一番近くに


大好きな妙ちゃんは僕との結婚を断り、力づくで帰っていった。妙ちゃんに拒絶される日がくるなんて思ってもいなくて、僕は途方にくれていた。

これでもう妙ちゃんと結婚できる日は来ない。
僕は妙ちゃん無しで生きていくのは辛いのに、妙ちゃんは僕が居なくても平然としている。それがどうしようもなく、悔しかった。終わったことなのに、妙ちゃんの顔が、唇の感触が頭から離れない。
せめて僕が男だったら、妙ちゃんを奪うことができたかもしれないのに。もう諦めるべきなのだろうけど、ふっきれない。

「九ちゃん、大丈夫?」

あれから何日も、何もせずぼーっとしていたら、うちで使用人として働いている優ちゃんが声をかけてきた。優ちゃんは隣に座って、不安そうに僕の顔を除きこむ。

「ご飯もちゃんと食べてないみたいだから、心配になっちゃって。食べる?」

大福の入った箱を差し出される。優ちゃんはそこから一つ取って口に含んだ。

「美味しいよ。九ちゃんも食べなよ」

あーん、と言いながら僕の口の前に大福を持ってくる。優ちゃんなりの気遣いなのだろうと思ってそれを食べる。甘くて柔らかくて美味しい。

「九ちゃんが元気無いと、私も東城さんもパパ上様も、みんなが元気無くなっちゃうよ」
「…そうだな」

仮にも僕は柳生家の当主。しっかりしなければならないのにこの様だ。

「お妙さんの心が動かせなかったにしても、この地球に人間はまだまだいっぱい居るんだからさ。まだ良い人は居るはずだよ」
「…そうかな」

だけど僕の心を動かしたのは妙ちゃんだけだ。そう簡単に諦めはつかない。叶わないとは分かっているのに。

「きっとそのうち、九ちゃんの前に素敵な人が現れるよ。だからさ、いつまでも俯いてないでそろそろ前を見た方が良いと思うよ」

優ちゃんは優しく微笑んで僕の頭を撫でる。僕をこうやって女の子扱いするのは優ちゃんくらいだ。

「優ちゃんはずっとうちで使用人をしてるけど…好きな人は居ないのか?ここに居たって良い男なんか居ないのに」
「私は男探しにここへ住み込んでるわけじゃないし。九ちゃんと居ると楽しいからさ、ここから離れられないんだよね。それに九ちゃんしか友達居ないもん」

男よりも僕と居た方が楽しいなんて。まぁ、僕が女だからそれは当たり前なのかもしれないけど、やっぱり嬉しい。

「九ちゃんこそ女の子なんだから、もっと世間に目を向けてかっこいい人見つけたら?」
「…僕は、いい」

男なんて嫌いだ。触ることだってできやしない。妙ちゃんや優ちゃんみたいな男が居るっていうなら考えるけど。

「九ちゃんがずっと一人のつもりなら、私もそれに付き合ってようかな」

優ちゃんはまた大福を頬張った。

「…じゃあもし僕に好きな人ができたらどうするんだ?」
「その時は…応援するよ。ちょっと寂しいけどね。私が願うのは九ちゃんの幸せだし」

優ちゃんはそう言って悲しそうに微笑んだ。どうしてそんな顔をするんだ。

「どうして…優ちゃんは僕のことばかり考えてくれるの?女の子なんだから、もっと自分のことに気を使えばいいのに」
「私はただ、九ちゃんと居たいの。九ちゃんが幸せだと私も嬉しい。だから私は、九ちゃんのために何でもするよ」

にししっ、と笑う優ちゃん。使用人とは言えど僕は優ちゃんと友達の関係だと思っていた。けど優ちゃんはそれ以上に僕を大事に思ってくれていたらしい。

「…ありがとう」

僕のことをここまで大事に思ってくれる人は他に居ない。純粋に、嬉しい。

「お礼なんていらないのに。あ…、ゴミついてるよ」

優ちゃんは僕に近付いて、肩についていたらしい糸屑を払ってくれた。

「隙ありっ」

ふにっ、と頬に柔らかいものを押し当てられる。
それが唇だと解るのに、そう時間は必要なかった。

「な、何を…」
「いつも仲良くしてもらってるお礼。九ちゃんが女の子が好きっていうならちょっとくらい喜んでくれるんじゃないかと思って。それに、私的にも女の子同士だから問題無いし」
「優ちゃん…」
「えへへ」

優ちゃんは自分からやってきたくせに頬を赤く染めていた。女の子同士だから問題無い?そう思うなら、なぜ顔を赤くする。友達なんて言いながら、そんな風に可愛い仕草を見せるのはなぜなんだ。

「元気無いからって慰めてくれたんだろ?」
「…元気出た?」
「あぁ、少しだけ」
「なんだ、少しだけかぁ」

ガッカリする優ちゃんだったが、頬に触れてみるとビクッと肩を震わせて目を丸くした。

「な、なに?」
「ありがとう」

顔を近付け、その柔らかい唇に触れてみた。大福の粉がついていた優ちゃんの唇を舐めてみると、甘い味がした。

「き、九ちゃ…」

顔を少し遠ざけて目を開けて見れば、優ちゃんは満更でも無いような照れた顔をしていた。

「慰めてくれたお礼だよ。女の子同士だから、問題無いんだろう?」
「うっ…」

意地悪く微笑むと、優ちゃんは困ったように目を泳がせる。

「もう一回したらもっと元気出そうなんだけど…、してもいい?」
「えっ、そんな…」
「だめ?」

可愛らしく小首を傾げてみれば、断り切れないのか優ちゃんは小さく首を振って目を瞑った。

「…ありがとう」

僕はまた唇を重ねる。優ちゃんは震える手で僕の服を握っていた。こんなに僕のことを思ってくれている子が居たなんて。何年も傍に居ても気がつかなかった。もっと早く気がついていたら、妙ちゃんにも優ちゃんにも迷惑かけたりしなかったのに。

「優ちゃん…、好きだよ」

僕は夢中で優ちゃんの唇に貪りついた。