こそ、お前を妻に迎えたい」
「…どうしてそこまで」
「優殿のような可愛い子に刀を握らせる時代を終わらせたいんだ」

そんなことを真面目な顔で言われ、ついときめいてしまう。
初日から口説き落とされそうになってどうするんだ。

「だから、待っていてくれないか」

だけどこんな風に真っ直ぐに言われたら、邪険に扱う訳にもいかない。

「待たない」
「何!?」
「私は待つのは嫌いだから、私は私でこの国を変えてみせる。お前はお前にできる手でこの国を変えてくれよ。なるべく早く、私の仕事を無くしてみせてよ」

真選組として安定した暮らしで良いと思っていたが、この国が変わったらきっと攘夷と真選組の壁なんて無くなるだろう。
そしたらこいつに私の人生を賭けたって、裏切り行為にはならないはず。

「なるべく、私の仕事を増やさないように温厚に進めてくれるとありがたいかな」
「…承知した。近いうちに迎えに来てやる」
「期待していい?」
「任せろ」

桂は自信満々な笑みを見せた。
捕まるリスクがあったのにここまで堂々と口説きに来られたせいで、私もつい笑みが零れた。

「それじゃ、バレない内に屯所に戻るよ」
「あぁ、またな。会いたくなったら銀時に頼め」
「自惚れんなっての」

好きでもない敵である人物に人生を賭けて良かったのだろうか。
答えはこの国が変わらない限り解らない。
しかし敵と婚約したなんて局長や副長にバレたら士道不覚悟で切腹だろうな。
バレる前にどうにかしてくれよ、桂。