一目惚れ

「ねー檜佐木くん!聞いて聞いて!」

ハイテンションで駆け寄って来たのは、同期の横島だった。こんなにはしゃぐのも珍しいから何事かと思った。

「わ、私ね!私!どうやら、可愛いみたい!」
「…は?」
「一目惚れしたって!お手紙貰ったの!可愛いって!」

嬉々として語る横島の手には封筒が握られていた。ラブレターの差出人はこんな風に他人に口外されるとは思っていなかっただろう、気の毒に。

「個人的なお手紙貰うのなんて初めてだから、すごく嬉しい!それより、見た目褒められたのがすごく嬉しい!」

そんなに喜ぶなら俺も一目惚れしましたってラブレターを書けば良かったのか? 先手を打たれたからもう遅いが。

「よかったな」
「うん!」
「…返事どうすんだ?」
「え?…あ、そっか!手紙には返事書かなきゃいけないもんね」

手紙だから、ではなく告白だから返事をしろと言いたいのだが。

「付き合うのか?」
「どうしたらいいかな?その人、私にメロメロみたいだから、断るの可哀想とも思っちゃうんだけど」
「…可哀想だとか、そんな同情だけで付き合うのはやめろ。失礼だ」
「檜佐木くんって顔に似合わずマトモなこと言うよね」
「どういう意味だコラ」

こんな浮かれた状態だとそいつの告白を受け入れてしまいそうだ。俺としてはなんとか阻止したい。

「その手紙、差出人誰だよ」
「…阿散井くん」

アイツまじかよそうだったのかよ。俺が横島に惚れてんの知ってたろ。チキンになって動かなかった俺が悪いのかよ。つーか顔に似合わずラブレターとか可愛いことしてんじゃねぇよ横島が喜ぶだろふざけんな。

「じゃ、返事書くからもう行くね?」
「待て」

このまま返事を書かせる訳にはいかない。これで二人が付き合うようになってしまったら絶対に後悔する。だったら、いっそのこと、今ここで俺にできることをやらせてらう。

「なに?」
「手紙なんて遠回しなことせず、俺だったら正面から直接言ってやる」
「え、え?」
「俺は、横島が好きだ。は、張り合う訳じゃねぇが、俺も…一目惚れだと思う」

横島は目を丸くして戸惑っていた。これだけ伝えれば、少しは考えてくれるだろう。想いを伝えた上で横島が阿散井を選ぶというなら、俺は悔いはない。

「あの…うん、知ってる」
「…は?気付いてたのか?」
「阿散井くんの手紙。さっきわざと詳しく言わなかったんだけどね、檜佐木さんが私に一目惚れしてメロメロだって内容が書かれてただけで、別に阿散井くんの愛の告白が書かれてたわけじゃないの」
「…はぁ!?」

どういうことだ、話の流れからしてどう考えても阿散井が告白したみたいな感じだったろ。
てか、阿散井が俺の想いを勝手に告白したって、何勝手なことしてくれてんだ。

「阿散井くんに告白されたような言い方すれば檜佐木くんが嫉妬してくれるんじゃないかなーって思って、ちょっと遊んじゃっ…お、怒ってる?顔怖いよ?」
「元からだ。怒ってるとしても、お前じゃなくて阿散井に対してだ」
「…檜佐木くんが、いつまでもチキンして私に告白しようとしないから、阿散井くんは見かねてこんなことをしたらしいです」
「…俺のせいにするのかよ」

たしかにチキンしてたのは本当だけど。こいつとは霊術院の頃からの同期でその時の一目惚れだ。何年、何十年もただの同期なんていう関係を崩さなかったのも事実だ。

「…もう一度聞く。付き合うのか?」
「そうしたいなぁ。聞くところによると、私のこと大好きでメロメロでたまに仕事が手につかないみたいだしね?」
「う、うるせぇな…お前の気持ちはどうなんだよ」
「檜佐木くんのこと大好きに決まってるじゃん!気付かなかったの?ていうか、こんなに喜んでる私を見てもまだわからないの?」

横島はいつになく機嫌良さそうに笑っている。こんなに喜んでくれるなら、もっと早く伝えればよかった。

「阿散井くんに感謝しないとね、チキンな檜佐木くん?」
「うっせ、アイツのきっかけがなくてもそのうち告白するつもりだったよ」
「聞くところによると、そのうち告白するってもう耳にタコができるほど聞いた人がいるって」
「…アイツいっぺんしめるか」

余計なお世話だってんだ。人の色恋に勝手に口出しやがって。

「まぁそう言わずにさ、彼女に免じて許してあげて?」

目の前で微笑む彼女がとてつもなく愛らしくて、今回に限り阿散井を許してやることにした。

「それじゃ、お仕事頑張ってね、私そろそろ戻らなきゃ」
「もう行くのか…」
「そんな寂しそうな顔しないでよ…、またお仕事終わったら会いに来てあげるから!待ってて!」

寂しそうな顔なんかしてねーよ。
横島は笑顔で手を振って去って行った。
急すぎて彼女が出来た実感が湧かないが、仕事が終わってから横島が会いに来てくれるんだ。こんなに喜ばしいことは他に無い。
横島が来る前に阿散井に礼を言いつつ文句を言いに行くことにしよう。