早く気付いて

「おい横島、さっきの顛末書だけどー…って、おい」

横島は書類を書き終え俺に提出した後も仕事を続けていたはずなのに、気が付いたら腕を枕にして机に向かって眠っていた。
静かに寝息をたてていたから起こさないように近付いてみる。
起きている時は子供っぽいくせに、眠っているとそんな風には見えないくらい色っぽい。長くて綺麗なまつ毛が何とも言えん。

「…休憩休憩」

そう自分に言い訳して、眠る横島の髪を撫でる。
霊術院に通っていた頃から先輩先輩ってなついてきた横島は、死神になってからも俺に追い付こうと無理をしてきた。それでもやっとの思いで席官になれたのは本当にすごい。だけどまぁ素直に褒めるのも照れ臭いから、昼寝中の気付かれないうちだけ頭を撫でてやる。しかたがないから撫でてやるというだけで、俺が撫でたいだけとかそんなことはない。だがやめられない。

「…たす、けて…」

長いまつ毛を濡らしながら流れてきた涙は横島の頬を伝って死覇装に染みを作る。悪夢でも見ているのかと思って横島の肩を揺すってやった。

「横島、大丈夫か?横島…」

呼び掛けていたらうっすらと目が開き、虚ろな瞳が俺を捉える。

「…先、輩」
「懐かしい呼び方すんじゃねーよ、大丈夫か?」
「…そう、だよね。もう、副隊長ですもんね…」

横島は俺の顔に手を伸ばしてきて、傷痕に触れてきた。

「あのとき、あのまま檜佐木さんが殺される夢見ました」
「残念だが生きてるよ」
「…そうだね、生きてる」

よかった、と言って俺に抱き付いてきた。長年一緒にいた仲だけどそんなことをされるのは初めてで、戸惑いながらも横島を抱きしめた。あくまでも上司と部下だというのに、軽々しくこんなことをしていいのだろうか。
部下を慰めるのも仕事の一つだろうが、こんなに不純な気持ちしか抱いていないのに仕事だなんて思えるか。

「檜佐木さんは、いなくならないで…。もしいなくなるなら、私も連れて行って」
「…俺は、どこにも行かねぇよ」

東仙隊長が居なくなって、取り残される辛さを覚えさせられた。横島だってあの時同じような気持ちだっただろうに、更に俺まで居なくなったら誰が横島の面倒を見るんだ。

「檜佐木さんのこと、先輩って呼んでる時は、檜佐木さんにすごく憧れてたんです。だから、いつか追い付いて、追い越すつもりで頑張ってきたんです」
「…過去形?」
「最近は…追い越さなくていいかなって、思ったんです」
「志が低くなったか?」

横島は首をふって、更に密着して迫ってきた。

「檜佐木さんの隣で、檜佐木さんを支える方が楽しそうだと思って」
「…」
「だからずっと、たとえ嫌がられても、ずっと檜佐木さんと一緒にいたいです」
「…」
「…何か言ってください」

ずっと一緒にいたいと言われて、嬉しくない訳がない。
だけど横島の言うそれに、特別な意図が含まれていたら良いのに、などと思ってしまう。

「…もういいです。檜佐木さんのうるさい心臓の音を返事として受けとります。これがトキメキのためうるさくなったと勝手に解釈します」
「え、いや…確かにそうだけど、ときめいたけど…」
「…そうですか、私のおかげでドキドキしますか。しょうがない副隊長さんですね」

横島は腕の力を緩めて体を離したかと思うと、今度は俺の両頬に手を添えて目を合わせてきた。

「これからもずっと、檜佐木さんのことドキドキさせてあげるから、勝手に死んで心臓止めないでね」
「…お、おう」
「…檜佐木さんにしか、こんなこと言いませんから」

真っ直ぐ目を見つめられたままそう言われ、俺の心臓は抑えきれないくらい激しく鳴っていた。こんなにも横島のことを意識したのは初めてで、うまく言葉が出てこない。何も言わずに黙っていたら、頬をつねられた。

「なんで固まってるんですか。そんなに無防備だとちゅーしちゃいますよ」
「…構わないけど」
「…そういう、思わせ振りな態度とるの良くないと思うんですけど」
「お前の行動の方が思わせ振りな態度だと思うが」

そう言うと更に力強く頬をつねられる。さすがに痛くなってきて顔を歪めてしまうが、横島はお構い無しに頬をつねり続けた。

「こんなに、こんなに積極的に大胆に行動してるんだから、いい加減私の気持ちに気付いたらどうなんですかっ!思わせ振りじゃなくて、本当に好きだからここまでしてるんです!」
「おっ、おう」
「だからっ!そのっ…、先輩と後輩だとか、上司と部下だとか、そんなんじゃなくて…もっと、もっと特別な関係になれませんか」

段々と俺の頬をつねる手の力が弱まっていく。そのまま離れそうになった横島の手を握った。

「横島こそ気付けよ。俺だってただの思わせ振りじゃなくて、好きだからお前に構ってんだって」
「…んえっ!?」
「我慢してたのに、横島が悪いんだからな?もうただの仕事仲間なんて思うなよ」
「えっ、あの、」

動揺する横島の手を引き抱き寄せる。横島の気持ちが解った以上、躊躇うことはない。

「さっき自分で言った通り、ずっと俺と一緒にいろよ」
「…どこにも行かない?」
「行かない」
「…私も、どこにも行かないから。ずっと九番隊で檜佐木さんのこと支えるから」

横島は俺を押して体を離し、視線を交えてくる。今度こそキスでもしてくるんじゃないのかと思ったが、真剣な顔をしていてそんな雰囲気ではなかった。

「だから、一人で抱え込まないで?いつだって、私がついてますから…もっと、頼ってください」

そんな不安そうにしなくても、俺は大丈夫だというのに。だが心配をかけていたとは思わなかったな。いつも俺のことを見ていてくれたってことか。

「檜佐木さん…」

特別なことなんかしてくれなくても、俺の傍にいてくれるだけで充分だ。

「…ありがとな」